第29話 従者アクアスVS幹部エノー

カカとトーキーが熾烈な戦いを繰り広げている中、飛空艇が不時着した場所でも激しい戦いが行なわれていた。


ナップ・ルーク・メラニ3人は、徹底したヒット&アウェイ作戦でじわじわと白牙鼠雑兵達を削っていった。


そしてこの場ではもう一つ──激戦が繰り広げられていた。


<〔Perspective:‐アクアス視点‐Aqueath〕>


“バァン! バァン!”


「キキキッ! 何度撃っても無駄だっつーの…!」


わたくしがカカ様から相手を任されたのは、〝エノー〟と呼ばれるサルの獣族ビケ。ニキ様がお相手しているサイ男と並ぶ、幹部の1人と思しき獣族ビケ


背丈はわたくしの腰辺りと小柄ですが…やけに俊敏な動きのせいで照準が定まりません…。中々に厄介な相手です…。


「陰湿な銃使いが前衛に出てくるなんて、随分目立ちたがり屋じゃん…! 残念だけど俺に弾は当たんねえよ…!」

<〝発条猿ズアンマンキー〟の獣族ビケ Enoh Vullarエノー・ブラアンn >


エノーは左右上下に素早く動いて…ことごとくわたくしの弾を避けてくる…。この不規則な動きに対応するには…まだ少し時間がいりますね…。


当たらぬ弾を撃ち続けるも…全て虚空を突き抜けるばかり…。その間にもエノーは徐々に距離を詰めてきて…、腕に付いているクローで脇腹を斬られてしまった…。


「うぅ…?!」


「キキキッ! 近距離の銃使いなんて恐るるに足らないね…! このまま少しずつ切り刻んで殺しちゃおっかなァ…?!」


斬られる直前に身を逸らしたおかげで…傷は浅く済みましたが…、このままでは深手を負うのも時間の問題ですね…。


とは言え…闇雲に撃っても当たりませんし…、なんとか隙を生む策を考えないとですね…。カカ様程機転は利かせられませんが…やれることをやるまでです…!


太股に巻いている弾丸ポーチから炸裂弾を1発取り出し、折畳銃スケールに装填してから銃口を向けた。


それを見て再びエノーは不規則に動き出しますが、わたくしの狙いは別。照準を地面に向けて、引き金を引いた。


「うおおおっ…!? なになにィ…!?」


着弾した炸裂弾は小爆発を起こし、辺りに爆風が吹き荒れた。近距離で爆風に煽られたエノーの体は、体勢が崩れて宙に浮かぶ。


炸裂弾の爆風では…宙に浮かんだ体もすぐに地面に落下してしまう。ですがこの絶好の機会を逃す手はありません…!


左腰のポーチから素早く弾を取り出して折畳銃スケールに込め、軌跡から予測した落下点に照準を合わせる。


“バァン!”


「うぎゃァ…?!!」


銃口から放たれた銃弾は左肩にヒットし、エノーの体は後方に転がった。今ので左腕はかなりのダメージを負った筈ですし…積極的に右腕も狙っていきたいですね。


「グギギ…、油断したァ…。でも甘いんじゃない…?! そんな使って…本当に俺に勝てると思ってんのォ…?!」


“「知性生種は殺さない」” ──カカ様の意志を貫く為に…知性生種相手には〝特製ゴム弾〟を使っている…。


貫かず…血も出ず…、シンプルに激痛だけを与える…カカ様が特注してくださった世界一優しい銃弾。


「そちらこそ…甘く見ていると後悔しますよ…! 野蛮な貴方方には分からないかもしれませんが…殺さずとも勝つことは可能です…!」


「それをと言ってんだ平和ボケが…!!」


声を荒げたエノーは膝をググっと曲げて、物凄い速度でわたくしの方へと跳んできた。ギラついたクローがみるみる迫ってくる。


クローを前に構えたあの体勢では…撃ってもゴム弾が弾かれてしまう…。そう察したわたくしは…身を屈めて攻撃を躱し、背後から狙い撃つ算段を立てた。


が…エノーは着地隙を晒すこともなく、地面を蹴ってわたくしを囲む様に高速移動を始めた…。


蹴っては移動、蹴っては移動を繰り返し…徐々に速度も上がっていく…。その動きはまるで〝バネ〟の様な…、一体何の動物の獣族ビケなんでしょうか…。


「キャキャキャッ! どうだ銃使い…! 俺の動きが捉えられるかァ…?! 今のオマエはまるで袋のネズミだなァ…!」


わたくし獣族ビケじゃなくて人族ヒホですよ…!」


「そういう意味じゃねえ…!!」


段々空を切る音が聞こえ…いよいよ目で追えなくなってしまった…。闇雲に撃ってもヒットしそうな気さえする程に…。


そんな中…一際大きな地面を蹴る音が耳に届き、その方向に体を向けようとした瞬間──背中に燃えるような痛みを感じた…。


触らずとも…その痛みがエノーに斬られたことが原因だと分かった…。痛みを堪えて…すぐにエノーが通り過ぎた方へ銃口を向けるも…、既に姿はなかった…。


またわたくしの周りをぐるぐると囲み…次の攻撃のタイミングをじっくりと窺っている様子…、かなりマズい状況ですね…。


なんとかこの状況を打開する策を考えないと…一方的にやられて終わってしまいます…。一旦冷静になって…頭の中を整理しましょう…。


炸裂弾の爆風なら動きを乱せるかもしれませんが…、大人しく弾を取り出させてくれるとは思えません…。


かと言ってでたらめに撃つのも得策とは思えませんし…困りましたね…。──こうなれば一か八か…負傷覚悟で攻撃に転じてみましょう…!


覚悟を決めたわたくしは目を瞑った。いくら動きを見ても目で追えないのなら意味がないので、耳に届く音にだけ意識を向ける。


息を吐くと、鼓動や傷の痛みがスッ…と頭の中から消えていった。微妙な音の変化に細心の注意を払いながら、常に引き金を引けるように指を掛ける。


意識を研ぎ澄ませていると、右斜め後ろから一際大きな地面を蹴る音がした。わたくしはすぐに銃口を左斜め前に向けて、引き金を引いた。


「あぐっ…?!」

「グエエエエ…?!!」


また背中を鋭く切り裂かれてしまったが…放たれたゴム弾はエノーの右頬にヒットした。血と一緒に歯と思しき物が口から零れ…ぐるぐると回りながらぶっ飛んだ。


ぶっ飛んで地面に転がったエノーに追撃を与えてもいいのですが…、流石に少しくらくらしてしきた…。


一度折畳銃スケールを下げ…ポーチから治癒促進薬ポーションを取り出してグイッと飲み干した。


その後息を止めて…塊血かいちを飲み込んだ…。頭がくらくらする程の不快感を我慢し…折畳銃スケールを構え直す。


「こんの…クソったれ…! よくも俺の歯を…! もう許さねェ…!! 回りくどいやり方は止めて…真っ正面から殺してやる…!!」


感情的になったエノーは、地面を蹴って真っ直ぐ跳びかかってくる。変わらず速いままですが、身構えていれば避けれなくはない。


片脚を軸に体を回して攻撃を避けると…着地したエノーは間を空けずにまた跳びかかってきた。それもなんとか避けるも…またすぐ攻撃を仕掛けられる…。


さっきと違って…攻撃の隙がない…。強引に銃を向けて引き金を引くも…ジグザグに動かれて弾を躱された…。


更にはその隙を突かれて…右脚を斬られた…。痛みのせいで不意に右脚の力が抜け…体がガクンと崩れてしまった…。


しかしこのままでは格好の的…。片脚立ちのまま体を動かして必死に銃を向けるも…今度は左の二の腕を斬られた…。


それでも負けじと通り過ぎた方に銃を向けると…そこにエノーの姿はなかった…。右にも左にも居ない…駆ける音もしない…。


状況が理解できずにいると、突然頭部に痛みを感じ…私の体は仰向けに倒れた…。エノーは高くジャンプしていたようで…わたくしは勢いよく踏み倒されたようです…。


動こうにも…頭と右腕が踏まれていて体を起こせない…。左手で脚をどかそうとするも…さっきの負傷のせいであんまり力が入らない…。


「キキキッ! チェックメイトだ…! オマエが実弾を使っていれば…右頬の1発で終わっていたかもしれないのにな…! だから甘いって言ったんだよォ…!」


既に勝った気になって声を荒げるエノーは…ぐりぐりとわたくしの頭部を踏みにじる…。悔しいですが…今はこの状況をなんとかしなければ…。


「メイドがこれなら、あの宍色髪のメスも終わりだな…! トーキー様に歯も立たず殺されちまうだろうぜ…! 生意気なメスには相応しい最期だな…!!」


そう言って高笑いを上げるエノーに、沸き立つような怒りを覚えつつも…感情を抑えて状況の打開を図る。


わたくしは左腕を地面について体を反らし…なんとか起き上がろうとする──振りをして見せ、こっそり後ろのポーチに手を入れた。


中に入っている小瓶を1つ手に取り、手のひらの中に隠しながら機を窺う。


「さ~て、そろそろそのか細い首をバッサリといこうか? 俺達悪にも一応仁義はあるからさ、愛する主様にでも何か言い残しなよ。どうせソイツも死ぬだろうけど」


「…そうですね、では1つだけ…──カカ様を侮辱するな…!!」


わたくしは左手に握りしめた小瓶を、エノーの顔面に投げつけた。直撃した小瓶はパリーンッと音を立てて割れ、中の液体が飛び散った。


突然の虚を突く攻撃に、思わずエノーは怯みを見せた。その隙を見逃さずに体を起こして立ち上がり、銃身を掴んで思いっ切り左脇腹を殴った。


「痛ってェ…?! クソ…ぺっぺっ…! 少し飲んじまった…、テメェ今のは何だ…! 何を投げやがっ…うあっ…?! 何だァ…!?」


エノーは目を擦りながら、自分の身に起きている異常に困惑している。当然正常に戻るのを待つ義理もなく、わたくしはエノーの右脚にゴム弾を撃ち込んだ。


右脚を押さえながら声を上げるエノーに、ダメ押しの追撃を与えた。放たれたゴム弾は腹部に当たり、体は後ろにぶっ飛んだ。


「グゥ…! ハァ…ハァ…、あぁ…目が見える…音が聞こえるぞ…! テメェ…俺に何をしやがった…!!」


「〝失感毒しっかんどく〟──ご存知ないようですね。貴方が侮辱したカカ様に持たされた道具アイテムですよ…!」



 ≪失感毒しっかんどく

五感=視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚に異常を及ぼす毒。致死性は弱いものの、場合によっては後遺症が残ることもある。



エノーの発言からして、どうやら目と耳に状態異常が出ていたようですね。まあもう治ったようですし、後遺症も問題ない…ですよね…?


…別にカカ様を疑っていたわけではありませんが…、わたくしは実際に使ったのは初めてでしたし…良かったです…毒が本当に薄められていて…。


何はともあれ…これで形勢は元に戻りました。分かりにくいですが、エノーも中々にダメージが溜まっているでしょう。


右脚にダメージを与えましたし、さっきのような連続した高速移動は難しくなった筈。だいぶわたくしにも有利になりました…! まだ勝負は分かりません…!


「機動力が弱まって…弾が当たるとか思ってるだろ…? 残念だがそうはならないぞ…! 片脚が無事なら…まだができるからな…!」


そう言ってエノーは最初に見た不規則な動きをしながら、じりじりと距離を詰めて来る…。これを片脚でとは…恐れ入りますね…。


ですが…その動きは一度見ました…! いくら不規則に動こうとしても、生物に意思がある以上…必ず動きの〝癖〟があります…!


1回目の動きの〝軌跡〟と今の〝軌跡〟を見比べれば、手を取る様に分かりましたよ…貴方の癖が…!


右、左、右、左と2回続いた後は必ず…──左斜め前…!!


“バァン!!”


「グワアアアアッ…?!!」


狙いすませて撃ったゴム弾は、ピンポイントにエノーの左脚にヒットした。来る場所さえ分かっていれば、的確に部位を狙い撃てる。


これで右脚と左脚両方にダメージ、機動力は更に半減したでしょう。あとは一定の距離を保ちながら撃つだけで…──


「な…めんなァァァ…!!」


「…っ!」


距離を取る為に後ろへ退いたわたくしに向かって、エノーは痛みを堪えて跳びかかってくる。ほんの僅かな気の緩みで…懐への侵入を許してしまった…。


左肩にクローが突き刺さり…血しぶきが宙を舞った…。クローが刺さっているせいで振り払えず…密着されているせいで銃口を向けられない…。


「俺の根性を甘くみたな…! 今ので脚は限界だが…こうすりゃ関係ないだろ…! このまま喉笛搔っ切ってやる…!」


エノーは足の指で器用に服を掴み、左手のクローを振り下ろしてくる。わたくしは首に刃が触れる寸前でエノーの腕を掴んだ。


ですが…左肩の痛みのせいで上手く左手に力が入らない…。少しずつ刃が近付いてきて…先端部が首に触れる…。


「キャキャキャッ! どうだ…?! クローを押さえ切れず、銃も使えない…! 終いだなカスメイド…! 精々惨めな死に様を晒すんだなァ…!!」


更に力を加えられ…先端が首の皮を破って血が滴る…。もはや殺されるのも時間の問題な状況ですが…、勝ち誇って視野が狭くなるのが…貴方の弱点です…!


引き金に掛けている人差し指を軸に銃を半回転させ、親指を引き金に移動させる。わたくしが右腕を上げると、そこでエノーも気付いたようですが…もう遅いです…!


「〝銃床の炸撃ガンク・ブロズ〟…!!」


「ゲボバァ…?!!」


親指で引き金を引き、弾が放たれる反動を利用したパンチ。硬い銃床じゅうしょうで右頬を殴られたエノーの体は、今までで一番勢いよくぶっ飛んだ。


その勢いで左肩に刺さっていたクローが抜け…頭に響くような激痛が走る…。左肩を押さえつつ…地面に横たわるエノーに近付いた。


また跳びかかられても反応できるよう、十分に警戒していましたが…肝心のエノーは白目を向いて気を失っている模様。


演技…ではないですよね…? そんな巧みなことができるタイプには見えませんでしたし…あまりにもガチな気絶顔です…。


念の為銃口で顔を突いてみるも反応なし…、これは本当に気を失っていると見て大丈夫ですね。ふぅ…疲れました…。


折畳銃スケールをしまって、治癒促進薬ポーションと塊血を口に流し込む。思ったより負傷してしまいました…情けないです…。


カカ様とニキ様は平気でしょうか…、お2人はわたくしよりも強いですが…相手の方も強そうでしたし…。


──いえいえ…! 一丁前に心配なんてわたくしのすることではありませんね…! 必ずカカ様とニキ様は勝たれます…! わたくしわたくしのすべきことをするまでです…!


まだナップ様達は戦っておられますし、ナップ様達の援護もカカ様から託されたわたくしの使命…! 必ずや果たしてみせます…!!


ですから…お2人も頑張ってくださいね──カカ様…! ニキ様…!



──第29話 従者アクアスVS幹部エノー〈終〉

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