第8話

「荷物を返してっ!」

 ▽やめろベルカ! 厄介なことになるぞ!


 俺の制止はベルカの耳に届いていなかった。門番が面倒くさそうな顔でがなり立てる。


「なにワケわかんねぇこと言ってんだ」

「このビルにあった倉庫の荷物! 返して!」 

 ▽ベルカ! こいつらと関わり合いになるな! 面倒なことになるぞ!


 いかつい門番にひるむことなく大声を上げるベルカは、かなり目立っている。

 ベルカが注目を浴びるのは避けたい。

 いくらここが余所者に親切な緩衝地帯でも、ベルカの正体が人造妖精だとバレたらどんな態度に出られるか分かったものじゃない。


「おい、そのガキさっさと追い払え! そろそろ大兄ダーシンが来るんだぞ」


 鉄格子の向こうからチンピラのひとりが門番を怒鳴りつける。

 大兄ダーシンってのはつまりこいつらのボスのことか? ヤバいな。そんなヤツにベルカの姿を見せたくない……。


 と、思っていたが手遅れだった。重たげなエンジン音が響き、汚い路地裏には似つかわしくない高級車が俺たちの背後に停車する。


 詰め所の中でチンピラどもが表情を強ばらせて立ち上がる。

 チンピラの一人が高級車に駆けよって後部座席のドアを開ける。

 降り立った男が、どうやらこいつらの親分らしい。


 キザったらしい白いスーツに身を包んだ、腹の出た男。

 服同様真っ白に脱色した髪に、丸いレンズのサングラス。

 薄汚れた路地裏からは完全に浮いている。

 饅頭を貼り付けたような頬の上で、黒目がちで小さな目がめざとく俺たちを見つける。


「なんの騒ぎだ」


 服に付いた泥汚れを見るような目をこちらに向ける大兄ダーシンにベルカが食ってかかる。


「ユーリの荷物を返して!」

「……荷物?」

「このビルに倉庫があったでしょ!? そこに仕舞ってあった荷物! 返して!」


 大兄ダーシンは「お前なんか知ってるか?」と隣の部下を見るが、そいつも首を横に振る。


「ここにあったんです! ここが「ふーぞくびる」? になるとき、どこへやったんですか!」


 ベルカの口から発せられた「風俗ビル」という言葉に、空気があからさまに濁った。


 ▽……ベルカ、そういうことはあんまりデカい声で言うもんじゃない。


 ここが売春宿であること、そしておそらく非合法なそれであることは間違いない。でもよりにもよってそれをこいつらの前で言うのは、なんというか……。


「ぐちゃぐちゃうるせえんだよさっさと失せろガキ」


 チンピラのひとりががなり声を上げて、俺たちに向けて腕を振り上げる。


「待て」


 大兄ダーシンの声がチンピラを制した。

 チンピラに代わってこちらに歩み寄ると腰を屈めて、帽子の下のベルカの顔を覗きこむ。


 ベルカを見つめる目が、いやらしい笑みに細められる。


「おーおー、なかなかべっぴんじゃねえか。身なりさえきちんとすりゃ、いいモンになる」

 ▽こいつ……ふざけやがって。


 品定めするような下品な視線。俺の中にふつふつと怒りがこみ上げてきた。

 一方ベルカは大兄ダーシンが言っている意味が分かっていないのか、きょとんとした顔で首を傾げている。


「おい嬢ちゃん。さっきはああ言ったがな。お前さんの探してる荷物、ひょっとしたらウチにあるかもしれねえなあ」

「ほ、ほんとですか!?」

 ▽ウソに決まってるだろ。こんなヤツの言うこと信用するんじゃない。

「嬢ちゃん、ここら辺のモンじゃねえな?」

「ぼくは、旅人です」

「旅人! そいつは結構。こんなに若いのに、旅はさぞかし大変だろう?」


 大兄ダーシンが粘っこい猫なで声で訊ねる。ポケットに突っ込んでいた手を、ベルカの顔にのばす。


 ▽ベルカに触るんじゃねえッ!!

 

 俺は大兄ダーシンに向けて、ちょいと派手目の“静電気”をお見舞いした。

 薄暗い路地裏を、紫電の閃光が一瞬照らし出す。


「あぢッ」


 ベルカに触れようとしていた大兄ダーシンが、弾かれたように手を引っ込めてその場にひっくり返る。

 真っ白なスーツは泥まみれ。ざまあみろ、だ。


 次の瞬間。


「てめえッ!!」


 周りのチンピラ連中どもが一斉に拳銃やらナイフを引き抜いて俺たちに向けてきた。

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