ラーメン屋の天球儀

のんたろうさん

第1話 ラーメン屋で起きた奇跡

あの時、メールを受け取らなければ。

あの時のメールを受け取らなければ、

どうなっていただろうか。


2003年、ジャンガリアンハムスターが、

僕にメールを届けてくれる。


そのメールの主は、後に僕の妻になる人からだった。


あの時メールを受け取っていなければ……。



私の名前は鏑木凝流かぶらぎ しこる


47歳。2児の父である。

あの時の出会いが無ければ、

私は妻と知り合う事は無かった。


あれから20年が経過した。


私はペンネームを「のんたろう」とし、

WEB小説を投稿するようになった。


しかし、幾ら作品を作っても評価もされない。

副業で始めた動画投稿の再生回数も収益も、軒並み下がり、本業である会社員としての仕事も煮詰まっていた。


帰宅の途に着いている最中に、近くのラーメン屋に寄る。


「いらっしゃいませぇい!!」

威勢のいい大将とバイトの声。


おいおい。もう深夜だよ。

でけぇな声が。


「特製味噌ラーメンとビール」

大将に一本指を立てて合図する。


「喜んでィイ!」

またアホみたいに喜んでもない癖に大声を夜中に上げるバイト。

 

いつもの漫画を見ながら、

ラーメンを待っていると、

漫画と漫画の間にボンヤリと光る見慣れないものが目に入る。


ボンワァ〜


何これ?

天球儀?


あれ?こんなのあった?


「大将。こんな天球儀あった?」

大将に声をかけるも、地味に客が入ってくるので、大将はこちらの呼びかけには気付いていないようだった。


ボンヤリと、天球儀を見つめる。


何故か見続けていると

意識が遠くなる……。


……


……


……


    ◆◆◆


「のんたろう先生!映画化決まりました!

聖騎士ハサンシリーズ!

アニメ化に続いて映画化です!」


編集者から早朝電話が来る。


私の処女小説

『聖騎士ハサンシリーズ』が、

アニメ化やパチンコ化、漫画化等でちょっとしたブームになってるのだ。


でも、何でだろう。

何故か虚しい。


お金は有り余る位に毎月入ってくる。

そして念願の会社員を辞めることも出来た。


日々、毎日色んな場所に移動しながら、

趣味の写真や動画活動をしながら、

時には海を見ながら、山を見ながら、

ベイサイドで宿坊で、様々な環境で執筆活動が出来るから楽しい。


でも何故か心に穴が空いている……。


私は本当に幸せなのか?


隣にパートナーがいた世界もあったのか?

もしかしたら、自分が子供を持つ世界線もあったのだろうか?


もう後数年で60を迎える。


最近は沖縄に移住し、

離島の伊江島に家を買った。


とにかく海が青くてキレイなんだ。


空と一つになった水平線。

騒がしい都会の喧騒から離れて正解だった。


自衛官時代の友達が名護に住んでいる。

何かあれば、本島に戻って昔みたいに呑んで忘れる。


あいつの娘も、もうすぐ20だって。

早いよな。


明日の飛行機で東京に行く。

映画化にあたって原作者の挨拶があるんだって。


要らなくね?


伊江島のフェリーから本島の本部へ。


本部からバスで那覇。

那覇から那覇空港までタクシー。


那覇空港から羽田空港まで飛行機。

いやー遠い。


羽田空港からリムジンバスを使い、

新宿副都心に到着する頃には、

すっかり夜。



今新宿にある高級ホテルのスイートルームにて都内の夜景を見ながらペンを取っている。


明日の舞台挨拶の原稿。


本当は、シャンパンかワイン、はたまたウィスキーなんだろうけど、貧乏性なのかビールでもなく、発泡酒なんだよね。


死んだ親父が「発泡酒なんてビールじゃない。」なんて言ってたけど、このチープな味がいいんだヨ!


しかし、今日は筆が進まない。

呼んじゃう?

コールガール。


いやいや。もうそんな元気もないよ。


確かに綺麗だ。


この眼下にうごめく小さいゴミのような車や人をあざけるのは簡単だし、実際それ程の財は手にしてる。


昔、20代の貧乏だった頃にハマったマルチ商法時代に良く皆に吹聴していた寿司が食べたいから日帰り北海道旅行とか、

中華が食べたいから、日帰り中国旅行なんかは可能なのだ。


でも虚しい。


一人だから?

俺の人生はこれで良かったんだっけ?


あれ?

なんで泣いてる?


ツーッと涙がひとりでに伝ってくる。

止まらない。


部屋のガラスに映る俺の顔は、

涙でぐしゃぐしゃになってる。


どうした?


何か大事な事を忘れてる気がする……。


「パパ大好き」

「あんた、腰揉みなさいよ」

「パパラーメン美味しい」


頭の中にもやがかかって顔もぼやけている。


でも、確かに。

確かに、俺の隣に誰かがいた気がする。

声が聞こえる。


そうだ。俺には息子と娘がいた。

そして大事な妻が……。



    ◆◆◆


「お客さん!お客さん!特製ラーメン!」


目を開けると、行きつけのラーメン屋のカウンターだった。


「お客さん!伸びちゃうからね!」

大将は特製ラーメンとビールを置いて

そそくさと厨房に戻って行った。


あれ?今のは?!


後ろを振り向いて、漫画の棚に目線を移す。


あの天球儀!!


漫画と漫画の間には隙間はなく、

いつも通り格闘系漫画と美食系漫画が

ギッシリ詰め込まれていた。


「なんだったんだ?」

ラーメンをいつもの様にすすって帰る。


寝静まったアパートの鍵を開けると、

子供達と妻の靴。


しかも乱暴に右や左に散らかって置かれていた。


これだ。これなんだよ。


寝室を見ると子供達は

スヤスヤと、寝息を立てている。


嫁さんは暗闇の中でスマホを見てる。

「くせー。ラーメン食ったろ?」


これなんだ。俺の幸せは。

「食ってきたよ」と返事を返す前に、

親指の突端がピリピリとうずいた。


痛風の前兆。

生きているんだ俺は!


思わず嫁を見ながらニンマリ。


「気持ち悪っ!早く戸締めて」

 

〜おわり〜

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