保健室の先生視点 2

「って……本当にここにいるのかな……高美たかみさん……」


 自分でも少し恥ずかしくなってきた。誰もいない教室で、独り言みたいになっている。

 今の時刻的に生徒は全員帰宅しているだろうけど……それでも恥ずかしい。


「あの……高美たかみさん……」私が続きを言いかけた瞬間、「あ……」


 不意に、窓が揺れた。ガタガタと音を立てて、不自然に揺れた。

 風は吹いていない。その状況で、誰も触れていないはずの窓が揺れたのだ。


高美たかみさん……?」呼びかけると、また窓の揺れる音。そこに自分がいるという主張かと思ったが、「……モールス信号だね……ごめん。もう一回お願い」


 窓の揺れる振動がモールス信号になっている。


 解読すると、


”大当たり”


 ……なんだろう……すごく飄々とした少女の姿が浮かんだ。いむさんが安心して話せるということは、きっと笑顔なのだろう。


「あなた……高美たかみゆめさん。30年前にこの学校で……自殺したとされる女の子」

”自殺じゃない”

「そうみたいだね。昔この学校に所属していた教員が……間接的に殺した。それが死後15年経過して明らかになった」

”優しい男の子に、助けてもらった”

「そうなんだ……」15年前のことは、詳しくは知らない。「とにかく……お礼を言いに来たの」


 高美たかみさんが返事を待つ状態になったので、私が続ける。


いむさんの話し相手になってくれて、ありがとう」

”友達になった”

「あ……そうなんだ。なおさらありがとうね。あの子……ちょっと教室で孤立してて……誰か友達ができれば日本語の習得もはかどるのにって思ってたから……」それから、少し笑って、「まさか幽霊とは思ってなかったけれど」

”あの子は、私が幽霊だと気づいてない”

「そうなの?」そこで、思い出す。「そういえば……高美たかみさんは関西の人?」

”違う。なぜ?”

いむさんが、そう言ってたから……」


 返答には少しの間があった。


 それにしてもいむさん……相手が関西の人だと思ったから逆転サヨナラとか言い出したのか……関西人をなんだと思っているのだろう。


”口調のせい。気をつける”

「ああ……ありがとう」そうしてくれると助かる。「もしよかったらなんだけど……これからも、彼女の話し相手になってもらえないかな?」


 今日は、その話をしにきたのだ。


 いむさんの話し相手……同級生が最適だろうけど、ハードルが高い。そして同級生だって、いきなり外国の人に話しかけられたら困惑するかもしれない。

 だから時間に余裕がある部外者が良いと思っていたが……まさか幽霊が話し相手になってくれるとは。


”いいよ。どうせ暇” 

「ありがとう。助かる」教員という立場上、1人の生徒につきっきりになるわけにはいかなかったのだ。「それから……あなたの未練について、助けになれることはない?」


 返答が帰ってこなかったので、続ける。


「幽霊になって残ってるということは、未練があるんでしょ? もしよかったら……なにか手伝うけれど……」

”ありがとう。でも大丈夫。未練は、昔解決した”

「昔……15年前?」

”そう”


 未練がない……それでも現世に残っているのに、なにか理由があるのだろうか。


 それとも、純粋に成仏できていないだけだろうか。幽霊の世界にも色々あるんだろう。


”彼女は、大丈夫?”

「……大丈夫、とは?」

”いじめられてない?”

「……どうだろう。表面的に手が出されてるわけじゃないけど……無視がいじめに入るのなら……」


 だけれど……ある程度しょうがない。他の子だってまだ子供なのだ。言葉の通じない人に話しかける勇気はない。


 教員が無視するのは論外だけれど。


 それにしてもこの幽霊さん……いむさんがいじめられていないか最初に確認するとは……


 やはりあの噂は、本当らしい。


 高美たかみさんの弟は……いじめが原因で亡くなっている。

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