第41話 準備万端

──明昼あかひる -涼風すずかぜの町 ミュレール-


「あーーーーっ?!! 2人共ズルいニーーーーッ!!」


「ビックリした…、何だよいきなり…」


ミュレールでの休暇2日目──昨日は私の趣味が原因で…ほとんど休暇をエンジョイできませんでした、控えめに言ってクソだね。


だから今日は趣味を止めて、それ以外の方法で羽を伸ばします。ドクターストップならぬメイドストップが激しかったのでね。


なので現在、この町で美味しいと評判のお店にアクアスを連れて訪れた。ニキは朝から「商売してくるニ♪」っとか言って居なかったので2人で。


店外からでも香る肉の匂いと、微かに聞こえる肉を焼く音。ステーキハウスはいくつになっても心躍るものだ、食欲がみなぎってくる。


テラス席に着席し、メニューを見てびびっときた料理を注文。他愛のない話に花を咲かせていると、そこにニキが出現したというわけだ。


ニキは木柵越しに大声を掛けてきた…しかも「ズルい」とか言ってる…。まったく心当たりねえな…、声もうるせえし…。


「2人だけで楽しそうに外食とかズルいニ…! ニキだって2人と和気あいあい食事したいニ…! 仲間外れは嫌ニーー!!」


「仲間外れって…別にそんなつもりはなかったぞ…? さっき2人で町見て回ってた時、まだオマエが商売してたから…邪魔にならないようにって…」


「明昼頃には帰るって言ってた筈ニー! 待ってくれてもいいニー!」


ニキはめっちゃ腕ブンブン振って怒ってる…、やめてほしいなぁ…周りの人達がめっちゃ見てるなぁ…。


確かに待たなかったこっちにも非はあるが…そんなに怒らなくても…、夜に外食することだってできるのに…。


「分かった分かった…悪かったよごめん…。いいからオマエもこっち来いよ…いつまで木柵越しに会話してるつもりだ…」


「ニー…すぐ行くニー…」


とぼとぼ歩いて入り口へと向かい、扉の綺麗なベルの音と共にニキは席に座った。


「さ~て何食べようかニ~♪ どれもこれも美味しそうニ~♪」


「オマエ切り替え早ェな…、店先に感情置いてきたの?」

「まるで別人のようです…」


ニキもステーキを注文し、運ばれてくるのを気長に待つ。まあまあ時間かかっちゃうだろうな…35オンス(約1kg) 頼んじゃったから…。


食べれますか?って3回聞かれたなぁ、多分食べられると思うけど不安になってきた…。最悪ニキの口に詰め込もう、プレゼントだ。 ※鬼畜の所業


「カカ右眼の調子どうニ? 良くなってきたニ?」


「視力はだいぶ回復してきたよ、まだちょっとボヤついてっけどな」


目が悪い人の視界ってこんな感じなのかな? 明日にはこの邪魔ったい眼帯を外したいものだよ…落ち着かねェ…。


「オマエ等の方こそ…怪我はもう大丈夫なのか?」


わたくしはもう完治致しました、元気ピンピンですっ!」


「ニキも絶好調ニッ♪ 今なら熊でも魔獣でも殴り倒せるニよっ!」


うんうんっ羨ましい限りだ、嫉妬しちゃうね。アクアスはともかく、骨折したニキの回復力凄まじくね? 化け物じゃんコイツ。


しかも私の記憶が正しければ…コイツ1回も治癒促進薬ポーション飲んでないんだよ? 切り傷みてェに骨折治しやがって…。


「お待たせしました~! B.I.Gワイルドステーキ、ガーリックステーキ、3種盛りステーキで~すっ!」


ニキのスペックに恐怖を抱いていると…2人の店員さんがステーキを運んできた。立ち上がる煙に飛び散る肉汁、鼻孔をくすぐる香りの全てが素晴らしい…!


今はニキのスペックは無視して、欲望のまま肉にかぶりつこう。肉食えば大抵の傷は一瞬で癒えるって私の親友が言ってた、絶対嘘。


「ほんじゃま手を合わせて、いっただっきまーす!!」


「「 いただきまーす!! 」」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「うっぷ…、腹つれぇ…休みてぇ…」


「カカ様大丈夫ですか…? 背中さすりましょうか…?」


「完全に食べ過ぎニねー、最後の方なんて死んだ魚の目で食べてたもんニ…」


流石に35オンス(約1kg) はキツかった…私の胃容量を超えていた…。もし今四つん這いになってしまったら…間違いなくゲロる…。


飛空艇までは距離があるし…どこか座れる場所で休みたい…。私の記憶が正しければ…ちょうどいい場所がタウンマップに記されてた筈…。


アクアスに背中をさすられながら…座って休める場所を目指す…。建物と建物の間を抜け、駆けまわる子供達の頭を撫で…吐かないように目的地を目指す…。


やがて見えてきたその場所は、様々な花が美しく咲き誇る花畑。私はそこに設置されているベンチに腰を下ろした。


「ふぅ…ふぅ…、なんとか堪えた…私の勝ちだな…」


「誰と何の勝負してたニ?」


パンパンの腹をさすっていると、心地良い風が花畑全体を吹き抜けた。頬を撫でる涼風にのって、ふんわりした花の香りが漂ってくる。


気持ちいいなぁ、もっと吸い込んだらお腹の苦しみ忘れられないかなぁ。はぁー…たまにはこういう時間も大事だよねぇ、癒えるわー心。


「き…綺麗なお花畑ですねカカ様…! み…見て回りませんか…?」


「それはつまり…私のゲロを肥料にしようって話か…? フフフッ…いいぜ…?」


「よかねェニ、座ってろニ」


花畑に着いてから、アクアスはずっとうずうずしている。まあ花好きなアクアスのことだ、見て回りたくて仕方ないんだろうな。


「私は動けそうにないから…自由に見てきていいぞ。どうせ予定もないんだ、気が済むまでゆっくり見てこい」


「ニキもここに座ってるから、気兼ねなく楽しんでくるニ」


「はいっ! では行って参りますっ!」


アクアスは綺麗に咲き誇る花を眺め、優しく花びらに触れてみたり、匂いを楽しんだりしている。まるで花を慈しむ御令嬢だ、楽しそうでなにより。


私も花は好きだけど、あそこまで熱中できるのは流石だな。この規模の花畑だと、そう時間もかからず見終えてしまうな私は…。


「アクアスってお花好きだったんニね~、初めて知ったニ」


「まあ、アイツはフロアっつう花の町の出身だからな。小さい頃から、綺麗な花々に囲まれて育ったんだろうぜ」


私も仕事で何度か行ったことがあるが、あの町は本当に美しい。町の至る所に花が飾ってあって、歩いてるだけでも心が癒されていく。


特に村一番の花畑は言わずもがな絶景、言葉を呑む美しさだ。あんなのを感受性豊かな子供が見続けたら、そりゃ花好きにもなるわな。


ぱっと見ただけでも、普段あまり見ない花がいくつもある。これは長くなりそうだな…別に構わないけど。──んっ?


牛歩で花々を眺めていたアクアスだったが、とある花の前でピタリと歩を止めてしまった。それからしばらくの間、アクアスはその花だけを見つめている。


「なんだか哀しそうな目をしてるニね…、あれなんの花ニ?」


「〝ススラモモエ〟…花の町フロアが町花ちょうかに定めてる花だ…。思い出してんのかもな…昔のこと…」


まるでリボンのように長く桃色をした5枚の花弁は、先の方にいくほど鮮やかな紫に変色している。そよ風に揺られる様は…どこか哀愁を帯びている。


アクアスは花びらを優しく撫で…一層切なそうな目で見つめている。なんだか今にも目から涙が零れそうだ…。


「何かあったのニ…?」


「──追い出されたんだとよ…、家はおろか…生まれ育った町からも…。理由は言うまでもないだろ…?」


超能疾患クァーツ…ニね…」


アクアスが追い出されたのは12の頃…。まだ12歳の子供を…親だけでなく住民全員が一致団結して町から追い出すという非道…。


だが誰もそれを非難しない…、それがこの世界の在り方…。望まれない存在には…聖職者すら中指を立てる…。


望んで得た能力チカラじゃないのに…、そう生んだのは両親オマエ等なのに…。悪魔の使いだのなんだの言って簡単に手放す…、憤懣ふんまんが積もるばかりだ…。


「ちょっと重苦しい空気になっちまったな…、まだ腹苦しいけど…私等も歩こうぜ…? 気分転換気分転換…!」


「そうニね、この際だしアクアスから色々教えてもらうニ!」


私はお婆ちゃんみたいにゆっくりと立ち上がり、お腹をさすりながらアクアスのもとへ向かう。アクアスは笑顔を取り戻して、こっちに手を振っている。


「良い笑顔ニね…、手放しちゃダメニよ…?」


「給料…ちゃんと払っていけるかな…」








──あさ -王都ファスロ-


充分に休暇を満喫した私達は、職人商会ローウギルドへと足を運んでいる。体は全快、右目の視力も元通り! 私完全復活っ!


あとは衝棍シンフォンがこの手に戻れば、石版取りに赴ける。元気いっぱいだからか、この先に何が待っていようとも突破できる気がする。


「おはようございまーす、ダラさん居ますー?」


「ややっ、おはようございますっ! ダラさんでしたら工房にいらっしゃいますよ、ご案内致しますね」


ムーミエちゃんの案内に従い、受付広間の奥にある工房へと踏み込んだ。本来は関係者以外入れないらしいが、今はダラさん以外居ないので入れるらしい。


工房内には色々な工具や立派な作業台、棚には様々な骨や鉱石らしき素材が並んでいる。作業台の上には布が掛けられた何かが置かれている…見てェ…。


しかしいいね~このThe工房って感じ、ちょっとテンション上がる。私も家にこういう部屋欲しいんだよな~、棚に色んな毒とか飾ったりして、ヒヒヒッ…♪


「ダラさ~ん、カカさん達が来ましたよ~」


「んがっ…?! おおっすまんすまん…寝ずに作業してたからつい寝ちまった…。待ってたぜェ! 今の俺に作れる最高傑作だっ! 試してみてくれェ!」


飛び起きたダラさんは布が掛けられた物に近付き、勢いよく布を引っ張った。布の下から出てきたのは、私のものと思われる衝棍シンフォンだった。


綺麗な白い柄と彫られた装飾、素人目にも分かる完成度…! 以前は強木きょうぼくが使われていて茶色だったから、白い柄はとても新鮮だ。


「持ってみても?」


「もちろんよっ! 使い勝手悪かったら遠慮なく言ってくれ、微調整くらいちょちょいのちょいだからよォ!」


私は衝棍シンフォンの前に立ち、両手でゆっくりと持ち上げた。見た目よりも軽く、滑りにくい加工もしてある。


試しに普段通り回してみるが、回しやすさも以前とほとんど変わらない。若干重さは増した気もするが、素材を考えるなら妥当だろう。


触れてみた感じ…強木きょうぼくとは違うよなこれ…? 綺麗に磨かれてるから何か分かんないな…、多分何かの骨だとは思うが…。


「どうだァ良い感じだろっ! そいつァ〝堅槍突魚アターカハス〟の椎骨ついこつを使ってんだっ! 硬くて加工するのに骨が折れたぜ…椎だけになっ!」


「ニハハハハハハハッ…!! ゲホゲホッ…オエー…」


「そんなにか? そんなに面白かったか今の?」

「値下げ要求できるレベルのクオリティでしたよ?」


むせて苦しそうなニキはアクアスに任せちゃって、私は衝棍シンフォンの柄の中央に麹色こうじいろの布カバーを巻いた。


これは〝附着繊維ふちゃくせんい〟で作られており、巻くだけで服に取り付けられる便利道具なのだ。アクアスの折畳銃スケールも同じ原理でスカート裏にくっついてる。


巻き終えた衝棍シンフォンを背中に装着、これからよろしくな相棒。山ほど酷使してやるからな、一緒にボロボロになろうぜ!


「本当ありがとうございましたっ! また壊れたらお願いしますねダラさん」


「ガッハハハッ! ああ、いつでも完璧に直してやるよっ!」


「またのご利用お待ちしてますね~♪」


衝棍シンフォンを受け取り、私達は職人商会ローウギルドを後にした。これで出発の準備は全て整った、そろそろ行かないとだ。


寄り道せずに真っ直ぐ発着場へと向かう。ムネリ女王に一言とも考えたけど、長くなりそうだから割愛させてもらおう。


応援してくれる人達に手を振り、街を抜けて発着場に到着。あとは飛空艇に乗り込んで出発…なのだが、飛空艇の前に誰か居る。あれは…──


「あっ、助っ人様方ー! お待ちしておりましたっ!」


「ムネリ女王…!? えっ何故ここに…?!」


「激励ですっ! お力になれない分、精一杯送り出そうと思いましてっ!」


護衛の兵士数名を連れてまでも自ら激励しにくるとは…、会話を割愛しようとしたことは胸の奥底にしまい込もう…。


あれ…? 護衛の兵の中にグヌマさんが居ないな…、もしかしてまだお留守番…? なんか申し訳ないな…、ごめんねグヌマさん…。


「それと以前頼まれたをお届けにきました、こちらをどうぞ」


「ああっそんな…?! 急ぎじゃないのでこちらから取りに行きましたのに…」


ムネリ女王に深々と頭を下げ、お願いしていた物を女王から受け取った。それは丸められたまま結紐で結ばれた〝手紙〟。


ムネリ女王からの声援の中、私達は飛空艇に乗り込んで出発準備を整えた。いつの間にか外には住民達も集まっており、国を挙げた壮行会みたいになってる。


飛空艇を浮かし、集まった皆に手を振って王都から出発した。次帰ってきた時はもっと凄いことになってそうだな…、別に嫌な気はしないけど。


その光景を拝む為にも、必ず石版持って生還しないとな…! 一筋縄ではいかないだろうが…私達ならやり遂げられるだろ、きっと…!




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「さーてと、そんじゃそろそろ目的地を聞かせてもらおうか」


「待ってたニ! それじゃ地図を開きまして…」


休暇中は余計な考え事で心身に負担を掛けないようにと、あえてニキには喋らないようにお願いしていた。休暇に仕事は持ち込まないタイプなの、私。


ニキはテーブルにアツジ全域の地図を広げ、私とアクアスは地図に視線を落とした。一体どこになるやら…、比較的安全な場所が望ましいが…。


「それでは発表しますっ! 次の目的地は──ここニッ!」


「どれどれ…、えっ…マジで…?」


「これは…胃が痛いですね…」


ニキが指を指したその場所は、その文字を見ただけで目を逸らしたくなるような場所…。分かり易く過酷な地…。


場所はリーデリアの隣国〝ベンゼルデ〟の領内。国境から東に数百マイル離れた地点に広がっている危険地帯…。


肉焦がし希望乾かす灼熱の死地──〝サザメーラ大砂漠〟


「一筋縄どころじゃない過酷な冒険になりそうだな…、ハァ…」



──第41話 準備万端〈終〉

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