人生逆再生

鳩原

第1話人生逆再生

 さて、ある病院の一室。死の縁にいる老いた男性がいました。  

 私はもうすぐ死ぬ。もう頭の中の整理もおぼつかない。手足の感覚が痺れてなくなり、目は開いているものの霞んで何も見えない。驚くほど静かで、何も聞こえない。悔いのない人生だった……と言いたいところだが、残念ながらそんなに都合のいいものではなかった。私は、恐らく隣にいるであろう一人息子の事を思った。本当に良くできた子だった。正直で、努力家で、人生を楽しく過ごそうと考えている子だった。そんな自慢の息子も、今は結婚した。妻である女性も息子に負けない才能と印象を持っていた。悔いというのはその事についてだ。半年ほど前に二人は子供を授かり、もう二、三ヶ月で生まれそうなのだ。ああ、死ぬ前に一目初孫の顔を見たかった。これが出来の悪い息子ならこんな気持ちにはならなかっだろう。だが、私は息子を心から愛している。出来ることならば、息子と共に成長を見守りたかった。息子との思い出が急によみがえる。実はあいつは血の繋がりのある息子ではないのだ。あるよく晴れた日の夕方、私がまだ青年で今は退職した会社の社員だったころだ。道端に大きな布の塊がおいてあり、近づいてみると小さな音がした。いや、声というべきか。小さな赤ちゃんが泣いていた。青年だった私は面倒ごとに巻き込まれたくなくてそのまま去ろうとしたが、赤ちゃんがあまりにもかわいく見えたのと、泣き声がなぜか「生きたい」といっているように聞こえて見て見ぬ振りをすることが出来なかったのだ。

 その後、私は知り合いに相談して色々な手続きをした後、赤ちゃんを子供として引き取ることにした。最初は大変だった。しっかりと勉強して育児をしたが、赤ちゃんは大きくなるどころかなぜか小さくなったような気がして、心配で仕方がなかった。そんなある日、一人の老人がやってきた。私が赤ちゃんが小さくなったような気がすると知り合いに話したらその知り合いが紹介してくれたのだ。なんでも、有名な薬学者の先生らしい。知人の紹介だし、わらにもすがりたい思いだったので彼に貰った薬を飲ますと、息子はすくすく育ち、何度も何度も学者に礼をいったものだ。

  さて、そろそろお迎えが来そうだなぁ……まだ生きていたかったなぁ……生きたい。生きたい生きたい生きたい。気持ちが暴走して、もう何ヵ月も動かなかった口が動く。遺言というやつなのだろう。

「生きたい。」

その時、悪寒と快感の混じりあった不思議な感覚が走った。なんだろう、これは。感覚があるということはまだ生きられるのだろうか。いや、やっぱり死ぬ。急に眠くなってきた。──────


 ここが天国か。真っ暗だ。体はないけれど瞼は開けられるのだろうか。と、目に意識を込めた瞬間、真っ白で無機質なものがとびこんできた。幾度と無く見た景色。生前の病院ではないか。言葉にならない言葉が口をついた。

「っっっっっ」

生き残った。喜びが溢れてくる。それを見て医師が駆け寄ってくる。嬉しい。孫の顔を拝みたい。ん?ひとりだけ白衣を着てないやつがいるぞ。個室だから患者は私のほかにいないはずだ。喜びでちゃんとした声も出せない割に冷静に考えていたが、医師が勝手に説明してくれた。

「こちらのかたは私の恩師でして、あなたが何度も孫の顔を見るまでは生きたいといっていたものですから不憫に思って相談したら自前で薬を持ってきてくれたんですよ。」

  落ち着いてから私はいう。

「ありがとうございます。死んでも死にきれない思いだったので嬉しい限りです。」

「いやいや、いいんだよ、礼なんか。最近発表した薬なのだが、少し効果を説明しておきたくてね。おい、君、少し席をはずしてくれんか。」

「先生の薬は医師として気になりますが、まぁあなたのいうことだから引き下がりますよ。健康状態がよかったら退院の手続きをしておきます。」

私は、口を自由に動かせる喜びを噛み締めつつ、話す。

「改めて本当に本当にありがとうございます。」

「いや実は、薬のことで話しておきたいことがあってね。あれは少し不思議な代物でね。だんだんと若返っていくんだ。クラゲの中には死にそうになると若返ってまた生きるものがあるのを知っているか。その応用だよ。」

「な、なるほど。それを人間でやったというわけですか。素晴らしい発明ですね。」

「そう言ってもらえると嬉しい。一つ注意点だが、孫の顔を見たらすぐに今手渡したこの薬を飲むこと。こいつは若返りを止めて普通に年を取ることが出きる薬だ。このままだと若返り続けてしまうからね。」

「はい、わかりました。何から何まで感謝です。」

そして、軽く手を降って病室を去る彼を私は見ていた。また喜びが込み上げてくる。その日は健康に問題はないものの様子見で入院した。


 その後、彼はまた少し若返り、幸せな息子夫婦と赤ちゃん、つまり孫を見て幸せな毎日を過ごしました。そして数年が流れ、孫のかわいい成長にも満足し、一人で息子夫婦の家を後にした頃。


 ああ、幸せだった。思えばこれもあの薬学者先生のおかげなんだよな、いい人だ。だがそろそろあの薬を飲まねばならないかな。いや、その前に健康な体でこの世の思い出に少しぐらい遊んでもいいだろう。まだ年金はある。よし、この世に未練を残さずにぱーっと遊ぶぞ!


 さて、そこからの男は大変なものでした。酒を水のように飲み、お菓子を大量に食べ、女を毎日のように家に呼びました。男は自堕落になりましたが、体はだんだんと若くなっていくものですから大した病気にもならず、毎日を過ごしていました。さて、そんなある日。


 いい気分だな。世の中のやつが健康に気を使って過ごしている中俺だけは見た目も内蔵も若くなっていくんだからな。祝いの酒でも買うか。

「……ビールが10点ですね。お客様、なにか年齢確認できるものはございますか。お若いかたには確認がとれないと売れないので」

「どっ」

どう見ても大人だろうが、といおうとして飲み込んだ。今の俺はそのぐらいの姿なのだろう。

「持ってねーよ」

「失礼ですが決まりですので……」

抗議しようとしたが面倒ごとにはしたくないので帰ることにした。それからは顔を隠して低い声で買うようにした。

 それでもごまかしきれそうになく新しい方法を考えようとしていたところ。ドアを叩く音が響く。

「警察ですが、ここに一人で暮らしている子供がいるそうなんですが」

まずい。今は酔っていて出たらアルコールの匂いでばれるだろう。俺は窓から家を抜け出した。快適な生活が音をたてて崩れていく。例の薬を飲もうとしたが家に置いてきてしまった。ここからは己の身一つで生きていかなければならない。孤児として生きるしかないのか。


 そして数年、少年になった男。


 どうやら成長期の段階にはいったらしい、といってもさかのぼったら小さくなっていくだけだが。体が日に日に縮む。そして今は赤ちゃん。手足の感覚が鈍くなり、視界は狭く、不明瞭になっていく。耳もあまり聞こえないし、別のことを一度に考えられない。生まれたばかりだというのにまるで昔老人の時に思ったことみたいだな。孫の顔は見れたが後悔はある。さっさともとに戻る薬を飲めばよかった。今からでもやり直したい。薬を飲んで、16年なんとか生きて、働いて生活したい。そんな思いがある。生きたい。なんとか体温を保とうと服にくるまる。だが、もう自我がなくなりそうだ。普通に生活していれば物心がつく頃なのかもな。生きたかったなぁ……


 さて、彼が倒れた日。一人の男が通りかかる。

「や、汚い布に赤ちゃんが入っているぞ。面倒ごとには巻き込まれたくないたちだが、この赤ちゃんの声が生きたいといっていたように聞こえた。引き取ろうかな。」

「あ、いたいた。」

「誰です、あなたは。」

「私は薬学者をやっているものです。その赤ちゃんは見たところ病気なようだ。もし成長が遅かったらこの薬を飲ませなさい。」

「なんだかわかりませんが、ありがとうございます。頑張って育ててみます。」


 さて、その学者が一言。

「あの男もまたあの結果だ。二つの薬を交互に飲めば半永久的に生きられ、研究でもなんでも好きなことがゆっくりとできるではないか。」

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人生逆再生 鳩原 @hi-jack

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