第18話

 バシンッ。


 強烈な電流がベルカの身体を駆け抜け、俺の視界がブラックアウトした。


 ▽なッ!? なにが――!?


 センサー類が一斉に警報をかき鳴らす。ノイズまみれの情報から、電流の原因を見つけ出した。


 ▽ちくしょう、あのペンだ。


 契約書にサインするためにベルカが使ったペンに仕掛けが施されていた。

 常人なら一発で意識が吹っ飛ぶレベルの放電を行うスタンガンが仕込まれていた。

 こんなチンケな小細工に気付けなかった愚かさに吐き気がする。

 

 俺の視界が復活する。まだあちこちノイズまみれだが、周囲の状況は掴める。

 俺たちは床に転がっていた。ベルカは、意識はあるようだが、まだ身体が動かせない。


「まぁまぁ落ち着けって。ウチで働いてもらう以上、ウチ流のしつけってもんが必要だ。嬢ちゃんはどうやら、ふつうの人間じゃねえようだからな」


 床に倒れたベルカは口一つ利けない。俺とのリンクも途切れている。なんだこれクソッ! 

 睨み付けるベルカに大兄ダーシンが大げさに肩をすくめる。


「躾ってのは言い方が悪かったか? じゃあ教育と呼ぼうか。新人教育についても、ちゃーんと契約書に書いてあるんだ。拒否するってなりゃ、嬢ちゃんの荷物は返せねえなあ」


 怒りを浮かべていたベルカの瞳が、反転、不安の色に染まる。 


「そーだ、その目だ。大切な荷物。ちゃんと取り戻したいだろ? だったら俺の言うことをしっかり聞いて働け、な?」


 色を失ったベルカの瞳に、大兄ダーシンが満足げに頷く。


「よしよし、イイ子だ。とはいえ、これだけで新人教育完了ってワケには行かねえよなあ。おいお前ら」


 大兄ダーシンが後ろに控えていたチンピラどもを呼ぶ。


「嬢ちゃんに仕事のやり方を教えてやんな。どーすりゃお客サマを喜ばせられるのか、きっちり仕込んでやれ」


 口笛を吹いて、チンピラどもが下卑た歓声を上げる。


 ▽ふざけやがってふざけやがってッ!! ベルカ立て! 頼む!


 俺の声が聞こえているのかいないのか、その程度のこともわからない。それでも、彼女が指一本動かせないことはわかった。

 どうして立てない? ベルカの、人造妖精の身体はたかだか数百万ボルトの高圧電流ぐらいどうってことないはずなのに。


 チンピラのひとりが、倒れたベルカの腕をつかんで乱暴に引っ張り上げる。

 ソファに放り出されたベルカを、背もたれ側から別のチンピラが羽交い締めにする。


 ▽クソがッ! 触るなッ! 


 俺がどれだけ騒いでも、こいつらには一切聞こえない。そんなことは分かっている。でも叫ばずには発狂しそうだった。


「声くらい出るようにしてやるか」


 大兄ダーシンが手元の端末に指を走らせると、ベルカの口から「やぁッ」と声が漏れた。

 呂律が回っていない。声も小さい。まるで泥酔しているかのような、か弱い抵抗の声。

 たぶん、さっきのスタンガンのせいだろう。サイボーグや身体改造者を無力化するための信号を打ち込まれたんだ。


 クソ、これじゃあどうしようもない……!


 チンピラが下品な笑みを浮かべて、ベルカの身体を触る。

 服の上から、乱暴に胸を揉み、ベルカが嫌がる声を上げる。まわりのチンピラどもはその声にテンションを上げて、個人の端末で動画を撮影し始める。


 ぶっ殺してやる。こいつら全員ぶっ殺してやるッ!!


 緩衝地帯に入れなくなるかも、とか、指名手配されるかも、とかそんなことはもうどうでもよかった。


 チンピラの手が、ベルカが身に付けたシャツをまくり上げる。

 白くきめ細かい肌が露わになって、下着が覗く。

 ベルカが全身の力を振り絞って、抵抗の声を上げる。


「やだっ!!」

「うるせえんだよ」


 バシッ。

 

 ベルカの頬に衝撃が走って、痛みがじわじわと広がり、チンピラどもが黄色い声を上げる。

 帽子が吹き飛んで、床に転がる。

 聞き分けの悪い新人を「教育」することに夢中になっていたチンピラどもは盛り上がり、歓声を上げ、


そしていきなり黙り込んだ。

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