第7話
俺が使っていた貸倉庫は、薄暗い路地に立つ雑居ビルに入っている。
1ブロック向こうは、屋台が並ぶ市場になっていて、人通りは多い。でも一本道を入っただけでひと気はなくなり、頭上には電線がツタのようにビルとビルを結び、路駐されたバイクと自転車が道幅を半分以下にしている。
目的のビルの前で、ベルカが立ち止まって見上げる。
「……ここ?」
▽ここ、のはずなんだがな……。
俺の記憶だと、雑居ビルの二階と三階が貸倉庫。一階は爺さんと婆さんがたむろする謎スペース。四階より上はアパートになっていた。
だが、今ベルカが見上げるビルは、全く別物になっていた。
ビル自体は同じなのだが、なんというか、まとっている雰囲気が非常に治安が悪い……。
「おい、何見てんだ」
鉄格子がはめられた入り口の前に立った、明らかに身体改造者とおぼしき男がガン飛ばしてくる時点で、もう俺の知ってるビルじゃない。
前回来た時には、入り口に鉄格子なんてなかった。
そもそも扉がなかった。年中開きっぱなしで、中では麻雀卓を囲んで地域のジジババがお茶をしばいていた。
そのお茶会スペースには、今はあきらかにカタギではない男どもがたむろしている。まさかあのジジババがみんなヤクザ型の全身義体に乗り換えたわけじゃあるまい。
「ガキが来る場所じゃねーんだ。さっさと失せろ」
鉄格子前で、門番の男がガサガサした声で威圧してくる。
俺は知覚フィルタを切り替えて、ビルの様子を探ってみる。
音響センサで拾い集めたデータを立体地図に再構成。
以前はビルの正面入り口だったこちら側は、今では裏口のようだ。ここから見てビルの裏側、ここより更に細くて薄汚れた路地に面したドアが、今の正規の入り口のようだった。
入り口からは行ってすぐ、小さな窓口がある。当然、鉄格子付き。窓口の内側は、今俺たちが見ているたむろスペースに繋がっていた。
窓口ではどうやら金を払って、エレベーターで上階に上がるシステムらしい。
二階、三階、かつて俺が借りていた貸倉庫があったスペース。
小さな部屋を幾つも並べた、ほとんど独房のような間取りだったそこは、今ではベッドが一台ずつ置かれて……
▽あー……そうなっちゃったかー……。
「どうしたの?」
ベルカが首を傾げる。なんと伝えるべきか、言葉を選ぼうとしたところで、ベルカに音響マップを覗き見されてしまった。
「……? これ、なにやってるの? 男女が一つの部屋で、ベッドの上でなんかいっぱい動いてる」
鉄錆色の瞳をぱちぱちさせながら、ベルカが不思議そうに言う。
▽あー……。まあ、あれだ。風俗ビルだな、これは。
「ふーぞくびる?」
▽つまり、その、いわゆる売春宿だ。
「ばいしゅんやど?」
▽金を払って性的なサービスを受けられる場所……だな。
「ふーん……」
興味が無いのかよく分かっていないのか、ベルカの反応は薄かった。やたらと言葉を濁していた俺の方が恥ずかしくなってきた。
「で、ユーリの倉庫はどこ?」
▽いや、それが……
俺は記憶の中から、自分の倉庫の場所を引っ張り出す。
そしてそれを音響マップに重ねる。
ちょっと口にできないような姿勢で宙づりになった男と、ラバースーツに身を包んだ女がいる部屋だった。
▽ここだな。
「えっ? じゃあ、ユーリの荷物は!?」
ギョッとした顔でベルカが言う。
▽もう、捨てられてるんじゃないのか?
ベルカの顔がサァっと青ざめる。何か言いかけたように唇がふるふると動いて、それから真っ青な顔が一気に怒りに染まっていく。
嫌な予感がした。
▽ちょ、おいベルカ!
足元の水たまりを蹴り飛ばして、ベルカが一直線に鉄格子の入り口に向かう。こちらを睨み付ける門番に、ベルカが怒鳴る。
「荷物を返してっ!」
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