いるよ

北海ハル

第1話

 寝床についても、落ち着かない。


 がさがさ、がさり


 いる。

 何か。何か、いる。


 かさかさかさ


 枕元、足元、耳元、壁の方。あちこちで、何かが這う音がする。


 がちがちり、ががち


 硬い爪で、床を引っ搔く音がする。

 引っ掻いているだけじゃなく、前に進もうとする音がする。


 ちっちっちっちっちっ


 硬い体を滑らせる音が響く。

 猫の爪が引っ掻くような音じゃない。

 もっと、もっと小さい生き物が引っ掻く音だ。


 がっちん


 何かが床に落ちて、その硬い体を弾く音がする。

 いつ聞いても、誰が聞いても嫌なその音は、昆虫の体がぶつかる音。


 じじじじじじじじじ


 虫の羽音が耳を叩いた。

 秋口に見つけた蝉をつついた時、あのけたたましく不快な羽音そのものだ。

 ぎょっとさせられた腹いせに、蝉の腹を棒で思い切り貫いたことがある。

 じびびび!!とだけ音を立てて、蝉は死んだ。


 かしかしかしかし


 足元を、何かが撫でる。

 細かい何かが、足をしきりに撫でる。

 蟻だ。蟻の大群だ。

 黒く規則的な隊列を見つけては、その中心を踏みつけたものだった。

 巨人に踏みつぶされぬよう、残った蟻たちはてんでバラバラになった。


 ぶうううううぅ


 羽虫の飛ぶ音がした。

 蝉の鳴き声に近しい、あの聞くだけで不快感の募る音は、カブトムシやクワガタだ。

 栄養失調で頭と体がぐらついていたクワガタを、引きちぎったことがある。

 音を立てることもなく、クワガタの頭は動きをやめ、腹だけがうねうねと奇妙に動いていた。


 がさがさがさかちかちかちじじじじじじじぶうううううぅんかさかさかさ


 音が耳元、足元、眼前まで迫った。

 けれども目の前には何もいない。

 足元を撫でる蟻も、羽音を立てて飛ぶカブトムシも、死にかけの体で羽を動かす蝉もいない。

 けれども、音は確かにそれらに違いはない。

 いるのだ。確かにいるのだ。

 けれども、いないのだ。


 こんなことが続いた三日後、彼はあっけなく気を狂わせて死んだ。

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