第2話

 闘技とは、人々を楽しませるサーカスや演劇などと同じエンタテインメントのひとつ。他との唯一の違いは剣闘士たちの命が実際に散ってしまうことだろうか。

 剣闘士たちは主に、命に価値がない人間の職業だ。身分で言えば奴隷の仕事。だから、どれほど花々しい活躍を闘技場で見せようが、処遇はよくない。

「ふわぁ……」

「疲れてるねぇ、アリア」

 しかし、アリアを含めた四人、『花の女剣闘士ミス・グラディエーター』だけは、他の剣闘士たちのモチベーションのために区切られた部屋をもらっている。見目麗しく年若い女であるにも関わらず、大男をも圧倒して闘いに勝利し続ける四人の姿は、確かに闘技賭けで金儲けをする闘技場の支配人からすればいい餌だ。

 二段ベッドの上で欠伸を繰り返すアリアに声をかけたのは、ヒカ。太陽の光をそのまま閉じ込めたかのように輝く金色の髪と瞳の持ち主で、剣闘士とは思えないふわふわした雰囲気を纏っている少女だ。

「接戦だったんでしょ? ここでも聞こえるくらいの大声で観客が言っていたよ」

 二段ベッドの手すりの部分から顔を出したのはユーリ。晴れた空を思わせる青い瞳は、薄暗い地下室の中でもわかりやすくキラキラしていた。

「確かシュヴァゲイルって南の闘技場では有名な剣闘士だったんでしょう? それに勝っちゃうなんてすごいわ」

 下の方から聞こえてくる、落ち着いた声の持ち主はサラだ。珍しく向こう側が透き通るような銀髪で、瞳は吸い込まれていくような錯覚があるほどの漆黒。

「まぁでも、強かったね。何回か防がれちゃった」

「さすがの『火炎』でも一発じゃなかったかぁ。ボクが戦ったら負けちゃうだろうなぁ」

「ヒカならそんなに苦戦しないんじゃない? 私とシュヴァゲイルは同じ武器同士だったし、『閃光』の短剣ならもっと早くに勝敗が決まっていたかもよ」

「もしもシュヴァゲイルが勝ってアリアが負けたら、次の相手は誰の予定だったっけぇ?」

「オレだよ」

 ぼふっと二段ベッドによじ登るユーリ。

「『時雨』の二刀流ならもっと早くに終わらせてやるよ」

「残念ながらシュヴァゲイルは死んだけどね」

「何か腹立つな……けどいいや。とりあえずサラに当たらなかっただけマシじゃん?」

「そうだねぇ」

 サラがベッドの上に顔を出す。

「私がシュヴァゲイルの相手だったら速攻で降伏するわ。あの『豪剣』に『白銀』の刀が勝てるわけないもの」

「からかって損した。一体どの口が言っているんだか」

「本当だって。考えてみてよ、あの細い刀にあの太くて大きな両刃剣。武器破壊でも図られたら一巻の終わりよ」

 肩をすくめてみせるサラだが、その細い刀がどれほどの威力を持っているのかだなんてヒカもユーリも、もちろんアリアだって知っている。

 闘いのときにしか外に出ることを許されない剣闘士だけれど、その強さは鉄格子の向こうそとが全部教えてくれるのだ。

 ヒカが使うのは、護身用に騎士が懐に入れておくという短剣一本だけ。やや頼りなさそうに見えるけれど、ヒカのその小柄な体躯を活かすには短剣が一番いいそうだ。相手の目にも留まらない速度で間合いを詰め、相手の喉を掻き切るらしい。

 ユーリが使う二本の剣は、両方とも両刃の剣だがアリアのお気に入りよりも少し短く、沿っている。いわゆる曲剣と呼ばれるそれを両手で器用に振り回し、緩急をつけて相手を翻弄する姿は、いつか見てみたいなんて思う。

 サラの武器の刀とは、遠く離れた東の国で使われる剣のことらしい。両刃の剣よりも刃が細く沿っていて、平べったい形をしているそうだ。大人しい容姿には似合わない豪快さで刀を振り回し、息も切らさずに相手を瞬殺する身のこなしはまるで舞を踊っているようだとか。

 互いの闘いを見たことはない。この地下で知り合ったただの『友達』だ。いつしか『花の剣闘士』だなんて言われるようになったけれど、心底そんなことはどうでもいい。

 こうやって、四人で交わすくだらない話が、アリアが抱えるただひとつの宝物。

 そのとき、鉄格子の方から歓声が聞こえた。ずいぶんと高い位置にあるその窓の縁に指をかけ、懸垂の要領で顎を窓枠にのせるユーリが

「どうやら、明日の闘いのスケジュールが組まれたらしいね」

と教えてくれる。

 今、この夏という時期は闘技の時期らしい。闘技場の観客席の最前列、大理石で囲まれた場所にずらりと人が並んでいたのを思い出す。

 サラが、あの最前列はこの国のお偉いさんたち専用の座席だと教えてくれた。そこが埋まっているということは、高貴な家柄の人が集まっているということ。連日闘技が行われるのも当然だということだ。

 実際に昨日はサラとヒカが、一昨日はユーリが闘技に出ていた。

 アリアは二段ベッドを降りて、ユーリと同じように窓の外を見る。

「なんて書いてあるのぉ?」

 ヒカののんびりした質問に、うーんとね、と答えて目を細める。

アリアに文字を教えてくれたのはヒカとサラだ。はじめは心底どうでもいいと思っていたけれど、文字が読めると便利なことも多い。その理由のひとつが、こうやって闘技のスケジュールと払い戻しオッズがわかるということだ。

 隣でユーリが、あ、とだけ小さくつぶやいて、それきり言葉を発さなくなる。異様な反応を感じたらしいサラが、真面目なトーンで

「どうしたの?」

と訊いてくる。

 その意味が、アリアにもわかった。

「明日の闘技……」

 ごくんと唾を飲み込んで、意識していつも通りに声を出す。

「『1-1-1-1《フォーワンブイ》 剣闘士、アリア・ヒカ・ユーリ・サラ』」

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