第14話
「聞いて欲しいことがあるの」
▽もちろん。
それからしばらく、ベルカは黙り込んだ。俺は急かさず、彼女が口を開くのを待った。
「ぼくら人造妖精には、心がある」
暗闇の中を手探りで進むように、ベルカがそっと話し始めた。
▽ああ、そうだな。
「ぼくらの脳は、基本的に人間と同じ。人型の人造生命の多くがそうであるように」
人間をベースに作られた、人間と同じ身体と脳をもつ生命体が人間とおなじ「心」を持つのは不思議じゃない。
「でも、ぼくらと人間とでは、決定的に違うことがある。……わかる、よね」
ベルカがそっとこちらをうかがう。
▽生きていくために人を喰い殺す。そうだろ?
「……うん」
ベルカが下腹部に手を伸ばす。
人間の女性であれば子宮のあるあたり、そこには人造妖精たらしめる器官、喰った人間を電力に変える有機転換炉が納められている。
「ぼくらの有機転換炉は、生きた人間しか電力にしてくれない。だから、ぼくらが生きるためには、生きた人間を喰い殺すしかない」
初めてこの話を聞いたときには、そのおぞましさに鳥肌が立った。いや、すでに身体はなかったから鳥肌は例えだが。
人間を喰い殺すためだけに作られた人造生命。
そんなものを設計した人間は、一体なにを考えていたのか。
なぜそうしなければならなかったのか。
「生きるため、ぼくらは人を喰い殺す必要がある。でも、ぼくらにはふつうの人間とおなじ心がある」
ああ、なんだか、話の先が見えてきた。
「ぼくらは生きている。死にたくはない。でも、そのために人を殺さなきゃならない。でも殺したくない。でも生きていたい。死にたくない」
人殺しの罪と、生きていたいという当たり前の欲求が、ベルカたち人造妖精を常に苦しめている。
「ぼくらには、ふたつの選択肢があるの」
ベルカが言う。
「ひとつは、これ以上だれの命も奪わないこと。ぼくらの身体は頑丈にできているけど、壊す方法はいくらでもあるから、それを使って自分で自分を終わらせる」
つまり、自殺。人を殺すくらいなら、自ら命を絶つ。
ベルカの視線はまっすぐ、小屋の壁に向けられている。だがベルカが見ているのは別の物だろう。
ベルカは見てきたんだ。仲間が、自分に背負わされた呪いに耐えきれず自ら命を絶つ姿を。それも、一人や二人ではない人数の。
「もう一つは」
ベルカはそこで言葉を切る。
「……罪悪感や苦しみを取り除く方法」
▽取り除く? どうやって?
ベルカの身体がぶるりと震える。遠くを見ている目が、今ここではないどこかへ焦点を結ぶ。
「獣に堕ちる。捕食形態……大きな獣の、ぼくらが人を喰い殺すときの姿のまま、人格を破壊するの」
▽それ……どうなるんだ……
「そのまま。ずっと、人を喰い殺す獣の姿のまま。人格が破壊されてるから、獣と同じ。肉食獣が獲物を襲って食べるとき「申し訳ない」なんて思わないよね。つまり、そういうこと」
『
ある側面から見れば、幸せな終わり方だと言える。悩みも、苦しみも、葛藤も罪悪感もなく、ただ生きるために食べる存在になれるのだから。
「前兆はね、忘れやすくなること。丁寧に育てていたお花の水やりを忘れて枯らしてしまったり、大好きな姉妹機の顔を忘れてしまったり……」
ベルカが静かに息を吐く。
▽ベルカ、お前は……
「いちおう、覚えておいてねっ。ぼくの取扱説明書」
俺の言葉を遮って、ベルカがいつになく明るく冗談めかして言った。
そんなベルカを、俺はとっさに抱きしめようとした。
今のいままで、過去に焦点を結んでいた目を弓のように細めて微笑むベルカを、ぎゅっと抱きしめて、大丈夫だとささやいてやりたかった。
けれど、俺の両腕は空を切る。
正しくは、抱きしめようとした意志が、空を切った。
だって、俺にはベルカを抱きしめる腕なんてないのだから。
▽……俺に、身体があれば
思わずこぼれた言葉に、ベルカが身体を強ばらせた。その瞬間、俺は自分がどれだけ無神経だったかを思い知る。
▽あっ……違うんだ……! ベルカ、今のはそういうことじゃなくて、
「ごめんユーリ、ぼく眠るね」
それだけ言い残し、ベルカはソファに倒れ込んだ。
俺が何か言うより早く、ベルカは当面の間必要ないはずの、消費電力を抑える休眠モードに入ってしまった。
こうなってしまうと、ベルカとのコミュニケーションはできない。彼女が起きるまで、俺は一人ぼっちだ。
俺には身体がない。ベルカに「与えて」しまったからだ。あの時、あの場所で、俺が自ら望んで彼女に差し出したからだ。
だからベルカはいま生きているし、俺も存在している。
だからといって、いやだからこそ。言って良いことと悪いことがある。
「俺に身体があれば」という言葉は「ベルカが俺を喰わなければ」と言い換えることができる。
たった今、人造妖精が背負う宿命について話したばかりのベルカに言うには、あまりにも無神経な一言だった。
たった一言でも、誰かを傷つけるのに充分な鋭さを持つことはある。
話すことしかできない俺が、一番やってはならない過ちだった。
ベルカは枕に顔を埋めて、点けっぱなしの照明がそんな彼女を黙々と照らしている。
俺は照明を消すこともできなければ、ベルカに毛布を掛けてやることもできない。
▽……大馬鹿野郎が。
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