完璧な生徒会長が「甘やかしてもらえないだろうか…?」なんて言うので甘やかしてみると、想像よりだいぶ可愛かった

芳田紡

第1話「甘やかしてもらえないだろうか…?」

 荒木(あらき)風香(ふうか)と呼ばれる少女がいる。


 ロシア人の父から譲り受けたという、腰ほどまでに伸びた長いストレートの銀髪に、クリッとした大きな碧眼が特徴的で、クールかつシックな顔立ちは街ゆく人が皆振り返ってしまうほどに美しい。

 身長は女性としては高めで、おそらく百六十五前後はあるだろう。

 正直こう言うところに触れるのも不躾ではあるのだが、胸部も類を見ないほど発達している。それなのに腰回りは驚くほどに引き締まっていて、言うなればグラマー体型というやつだ。


 驚異的なのは容姿だけではない。


 俺達の通う私立天蘭高校は国内でも有数の進学校であるのだが、高二の六月の現在までの定期考査では忌々しいことに全て総合順位一位。

 運動能力も女子としてはずば抜けており、一年時の球技大会で中学からバスケ部の選手たちを颯爽と抜きまくっていたのは記憶に新しい。

 

 そして、彼女を語る上で何よりも欠かせないのは、学校での立ち位置だ。


 彼女はこの高校で、今年度の四月から生徒会長として活動している。

 

 この高校は高い偏差値とも関係があるのか、問題を起こす生徒がかなり少ない。そのため、校則などを必要以上に厳しくする必要がなく、一般的な公立高校と比べて遥かに緩い。

 そんな校風が教育方針にも現れたのだろう。この高校は「生徒の自主性を育む」という教育方針をとっている。


 生徒の自主性などといえば聞こえがいいが、その結果ある組織に相当な苦労を押し付ける結果となった。

 その組織が生徒会だ。

 

 校風が固まってきた当初、「やる気のあるものが選挙に出る」という方法で決められた役員では莫大な仕事量に対応し切れないという事態が何回も起こった。やる気が能力に直接関係するわけではないからだ。


 その結果、生徒会長のみを選挙で選出し、残る他の役員は生徒会長の指名によって選ばれることとなったのだ。もっとも、いくら能力が高い人間でも大したメリットもなくそれほど大変な生徒会には入りたくない、というのは簡単に予想できたので、学校は任期をまっとうした生徒は大学への強力な推薦を確約するという手法も採用した。

 その後、優秀な生徒で生徒会役員を固めることで、なんとか問題なく学校が運営されてきたわけだ。


 しかし、荒木風香が生徒会長の今、前代未聞の問題が生まれた。

 荒木風香は生徒会役員を自分以外誰一人として作らなかったのだ。


 当然多くの反発が出てきた。

 俺の記憶の限りでは、「学校は運営できるのか」「優秀な生徒が大学推薦を得られないじゃないか」といった反発が多かったように思う。


 で、荒木風香はどのようにして対応したのか。


 簡単である。類い稀な運営能力で全ての反発を黙らせたのだ。


 普段の書類仕事だけでも「今自分は学校に通いつつ会社仕事でもしているのだろうか」と錯覚するほど忙しいらしいのに、荒木風香はそれを難なく処理すると、ほとんど形骸化していた生徒会への意見箱にも手をつけ始めた。


 風紀委員会との協力による校則の改定から始まり、食堂のメニュー追加、学校行事の改革、果ては登下校時の公共交通機関内でのマナー監修。当時、生徒会はいつの間に生徒指導部へ変わったのかという疑問で溢れかえっていた。


 とまあ、たった二ヶ月の間にそれほどの活躍をされてしまえば一部生徒の反発もぴたりと止んだ。


 絶対的な美貌に能力、他の生徒とも円滑なコミュニケーションを築く彼女はそれはそれは大人気で、高校生にして大量のファンを抱えている。

 ただ、彼女が役員を作らなかったことからも分かるように、彼女と深い仲の人間はほんの数人だと思うが。少なくとも、俺が知るのは風紀委員長だけだ。


 さて、なぜ俺は突然誰かに説明するかのように彼女の情報を整理していたのだったか。


 現実逃避を一旦やめて、眼前の光景に意識を向ける。


 ここは放課後の教室。

 俺たち以外の生徒は帰宅したか部活に行ったかの二択でこの教室からはいなくなっている。


 そこには艶のある長い銀髪を左手でくるくると弄びながら俺の目を見上げる荒木風香がいた。


「そ、それでどうなんだ。汐(うしお)」

「…もう一回言ってくれるか」

「だ、だから!その…ええと、よ、よければなんだが…私を甘やかしてもらえないだろうか…?」


 言葉が後ろに向かうにつれて勢いが弱まっていくのが、本当にあの完璧超人の生徒会長なのかと俺に疑問を抱かせる。


「…とりあえず、質問しても?」

「あ、ああ。もちろんだとも」

「まず、なんで唐突に甘やかしてもらおうと思った?」


 質問してから気づいたが、俺には荒木風香ならそういう俗な欲求はないという先入観があったのかもしれない。どんな人間であれ本能的に無性の愛を求めるというのは当然の話だ。


「うっ…いや、先日私の友人にとある恋愛小説を借りたのだが、真面目でお堅い委員長が主人公に甘やかされて喜ぶ描写があってな。…それでその、委員長に自分を重ねてしまって…そういうことだ」

「それだけか?」


 どうにも違和感がある。

 俺と荒木は一年の頃から同じクラスなのだが、彼女は教室でよく本を読んでいた。それも、サスペンスからエッセイ、ライトノベルまで多くの種類を。

 荒木が読む本を直接聞いたわけではないのだが、恋愛ものだけを避けていたというわけでもないだろう。現に、友人に勧められれば読む程度には関心があるのだから。

 それに加えて、言っちゃなんだが真面目なキャラが甘やかされるような描写なんてありふれたものだ。これまでにそのようなものをまるで読んでこなかったとでも言うのだろうか。


「…それだけだが?」

「そうか」


 それだけだと言われればどうしようもない。


「では次の質問だ…なぜそれ俺に頼む?特段関わりが深かったわけでもないだろう?」


 ここが一番気になるところだ。

 言葉にしたように、俺と荒木は特別関わりが深かったということはない。クラスメイトとして、最低限必要な会話はしてきたが、それだけだ。


「それは…べ、別になんだって良くないか?」

「いいや良くない。もしこれで俺が君の体に触れたとして、それを証拠として俺が貶められる可能性だってあるわけだ」

「そんなことするわけないだろう!」


 心外だと言わんばかりの顔で反論される。


「まあ、本気で言っているわけではないが。それだけ理由が考えつかないということだ」

「…うう、以前から——と思って——」


 モジモジと煮え切らない態度で告げられるが、声が小さくてなんと言ったのか聞き取れなかった。


「なんだって?」

「…以前から君を好ましいと思っていたんだ!」


 半ばやけくそのようにも見えたが、俺のことを好ましく思っていたらしい。


「…は?一体どこが…?」


 自慢というわけではないが、確かに俺はある程度優秀ではあるだろう。試しにやってみたものは全て平均以上にできたし、勉学だって毎回学年二位になる程だ。

 しかし、それに関しては目の前の女の方が上だ。噂の通りの優秀さなのであればできないことなどないにも等しいほどの超人だろうし、俺よりも圧倒的にコミュニケーション能力もあるだろう。

 俺が荒木に勝る点など運動能力くらいなものだろうし、それはあくまで男と女の身体構造上の差異に過ぎない。


「君の、性格だ」


 おい、なんだ?俺はいつの間にか幻聴が聞こえるほどに年老いていたのか?

 それとも無意識に法外な薬物にでも手を出したのか?


「…俺の空耳でなければ、今お前が性格だと口にしたように聞こえたのだが」

「何を言っているんだ?空耳ではない」

「だとしたら尚更わからない…これだぞ?」


 先ほどからネチネチと詰めるように質問を続けるこの捻くれた性格だぞ?


 そんな意思を込めて自分を指差す。


「…君は自分を低く評価しているのかもしれないが、周りの評価は全く別だ。少なくとも私は、君のことを高く評価している。たとえばそうだな…私をライバル視するほどの向上心とか」

「うぐっ…知られていたのか」

「有名な話だよ」


 確かに俺は荒木のことをこと勉学面に置いてライバル視している。

 これまでは一番で当然の環境にいて、これからもそれは変わらないだろうと高校入学までは思っていた。しかしそれは変わったのだ、荒木風香のせいで。いや、おかげでと言うべきであろうか


 幸いにして、俺はかなり負けず嫌いであった。

 いつか、いや次にでも荒木風香を越えてやると躍起になって勉強に励んだ。それでもまだ越えられずにいる。


 別に他人に対抗心を燃やすことを恥ずかしいとはまるで思ってはいないが、流石に本人に指摘されると心にくるものがある。それが羞恥心なのか屈辱感なのかはさておいて。


「だが、向上心だけあっても仕方がないだろう。現に俺はまだ一位をとったことはない」

「一年学年末考査の点差は何点だった?」

「一点だ」


 屈辱的なことにな!


「その前は?」

「四点」

「その前」

「六点」


 なるほど、つまりこいつは、俺の点数がだんだん上がっているのだから、もうすぐ越えられると言いたいわけだ。

 口に出さないのは俺への気遣いか、荒木が負けず嫌いなのかはわからないが。


「それでどうだ?私をその、甘やかすというのは」

「ふむ…断る」

「…は?今のは受け入れる流れだろう!?」

「知るか。だいたいリスクがデカすぎる。そんなことをしていれば、いつ誰に見られるのかわかったものではない。それに俺にメリットがないだろう」

「場所なら生徒会室でいいだろう!誰にも見られることはない!」

「メリットは」

「む、むう…そうだな…私が勉強の際に意識していることを教える、とか…いや冗談だ忘れてくれ。流石に——」

「乗った」

「え」


 俺はそれを待っていたと言わんばかりに、食い気味で返事をした。

 その時の荒木の間抜けな顔はおそらく一生忘れないだろう。



 ◆



 場所は変わって生徒会室。


 当然ながら、生徒会役員は基本的に少なくない人数がいる。この学校では特に。そのため、生徒会室もそれなりに広い。

 流石に教室ほどとまではいかないが、それに準ずる広さがある。


 既に時刻は五時半ごろで、少しづつ日が傾き始めていた。日当たりが良い位地にこの部屋はあり、窓も大きく開放感がある。


 荒木は慣れた手つきで部屋の窓を開ける。おそらく毎日のルーティーンなのだろう。

 

 暖かい風が部屋に入ってきた。

 

 穏やかなその風は窓の近くにいた荒木の長い髪を揺らした。オレンジがかった光を白い肌と銀の髪が反射していて、幻想的という言葉が良く似合う。


「さて…じゃあ、頼む…」


 日の当たり方のせいなのか、心なしか荒木の頬が赤く染まっているように見えた。


「ああ。…で、どうすればいいんだ?」


 甘やかせ、と言われても、俺には歳の離れた妹を甘やかしたことくらいしかないのでどうすれば良いのかわからない。まさか幼稚園生の妹にするような甘やかし方ではないだろうし。


「そうだな…どうしようか」

「荒木が読んだ小説ではどうしていたんだ?」

「えっと…あー、確か頭を撫でていたような。うん、じゃあとりあえず頭を撫でてくれ」


 答えるまでに妙に間があったのが気になるところではあるが、とにかく俺は荒木の頭を撫でればいいらしい。


 窓際にいる荒木のもとに、ゆっくりと一歩づつ近づいていく。


 普段俺は歩くスピードはだいぶ早い方であったはずなのだが、これから同級生、それもあの生徒会長の頭を撫でるんだと考えるとうまく足を動かせない。


 たったの五歩を移動するのに五秒前後という異様に長い時間を要しつつもなんとか荒木の目の前に立つ。


「じゃ、じゃあ…撫でるぞ」

「こ、こい」


 戦いでも始めるのだろうかと思うほど緊迫した表情になりながら、荒木の頭に向かって手を伸ばす。


「おお…」


 不思議な感覚だ。

 くせっ毛の妹とはまるで違う。サラサラで、髪の間をすると指が通り抜けていく。


 頭頂部を撫でると荒木は気持ちよさそうに目を細める。


「これは…いいな」

「そ、そうか…参考程度に、どういいんだ?」


 …俺は一体何を聞いているんだ?参考程度ってなんの参考だ?


「えっ…そうだな、落ち着く、というのだろうか。汐の大きな手から体温がが伝わってきて…って、私は何を言ってるんだ。悪い忘れてくれ!」

「あ、ああ」


 あまりの剣幕に思わず頷いてしまうが、忘れろというのは無理なお願いだろう。

 

 荒木は先ほどと違ってしっかりと顔全体が紅潮していて、その上焦って余裕のなさそうな言葉を発している。普段のクールな顔つきや毅然とした態度からは考えられもしないこの状態の荒木は控えめに言っても…可愛い。

 身長や言動からどちらかといえばカッコいい印象の荒木にこのようなことを考えるというのは想定外だ。


「…そろそろいいだろう?」


 一分ほど頭を撫で続け、そろそろ荒木も鬱陶しく感じてくるだろうと手を引き戻そうとする。

 すると…


「ダメだ!…あっ、すまない…もう少しだけ」


 大きな声を上げながら俺の手を掴んだ荒木は、再び自分の頭の上に手を置く。その動作は少し子供っぽく見えて、普段とのギャップに心が揺れ動くのを感じる。


 また頭を撫で始めると先ほどと比べて慣れてきたのか顔を緩め始めた。


 わかりやすく細められる目と弧を描く口元がなんともいじらしい。


 ふと、目を開いた荒木の青い瞳に俺の姿が映る。戸惑ったような表情がどうにもみっともない。

 今、俺の瞳に映る荒木自身を見てどう思っているんだろうか。


 時間にしたら一瞬にも満たなかったはずなのに、時が止まったかのように長く続いた目を合わせる時間が終わった。

 それは、荒木の体がぽすりと俺の胸の中に収まったからだ。


 突如として、暴力的なほどに甘い香りに鼻腔が襲われる。しかし、決して不快な香りというわけではない。ないのだが、香りだけでもそれはかなり扇情的で、何か良くないことをしているような気がしてならない。


「荒木!?」

「う、うるさい…いいだろう?今は甘える時間だ…」


 自分に言い聞かせるように発された声は、俺の制服に吸い取られて少し小さく聞こえる。


「頭も…な、撫でてくれ」

「わかった…」


 ほんの僅かに俺から顔を離したかと思うと真っ赤な顔で上目遣いをしながらねだってくる。

 

 頭を撫でると、満足したとでも言いたげな表情で再び俺の胸に端正な顔が埋められる。


「んん〜…ふふ」


 その声は妙に甘ったるく、俺の知らない感情を刺激される。

 それはただの同級生に聞かせていい声じゃないだろう…どう考えても。

 それとも聞こえていないと思っているのだろうか。いや、それほど間抜けではないか。






「あの、そろそろいいか?」

「う〜…」

 

 しばらく経ってもまだ荒木は俺の胸にすりすりと頬を寄せながら、鳴き声のようなものを漏らして甘えてくる。

 どうやら俺の声は聞こえていないらしい。


「荒木?」


 再び声をかけると、不思議そうに顔をかしげながら荒木がこちらを向く。


「…っひゃい!?」


 一瞬間があったのは今の自分の状況を思い出したからだろう。荒木は呂律の回らない舌をなんとか動かして返事をすると、俺と反発しあっているかのようにバッと引き下がる。


「す、すまない。我を忘れていた…」

「い、いや何、全然大丈夫だとも」


 可愛かったし。と口にできないのは俺がヘタレだからなのだろうか。いや、そういう関係性ではないから見送っただけだ。ああ、そういうことにしておこう。


 しかし、お互い我に帰ると途端に気まずい。


 それじゃあまたねと解散するでも、何かを話し出すでもなく無言の時間が続く。


 やがて、痺れを切らした俺がついに口を開いた。


「…じゃあ、そろそろ帰るか?」


 そう告げた時の荒木は、気のせいだろうが寂しそうに見えた。


「あの、また甘えてもいいか…?」

 

 こいつ、まさか俺に惚れているのでは…と考えてしまった俺を誰も責めはしないだろう。

 いや普通好きでもない男に二度も甘えようとするか…?するのか?俺が俗世とまともにコミュニケーションをとっていない間に時代はそこまで変化したのか?


「…ああ、構わない」

 

 特にメリットがあるわけではないのにも関わらず、断れなかった俺を誰か罵ってくれ。

 …いや、断れるわけないだろこんなの。


「じゃあ、連絡先を交換しないか?勉強の話もあとでメッセージで送ろう」

「おお。それはありがたい」


 そういえばそんな話だったなと思いつつもスマホを取り出し、連絡先を交換する。


 ああ、なんというか、出来事があまりにも衝撃的すぎて頭がうまく働かない。


「よし…それじゃあまた」

「ああ、さよなら」


 そうして、その日はお開きとなった。





 


 

 

 





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