第43話 憲兵の刃

次なる石版があるとされる場所、〝サザメーラ大砂漠〟。そこがリーデリアから外れた場所である以上、〝立入禁止区域への立入許可〟を国から貰う必要がある。


だからここ、一角族ホコスの国ベンゼルデは王都レヴルイスを訪れたのだが…来て早々憲兵に謎の因縁をつけられてしまった…。


悪名高い盗賊ルナールだっけか…? マジで誰だよ…?! 性別と髪色だけで濡れ衣着せられるとか…たまったもんじゃねえ…!


とりあえず今は…る気満々の憲兵アイツを押さえつけて誤解を解かないとならない…。でなきゃろくに話も聞きゃあしない…。


「カカ様…! わたくしも助力致します…!」


「いや…オマエ等は手を出すな…! 私は誤解を解く為の武力防衛だからいいが…オマエ等が手を出せば不当武力で罪に問われる可能性がある…! そこで見てろ…!」


投獄で大切な仲間を失うとか絶対ヤダ…、もしそうなったら牢獄を襲撃するかもしれない…。そんでそのまま高飛びするかも…ドーヴァに直帰…。


そうならない為には…疑われている私だけで向き合わなきゃならない…。武力防衛を駆使して…憲兵アイツと戦わなきゃならない…。


「ふんっ! 俺は3人がかりでも構わないぞ…! どうせソイツ等もオマエの仲間だろう…?! オマエの後でソイツ等も捕える…!」


「3人がかりで構わない…? 随分と自信たっぷりな物言いだな…! 3人がかりでお願いしますだろォ…?! 負けた時の言い訳の為によォ…!」


「カカ…発言がバチボコに悪党のそれニ…」


またやっちゃった…、私結構強がりな所あるから…相手が威圧的だとどうしても反抗しちゃうんだよなぁ…。発言だけならマジで悪党じゃん私…。


「減らず口め…だがすぐにそんな言葉は吐けなくなるぞ…! 貴様には…裁判で惨めに言い訳をこぼすのがお似合いだ…!!」


そう吐き捨てると、憲兵は再び身を低くし、力強く地面を蹴って前進してきた。初撃の時と同様…凄い速さで…。


まるで四足歩行の獣の様な足の速さ…爆発的なまでの加速…。これが一角族ホコス特有の高い〝走力〟か…。



 ≪一角族ホコスの特性:〝風乗かざのりあし〟≫

一角族ホコスは全種族トップの走力を持っている。チーター並みの速度と、ずば抜けた持久力スタミナを併せ持つ。個人差アリ。



あっという間に距離を詰められ…容赦なく振られた剣をギリギリで受け止めた。さっきよりも重い…直撃すればただでは済まないだろう…。


速くて迎撃カウンターの準備もまるで間に合わない…、このままだと防戦一方で説得なんてできやしない…。なんとかあの速さに慣れないとだ…。


しかし時間をかけて戦えば…それだけ戦況はぐんぐん向こうに傾いていく…。強みを押し付けられて…完全に後手に回っちまった…。


「さっきの威勢はどうした…?! もう余裕がなくなったか…?!」


「なわきゃねえだろ…! ぬるい攻撃だったんで啞然としてただけだ…!」


衝棍シンフォンを握る手に力を込め、素早く左に衝棍シンフォンを回した。剣を左側にいなすと同時に、憲兵の重心も左にズレる。


少しでもバランスを崩してくれれば手痛い反撃ができたんだが…流石に上手くはいかず、憲兵は体を翻して回し蹴りを見舞ってきた。


だが残念…! 私は〝音〟で事前に危機を察知し、落ちる様に体を屈ませて軸足になっている左足を蹴った。


これで完璧に憲兵の体は崩れ、受け身を取らなきゃ地面に叩きつけられる。そこを好機と見て、私は押さえ込む為に左腕を伸ばした。だが…──


“──キーン…!!”


「うぐっ…?! マジかよ…」


体が地面につく直前…憲兵は受け身を捨てて私に剣を振るってきた…。咄嗟に受け身を取ることすら容易じゃねえのに…まさかあの体勢からも攻撃してくるとは…。


反射的に左腕を引きはしたが…人差し指と親指の間を深く斬られてしまった…。してやられたな…中々機転の利く奴だ…。


「カカ様…?! 大丈夫ですか…!?」


「問題ない…! ちょっと切っただけだ…大した怪我じゃないよ」


とは言ったが…左手のダメージは軽くない…。左手で押さえ込むのは難しいかな…、握れはするけど…あんまり力も入らないし…。


可能なら怪我を避けて押さえ込みたかったけど…こうなってはもう仕方がないな…。実力でねじ伏せて…投降を誘う…!


「…咄嗟に手を引いて重傷を避けたか…だが次はそうはいかないぞ…! 降参しないのならば…腕一本は覚悟してもらう…!」


「いいぜ…来いよ…! 少し本気で相手してやる…!」


衝棍シンフォンを回し、憲兵の攻撃にしっかり身構える。アイツの立場上…こっちが守りに徹すれば、向こうは攻めざるを得ないだろう。


あとは私が迎撃カウンターを成功させればいい。さっきとは違ってこっちも万全の状態…いつでも動ける…!


お互い構えを取ったまま、しばし睨み合いが続いた。もちろん私に攻める気はなく、受け身の姿勢のまま衝棍シンフォンを回し続ける。


「──〝芍皝迅じゃくこうじん〟…!!」


憲兵がグッと脚に力を込めた瞬間、剣先を真っ直ぐ私に向けて突っ込んできた。これまでで最速の動き…そこから放たれる突きは剣先がはっきり見えない程…。


普通に待ち受けていれば…迎撃カウンターすら間に合わない攻撃…。だが突ける隙がないわけじゃない…弱点だって当然存在する…。


一角族ホコスのスピードはあくまでのみで…は他の種族と変わらない。自身の速度が速ければ速いほど、周りの物体も同様の速度に感じられる。


すなわち…コイツの攻撃を〝音〟で察知した私の先制攻撃を防ぐのは至難。私に向かって突っ込んでくる軌道上に蹴りを置いておくだけで、勝手にぶち当たる…!


「ガフッ…?! ぐぅ…?!」


腹を狙って蹴りを置いた筈なのだが、憲兵の構えが思いの外低かったせいで顔面に直撃した。ガクンと顔が上を向き、憲兵の動きが止まった。


思わぬ絶好の追撃チャンス、私は衝棍シンフォンを思いっ切り振りかぶり、憲兵のがら空きのボディに震打しんうちを叩き込んだ。


後方にぶっ飛び、大通りを転がり回る憲兵。少しやり過ぎたかもしれないが…しょうがない、私も斬られたから、おあいこさま。


道の真ん中にうつ伏せで倒れる憲兵に近寄って、意識があるか確認しにいく。あれば軽く拘束して、疑いが晴れるまで身の潔白を証明する。


なければ…まあ…とりあえず薬師商会ヒーリングギルドに連れていこう…。そんで憲兵の詰所行って事情を話そう…、ついでに疑いもそこで晴らそう…。


先の事に思考を巡らせながら、未だうつ伏せの憲兵に駆け寄る。周りで住民達がざわついているし…早いとこコイツ連れてこの場を離れないとな。


“──キーン…!!”


「うひぃ…!? あっっぶねェ…?!!」


傍に駆け寄って膝を曲げた直後、突然憲兵は動き出して剣を振るってきた。しかも顔目掛けて…咄嗟に体を反らしてなければ死んでたかも…。


後ろに跳んで距離を取ると、憲兵は剣をついて立ち上がった。よろよろしてるが…その目は闘志を失ってはいない。


しかしまさか気絶してるフリをするとは…意外と姑息な技を使うじゃないか…。それなら私も小道具を解禁しよう…! 毒ナイフで強制的に身動きを封じてやるぜ…!


「ああーー?!! カカの角が切れてるニーー!!」


「あっ…? 角…? おおっ…ほんとだ切れてる…」


手で角を触ると、その物凄く滑らかな断面にビックリ…。そして同時に恐怖…マジでこれ避けれなかったら死んでたんじゃ…。


ってかこのカチューシャ外すの忘れてた…、面白いけど私にはちょっと恥ずかしいかな…。後でアクアスにあげよ。


「ニキっ! これオマエが買ったんだからオマエが持っとけっ!」


「おわー左手で投げるなニー! めっちゃ血にまみれてるニー!」


「ああ悪い悪い…綺麗に拭いといてくれ…。さあ続きといこ…──おぅ…?」


カチューシャをパスし、改めて憲兵の方を向き直すと、何故かめっちゃ青ざめてる…。なんか顔についてる…? 外したんだけどな今…。


青ざめてたまま私の顔を直視する憲兵と、何が何やら分からずに動けない私、奇妙な間が流れてく…。


こっちまで変な汗をかき始めると…憲兵は静かに剣を鞘に収めた。そしてつかつかと私の方に歩いて来て、脚を伸ばせば届く距離で不意に正座をとった。


「あのぉ…めっちゃ今更に感じるかとも思いますが…、念の為に確認させていただいてもよろしいでしょうか…?」


「はぁ…まぁ…、なんすか?」


「貴方の…種族は…?」


人族ヒホですけど?」


そう答えると、憲兵は疑念が確信に変わったかのような表情を浮かべ、より一層顔が青ざめていった。


そして突然体を曲げて両手を地面について、文句の付けようがない土下座をしてみせた。えっ…何…? 何なのコイツ…?


「申し訳ありません…!! めっちゃ人違いでしたァ…!!!」


「ハァ…?!!」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




突然憲兵が土下座を始め、周りがめちゃくちゃざわついたが為に、私達はうつむく憲兵を連れて人目のない路地に移動した。


移動し終えた途端、再び正座をとる憲兵。よく分かんないけど…なんか私の方が立場が上っぽいから堂々としちゃお。木箱に座って足組んじゃお。


「へいへい憲兵さ~ん…! どういう事か説明してもらおうかァ…? おーん…?」


「あの…はい…、全部説明させていただきます…」


「カカ…バチボコに調子乗ってるニね…」


ゴリゴリに圧を掛ける私を前に、憲兵は軽く下を向きながら説明を始めた。ついでにコイツの名前も聞いた、もし嘘言った時に逃がさない為に。


事の発端は6年前──コイツの故郷に突如1人の盗賊が現れた。当時そこで憲兵見習いをしていたコイツは、目の前でその盗賊を取り逃がしてしまったらしい。


ちなみにそのはた迷惑な盗賊の名は〝ルナール〟、もう覚えました、絶対許しません私。見つけたら粉々にしてやります、粉々にして海に撒きます。


それからというもの、コイツはルナールを捕える為に日々奮闘していたそう。だが4年前にルナールは忽然と姿を消し、コイツは王都へ異動になった。


盗賊被害はなくなったものの、これまで頑張れていた目的と宿敵を同時に失ったコイツは…ポッカリ心に穴が空いていたらしい。


そこに現れたのが何を隠そうこの私…! ルナールと同じ性別、同じ髪色、そして角…! それが偶然にも重なってしまった結果がアレだ…。


「私言いましたよね~? 人違いだって~? 君の精神状態がどんなだったか知らないけどさ~、証拠もなく言い掛かりつけられちゃ困るんだよね~」


「ほっ…本当に申し訳ありませんでした…」


「カカ様…あまりいじめては可哀想ですよ…」


私のメイドがそう言うならやめてあげよう、元々そんなに怒ってないし。犯人と勘違いしちゃうのも…仕事柄仕方がないようなものだしね。


だがこうなってしまった以上、この状況は大いに利用させてもらおう。憲兵ならある程度兵士達とも繋がりがあるだろうしな。


指定特級の立入許可は王に直接お願いしなきゃダメだから…上手くいけばすんなりこの国の兵長に話を通して、そのまま王に会えるかもしれない。


「なあなあ〝ディーテ〟君、よければ私達を詰所に案内してはくれないかな? ほらっ私左手怪我してるからさ、治癒促進薬ポーションくらいあるよね? ねェ…?」


「あっはい…もちろんご案内させていただきます…」


「なんかカツアゲに見えてきたニ…」








─詰所 (憲兵屯所オーダーギルド) ─


ディーテの案内のもと、私達は憲兵の詰所に転がり込んだ。そこで治癒促進薬ポーションをいただき、包帯で丁寧な手当をしてもらった。


浅いとは言えない傷だが、夕刻の頃には完治してるだろう。どうせ今日は王都ここに一泊するつもりだし、本格的に始動する明日に影響がなければ問題はないな。


「皆さん…特に宍色髪の方…、本当に…本っっ当に申し訳ありませんでした…!」

< 憲兵 〝一角族ホコスDiette=Roaディーテ=ロアr Aides・エデス


「もう大丈夫ですって…、逆にそっちこそ大丈夫…? 結構強く叩いちゃったけど…手足に痺れとか残ってない…?」


「大丈夫です…! 自分…鍛えてるんで…!」

「あっ…そう…、なら良かったよ…」


衝棍シンフォンの衝撃って内部にまで響くから…肉体を鍛えたところで威力を軽減できたりはしない筈なんだけどな…。


それとも単に我慢強さには自信があるって話…? まあ本人が大丈夫って言うんなら…それ以上追及はしないけどさ…。


私はいつでも土下座できる体勢をとるディーテの肩を叩いて、「ドンマイドンマイ」と慰めの言葉を掛ける。


するとそこに1人の憲兵がやってきた。その人は詰所ここへ来て最初に出会った人で、私の傷を見るや否や迅速に対応してくれた。多分ディーテの上司。


「此度は私の部下であるディーテが非礼を働き…大変ご迷惑をお掛けしてしまいました…、心から謝罪致します…! 申し訳ありませんでしたァ…!!」


「あのっ…ですからもう大丈夫です…! そんなに謝り倒されても困ります…」


せっかく慰めたのにディーテもまた土下座しちゃったし…なんなのこの謝罪地獄…。どうしたら抜け出せるんだこの謝罪スパイラル…。


ひとまず頭を下げる2人を必死に説得し、なんとか重い頭を上げてもらった。なんでこんなので精神削らにゃいかんのだ…、来なきゃ良かったか…?


「自己紹介が遅れました、私は筆頭憲兵ひっとうけんぺいの〝バイエ〟と申します。此度の非礼を許してくださったお礼に、何かさせてはもらえないでしょうか…?」

< 筆頭憲兵 〝一角族ホコス〟Beieh=Yire Clバイエ=イレ・クリスyce >


「いやですから…、あっでも…。──じゃあ1つだけお願いしてもいいですかね? 実は私達ベンゼルデの兵長に会いたいんですけどぉ…」


「それならばお任せください、兵長殿とは見知った仲ですので」


よっしゃー! バッチリ予想通りー! 憲兵達を指揮する筆頭憲兵なら、絶対に兵長と繋がりがあると思ったぜェ!!


兵長の居場所なんて十中八九城だし…無関係な奴がホイホイ入れる場所じゃないけど、筆頭憲兵様が一緒なら私達も入れるだろう。


フフフッ…まさに怪我の功名…! トラブルはあったが…おかげでいい感じの展開に流れてくれたぜェ…! イッヒッヒッ…!


このままサクッと兵長に話を通して、サクッと王から指定特級の立入許可を貰う…! そうすればその後は自由時間…! 街を散策できるぞ~♪


「それじゃあバイエさん、案内お願いしますっ!」



──第43話 憲兵の刃〈終〉

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