第15話 デート前のたしなみ

 ゴールデンウィークに突入した。


 会社員時代は休日返上当たり前、祝日なんて関係なく世間が長期の休暇期間に入っても普通に朝出勤して夜遅くまで仕事をしていた。

 アパートに帰ってテレビをつけるとニュースでは帰省の渋滞や混雑がどうとか言っていたが自分には関係ないものと割り切って生きていた。


 だからと言ってそんなブラック企業を辞める気にもならなかった。

 特に目的もなく生きていた俺にとって会社を辞める気力すらなく、次の働き口を探す事の方がよっぽど労力がいると思っていた。

 だから現状を変えようとしなかった。そのまま何も変わらず、変えようともせず、ただ時が過ぎていくのを黙って見ているかの様な生活だった。




「あーーーーーーー!! ゴールデンウィーク最高ーーーーーーーーーー!!!」


 はい! こんな感じで暗い回想はここで終了!! 

 いやー、堪りませんなー。今日から数日間休みがある上に二ヶ月ちょっと経過したら夏休みに入るときたもんですよ。

 夏休みって四十日ぐらいあるんだよな。嘘だろ? 会社勤めではありえない超大型連休じゃないか!


 学生生活最高! 今から楽しみだ。しかも今の俺には伊吹という彼女がいる。一緒に海に遊びに行ったり、花火を見に行ったり、とにかくやりたい事が山ほどある。

 しかし、それらを満喫する為には先立つものがないとどうしようもない。そういう訳で色々と探した結果、先日から地元のスーパーでアルバイトを始めた。

 大学生時代にスーパーの青果売り場でバイトをしていたので、その経験を活かして働いている。


 連休中はかき入れ時だ。アルバイトの予定を多く入れてデート代を稼ぐ。それが男の甲斐性というものだ。

 以前の目的もなく生きていた頃の自分とは内に秘めるエネルギーが桁違いだ。昔の俺がバッテリーで動いていたと仮定すると、今は核融合炉で動いてる様な感じだ。


 ――と言う訳で今日はそのエネルギーの源である伊吹との初デートだ。

 四月中は彼女と付き合い出したり、バイト探したり、勉強においていかれないように頑張ったりと忙しく、あっという間に今日という日を迎えてしまった。


 本日の天気は晴天、理想的なデート日和だ。メインは町内の水族館で遊んで次は海辺を散歩し大笑タワーで夕日を見て終了という流れだ。

 昼食は伊吹がお弁当を作ってきてくれるらしい。人生初のデートだ。二人にとって良い思い出にしたい。


 そう決心しつつ机の引き出しの鍵を開けて中からグレーの袋を取り出し机の上に置く。

 その中から取りだしたのは小さな正方形の袋が十個。それには『0.02』と数字が表記されている

 それらが入っていた箱は既に細かく切り刻んで捨てた。家族の目に触れたら嫌だからな。


 その内の一つを手に取り考えを巡らせる。以前体験した伊吹との結婚生活。

 あれが本当にタイムリープによるもので彼女の言動通りなら、俺と伊吹の初エッチは今まさに俺がいる自分の部屋という事になる。

 しかし、実際何が起きるか予想は出来ない。万が一……という事もある。

 初デートでいきなりそうなるとは思えないしそうする気はないが、伊吹とキスをした時に俺は理性が吹っ飛んでしまった。

 それ故、教室といういつ誰が来るか分からない場所でキスを何度もしてしまった。

 その日から俺は自分の理性を信じないことにした。だってあまりにも脆いんだもん俺の理性。

 

 あのエロ可愛い伊吹と一緒にいて何処まで理性を保つことが出来るのか……全く自信が無い。

 だから、万が一そうなってしまった場合の為に、俺はコ○ドームを購入しておいたのである。

 小心者なので俺を知る者がいないであろう隣町のコンビニに行ってこれを購入した。目くらましとしてお菓子も一緒に買ったのは言うまでもないだろう。


 それからもちろん装着の練習もした。説明書をよく読んで正しくかつスムーズに着けられるようになった。

 その際、二個ほど消費したがコツは掴んだ。サイズも多分大丈夫。

 今の俺は行為の最中にスムーズに避妊具を装着できる男――【時任 翔Ver.2】へと進化したのだ。これでいざという時の対処は問題ないはず。


 デートの服装は、上はパーカーに下はストレッチパンツ――オシャレ過ぎず地味過ぎず無難な内容にした。

 インターネットで色々と調べてみたが、そこに掲載されている服はモデルが良いから素敵なのであって俺が着たら確実に浮いてしまうものばかりだった。

 だから原点に立ち戻り素直な自分でいこうと考えた。ただし、全てユニ○ロで買った新品だ。俺の身体はユニ○ロで出来ていると言っても過言ではない。


 服と同じ店で買ったボディバッグを手に取りコ○ドームを四つ入れておく。


「一つだけじゃ心許ないからな。予備と……予備の予備、それに予備の予備の予備を入れておこう。……何か冷静に見てみると、これじゃヤる気満々みたいじゃないか」


 自分の性欲に呆れていると時計のアラームが鳴った。


「――っとヤバい。そろそろ行かないと」


 取りあえず必要な物を全てボディバッグに詰め込んで一階に降りると居間で結がテレビを観ていた。

 俺に気が付くと値踏みするように頭のてっぺんからつま先にかけて視線を動かす。


「な、何だよ……」


「お兄ちゃん、無難すぎー。遊び心ゼロじゃん」


「悪かったな、面白みがなくて! 別にいいだろ」


「まあ、初デートだからって変にテンション上げて恥ずかしい格好されるよりはいいかなぁ」


 やはり結に今日が初デートという情報は知れ渡っていたらしい。伊吹と結は親友なのだから当然と言えば当然か。

 ふと見ると結が何やら外出用の服に着替えているのに気が付く。これは確か遠出をする時とかに着ていたお気に入りのものだ。


「どこかに出かけるのか?」


「……お兄ちゃん、やっぱり聞いてなかったのね」


 呆れた顔をする妹。沈黙が流れると母さんが自室から出てきた。妹と同様にめかし込んでおり化粧もバッチリだ。

 その後ろには同様に外出の格好をしている父さんがいた。


「皆どこかに出かけるの?」


 訊ねると家族全員が呆れていた。俺、何かやっちゃいました?


「全くこの子ったら人の話を聞いてなかったのね。――商店街のくじ引きで草津温泉の宿泊券が当たったって話をしたでしょ。四人一組で一泊のが」


「草津温泉……家族旅行……あっ!!」


 思い出した。そうだった。そういや高校二年のゴールデンウィークに家族で草津温泉の宿に泊まったっけ。

 すっかり忘れてた。それに最近は忙しくて家族の話を聞き流していたかもしれない。

 

「まさかとは思いますが、俺を置いて皆でしっぽり温泉旅行に行く気ですか!?」


「だってあんた、これから伊吹先生とデートするんでしょ? 家族旅行に行ってる場合じゃないでしょうよ」


「そうだぞ。若いうちはデートとかして青春を謳歌しないとな。ほら、温泉旅行とかはさ、お前が就職した時に初任給とかで連れて行ってくれればいいじゃない」


「なんで父さんと母さんまで、俺が今日伊吹とデートするって知ってんだよ! お前が話したのか結?」


「私は話してなんかないわよ。最近のお兄ちゃんは、やたら浮ついてたし一人で洋服を買いに行ったりしてたでしょ。それにデートがどうとか独り言を言ってたわよ」


「ばらしたのは俺かぁ。疑ってごめんなさい!」


「とにかくそういう訳だから、出かける時は家の鍵忘れないようにね。それと、明日は夕飯も食べて夜に帰ってくるから食事の準備は自分でするように。お土産たくさん買ってくるから楽しみにしててね」


 そう言い残し俺の家族はウキウキしながら自動車で草津へ向けて走り去った。

 そのあまりの軽い感じに驚いたが、自分にもそういう部分はあるなと思いDNAの恐ろしさを痛感した。


「ま、まあいいや。そうだよ、温泉なんていつでも行けるさ。でも、デートはそうはいかない。――いざ、出陣!」


 こうして気合いを入れて家を出た俺ではあるが、向かうのはバスで十数分の位置にある町内の水族館だったりする。

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