第5話

 その刀に手を触れる。

 黒く光沢のある鞘に刻まれた『狐假こか』の文字。


「引き抜いてごらん」


 仰々ぎょうぎょうしく。うやうやしく。

 エクスカリバーを引き抜くアーサー王のごとく。

 鞘から刀を引き抜く。


「刀身に刻まれた『虎威丸こいまる』の文字。その宝刀は鞘と刀、二つで一つ」


 管狐の説明にも熱が入る。


「あの……」


 一方で、俺の熱はどんどん冷めていく。


「何よ、ひとが……いや狐が気持ちよく説明してるってのに」


 そう言われてもな。


「ないんだよ。その刀身が……」


 仰々しく、恭しく、引き抜いたそこに、刀身は無かった。

 俺は間抜けにも、刃のない刀の柄を握りしめていた。


「そ、そんな……今朝確認した時にはちゃんと……」


 あ、今朝確認してくれたんだ。意外とマメなんだな。


「すでに他の『狐憑き』からの妨害が始まっている?」

「ばかな……『狐憑き』が召喚される場所には結界が張ってあっ/


 管狐のセリフは途切れた。

 かぎかっこで閉じることもできず、途中で、切れた。

 否、切られた。


「やぁ九人目の『狐憑き』。はじまって早々かわいそうだが、終わらせに来たぜ」


 管狐の細長い身体を断ち切ったのは、俺が左手に持っている鞘よりも短そうな刀――忍び刀。


 黒装束に、狐のお面。

 狐なのに、狸のように目の周りが黒い。

 俺以外の『狐憑き』。

 見るからに、職業『忍者』の『狐憑き』。


 玉藻の使い魔『管狐』は、血も流さずにその場で消えた。

 聞きたいことはまだたくさんあったのに。


 玉藻は、尾又玉藻は、こちらの世界にいるのか?

 ていうか、妖術どうやって使うん?


 俺は様々な疑問を胸にしまい、とりあえず、判断を下す。

 今、何をすべきか。


 あの忍び刀に貫かれる前に、怪我をする前に、自ら仮面を取って降伏するか?

 否。断じて否。


 俺は九折中学生徒会副会長。生徒会長の玉藻を裏切ることはできない。

 いや、身分とか役職は、この際関係がない。


 惚れた女の願いを叶えずして、ノコノコ安全な世界に帰るのはダサすぎやしないか。

 しかも、伝言聞いてまだ三分も経っていない。

 ゲームはやらないがゲームで喩えると、チュートリアルでゲームオーバー……。

 それはないでしょ。


 そんなあれこれを瞬時に考えて、今何をすべきか、俺が下した決断は……


「逃げる!」


 こうして俺は、宝刀の鞘だけ持って、授けられたはずの妖術の使い方も知らず、逃げるようにして――否、実際のところ逃げに逃げて、旅立つことになった。


 職業『侍』とは程遠く、言うなれば異世界を流浪する『浪人』となった。

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