因果の銃弾

水村ヨクト

因果の銃弾

 光が地球を一周するのに必要な時間を知っているだろうか。答えはたった〇・一三秒。ではジェット機では? 最高時速を維持できたとしておよそ二十時間。なら人間は? 仮に地球一周が陸続きで、体力が無限にあり、止まることなく歩き続けたとしても、一年かかる。人間の移動速度とは、なんとまあ遅くて鈍くて、つまらないものなのだろう。

 だから、玉井周大たまいしゅうたはいつも心掛けていた。決断くらいは人並み以上に早くして、短い人生できるだけ無為に過ごさないように。大学生にして、そんなことを考えていた。

 故にか、今回も決断が早かった。

 大学の講義が終わり、帰路の途中、周大は道端に小さな箱が落ちているのを見つけた。閑静な住宅街を分断する綺麗な道路に、それはやけに異様な存在感を放っていた。


「……なんだこれ」


 よく見ると、それは縁日の的屋の景品などによく置いてある、エアガンの箱のようだった。しかも、一番小さくてチープな。

 周大にはミリタリー趣味はなかったが、そのエアガンの箱には人を惹きつける魔力のようなものがあるかのようで、どうも無視できない雰囲気を醸していた。

 結局、周大は家にそのエアガンを持ち帰った。

 こんなの持って帰ってくるなんて、俺もまだまだガキだな。

 夜中、そんなことを思いながら、机の上に置かれたたエアガンの箱を見つめる。好奇心が周大の手を動かし、箱が開かれると、中にはありふれた拳銃と、一枚の紙が入っているのを見つけた。

 周大は左手で紙を取り、右手で拳銃を持つ。そして、その薄っぺらい再生紙に目を通した。


 取扱説明書


1.この拳銃は必ず人を殺せます。ご使用の際は、ご注意ください。


2.撃ち方は一般的なエアガンと同じです。


3.この銃弾はこの世のあらゆるものを透過します。


4.この拳銃の弾が人の頭か胸部に被弾すると、外傷など一切残さずに被弾者は死に至ります。


5.射程距離はありません。どんなに遠い距離でも銃弾は届きます。


 以上が、紙に書かれていたことだった。

 周大は訝しみながらも、拳銃を真剣な眼差しで見つめる。

 どういういたずらだ? 人をからかうのもここまでくるともはや関心すらするが……。

 拳銃には普通のエアガンと同じように弾を装填するマガジンが存在したが、中身は入っていなかった。

 周大は銃を前方の壁に向かって構える。試し打ちだ。スライドを引くが手ごたえがない。必要がないようだ。引き金に指を添え、そのまま何の躊躇いもなく引いた。

 カチャン、とホチキスみたいな音がして、それ以外何も起きない。

間の抜けた沈黙が流れた。


「はぁ? なんだよこれ」


 周大の目が呆れた溜息と同時に、時計を映す。時刻は夜中の〇時五分を丁度指していた。


「……寝るか」


 拳銃を机に放置し、周大はベッドに這入った。



  人間という生き物は、三大欲求の次に知識欲が強い生き物だ。「なぜこうなのか?」「本当にそうなのか?」確かめずにはいられない。

 周大も紛れもなくそんな人間の一人だった。

 翌日、周大は例の拳銃を鞄に隠し持ち出かけた。自分もつくづく欲求に素直な人間だと己を嘲った。

 大学からの帰り道、周大はいつも通り町を流れる大きな川を跨ぐ大きな橋を渡る。そのときだった。


「おら! 持ってんだろ? 早く出せよ」


 怒鳴り声が、遠くから聞こえてきた。

 周大が辺りを見渡すと、橋の陰の河川敷で少年三人が一人の少年を取り囲んでいるのが見えた。高校生くらいだろうか。声は三人のうちの誰かが発したものの様だ。

 ……カツアゲ……いや、いじめか?

 周大はそう思いながら関わり合いにはなるまいとその場を去ろうとする。

 が、ひとつの思い出が周大の足に枷をかけた。

 周大が高校生の頃、隣のクラスにいじめで命を落とした生徒がいた。別に面識もなかったし、どうでもいいと思ったが、いじめた側は今ものうのうと生きていることに疑問を感じないこともなかった。

 その疑問はみるみるうちに膨らみ、ひとつの思想が作り上げられた。

 ……犯した罪は、そっくりそのまま自分に跳ね返ってくる。

 周大は、当時誰も使わなかった古い体育倉庫裏で、いじめた側数人を気を失わせるまで殴った。お陰で周大は自宅謹慎になり、進路も不安定になったが、それでもよかった。正義感なんて大したものじゃない。ただ、辻褄が合わないことに腹が立っただけなのかもしれない。

 だから周大は、鞄に隠し持っていた拳銃を取り出し、河川敷でたった一人をいじめている三人のうちのリーダー格と思われる一人に照準を合わせた。

 ――この拳銃は必ず人を殺せます。

 迷いなどなかった。ただ、掛け違えたボタンを直すみたいに何気なく、周大は引き金を引いた。

 カチャン。

 その瞬間、リーダー格の少年は頭を銃で撃ち抜かれたかのような挙動でその場に倒れた。

 血は一切流れていなかったが、死んでるみたいにピクリとも動かない。それを見た他の少年たちは逃げるようにその場を去った。

 周大はというと、ただ、手が震えていた。橋の上から茫然と、今起こった出来事を頭の中で反芻する。

 まさか、本当に死んでしまうとは……。

 身体中に得体の知れない熱が込み上がり、そのくせ、どこか寒気も感じつつ、やっと動いた右手を鞄に突っ込んだ。

 周りに目撃者がいないことを確認した周大は、とにかくその場を去ることにした。

  冷静に考えれば、銃声もなし、被害者に外傷もなしの状況で自分が疑われることは決してない。拳銃が本物であると証明されなければ自分は人殺しというレッテルも罪も貼られない。

 周大は黙々と考えていた。

 そうだ、もっと冷静に考えてみれば、これは使えるのではないか。世の中の不平等を、正すのに。いじめという理不尽により命を落とした人々がいる反面、いじめた側は当たり前のように生き残り、当たり前のように就職したり、結婚したり、子供を授かったりしている。

 高校時代のいじめっ子が、成人式で就職が決まったことを嬉しそうに話している様子と、いじめられて死んだ生徒の顔が同時に思い起こされる。

 ……そんな理不尽があってたまるか。

 そう考えてからの周大の行動は非常に早かった。

 決断は、早いに越したことはない。己の信条に従い、動く。

 周大は自分が知る限りのいじめっ子や体罰教師を片っ端から探すことにした。

 例え間接的であろうと、人殺しに生きている価値などない。

その思想を基に、周大は小・中・高での記憶、そしてニュースで知り得た情報を頼りに行動できる範囲の『間接的人殺し』をその日の内に四人撃ち殺した。

恐れなどない。

 ――命には命で償うべきだ。

 引き金を引くとき、周大は心の中でそう呟いた。



 翌日は土曜日で大学の授業もなかったので、朝から『間接的人殺し』たちを殺しに出かけた。どんなに距離が離れていようと、風が吹いていようと、反動も何もないこの銃であればほぼ確実に一発で仕留めることができた。

 快感だった。

 理不尽を正す。苦痛を与え死に追いやった側の命を奪う。それで世の中の整合性が取れる。

 犯した罪は、そのまま自分に返ってくるべきである。

 周大は自分が正しいことをしている気がして、とても充実した気分だった。

 だから、疲れるのも早かったのか、周大は十五時半には家に戻って自室の机の前に座っていた。ダラダラとネットニュースを眺める姿は、先程まで世直しのつもりで人の命を奪いまくっていたそれとは似ても似つかない。

 周大は次のターゲットを見つけようとスマホ画面をスクロールする。


『謎の不審死。世界中で発生。死者七千三百人超』


 スマホの画面に不意に現れたその見出しに、周大は見入ってしまった。


『外傷など一切なく、被害者の多くは至って健康体で、さらには体内から毒物も検出されず――』


 机に置いてある。銃を眺めた。

 ……まさか、これか……?

 周大は混乱していた。

 世界中? 俺が殺したのは、せいぜい電車で移動できる範囲の奴らだけで、まだ十人くらいだぞ。

……!

もしや、もう一丁銃が存在するとか……。

 周大は銃の説明書を改めて確認する。


「弾はこの世のあらゆるものを透過します……射程距離はありません。どんなに遠い距離でも弾は届きます……」


 ふと、時計を見た。

 十六時四分五十七秒を指していた。


「……まさか、そ」


 瞬間、周大は頭がカッと熱くなるのを感じた。そして、それと同時に意識も感覚も、全て無くなった。

 机に突っ伏した周大はピクリとも動かない。呼吸も、脈動も、全て失われていた。

 時計の秒針の無機質な音が部屋に鳴り響く。

周大がその拳銃を手に入れてから初めて引き金を引いたのは、今から一日と十六時間前。

そして、拳銃の銃弾が地球を一周するのに必要な時間もまた、ちょうど一日と十六時間であった。



 ――犯した罪は、そっくりそのまま自分に跳ね返ってくる。


                                終

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