『殺したい子』 イ・コンニム

『殺したい子』 イ・コンニム  矢島暁子 訳


 とある高校の校舎裏で、一年生の少女ソウンの遺体が発見された。容疑者はソウンの親友のジュヨン。ソウンの亡骸が発見された日の前の放課後、二人が激しい言い争いをしていたのが他の生徒に目撃されていたのだ。ジュヨンは警察の取り調べを受けることになったが、ジュヨンの頭からはその日の放課後に関する記憶がすっぽり抜け落ちていた。

 裕福な家で育った優等生で誰からもうらやましがられていたジュヨンに対し、ソウンは貧しい母子家庭育ちの地味な少女だった。事件の報道が過熱し、周囲の人物による二人の印象が語られるごとに「我儘で高慢な少女が貧しく健気な女の子を奴隷のように扱い、虐めていた」というストーリーが作り上げられていく。少年犯罪の厳罰化への声が高まりを受けて、ジュヨンに厳しい判決を望む声が大きくなってゆく。

 このままでは少年院に入れられてしまうかもしれないのに、それでもジュヨンは事件の核心については弁護士に対してあやふやな発言ばかりを繰り返す。

 ソウンの殺害犯は本当にジュヨンだったのか。ジュヨンの死の真相はなんだったのか。そして二人のほんとうの関係は?

 ──といったストーリーを、混乱するジュヨンの心の声や、マスコミに取材を受けた人々の証言、「鼻持ちならないお金持ちのいじめっこ」の減刑のために働かなくてはならなくなった弁護士の思考などをちりばめて語る、韓国産YA小説。



 いわゆるイヤミスに相当するだろう、救いが無くて心の中に苦味がいつまでも残るタイプの小説だった。

 センセーショナルな部分にだけ注目して騒ぎ立てる報道。「金持ちの少女と貧しい少女」のイメージに無批判に乗っかり好き勝手に語りだす周囲の人々。それがまた報道され話題のネタとして好き放題に書かれるネットといった現代社会の怖さと、経済力のある家庭と乏しい家庭の差を原因とする容赦のない教育格差(日本の比ではなさそう)、成功のために過酷な受験勉強に疲弊する子供たちのと逃げ場のなさ。種類のことなる現代社会の問題がぶつかりあった果てに起きた事件のように思える。

 ジュヨンとソウンの二人の間でおきたことは本来なら「青春期の苦い思い出」で終わっただろうに、こんなことになるなんて……と読み終わった後にしばらく言葉を失くした。

 後味の悪い、イヤな読み応えの小説をお好みの方には是非お勧めしたい。


 女子と女子の友情の中に発生する綺麗なだけでは済まされない感情(利己心や無意識の見下し、お互いへの依存心)なども好物ですよ、というタイプの方の百合好きにもおすすめしたい。

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