第41話 存在意義

「……なんですって?」


 半眼で凪人に聞き返してきたのは奈々である。久しぶりに仕事の打ち合わせで凪人に会うことになっていた今日を心待ちにしていたのだ。それなのに……、


「今、なんて?」

 もう一度、訪ねる。

「だから、手を……繋いだ」

 そっぽを向いて顔を赤らめるこの生き物が、奈々には異星人に見えた。(比喩)


「……あんた、誰?」

 奈々はドン引きである。


 隣の部屋に暮らし、毎日顔を合わせ、その距離感をぐっと縮められるように奮闘したのだ。なのに久しぶりに近況を聞いた答えが


『手を繋いだ』


 とは……?


「なんだよそれ」

 口を尖がらせる凪人に、軽く肘鉄を食らわせる。

「あのさ、私の努力や願望や楽しみを、なんで満たしてくれないのっ? 私と会わなかったこの期間、あんたなにしてたのよっ?」

 半ば本気で説教である。


「だからっ、映画のオーディション受かったし、色々忙しかったんだって」

「そんな話で私が納得するとでも思ってるわけっ? 映画の話はまぁ、いいわよ、おめでとう。でも、手を繋いだ、はあまりにもお粗末なんじゃないの?」


 凪人と言えば、界隈では有名なプレイボーイだった人物である。とっかえひっかえ女と付き合い、なのに綺麗さっぱり別れて後腐れもない人誑し。それがどうだ。まるで中学生のように恋に翻弄されている。とっくに口説き落としたと思っていたのに、進展があった、という内容が『手を繋いだ』だと?


「そんなこと言われたって……、」

「今までどうやって口説いてたか思い出しなさいよ!」

「どうやって……、」

 凪人がかつての自分を思い出す。


 相手の目を見つめる。顔を近付ける。髪を撫でる。耳元で囁く。まぁ、そこまですれば間違いなく落としていただろう。

 しかし、遥にはそれが通じない。理由はわかっている。青いからである。宇宙人だからである。遥には凪人の姿が


「同じことした? それとも、同じことしても落とせないってこと? あの子、そんなに手ごわいのかしら?」

 昔から遥を知る奈々が腕を組み、首を傾げる。少し変わった子ではあったけれど、普通に彼氏がいた時期もあったはずだ。

「俺に魅力がないってことなんだろうな」

 はぁ、と溜息までついて、凪人。

「ええっ? 本気で言ってるの?」

 奈々が大袈裟に驚いて見せる。そんな奈々に、凪人が真剣な眼差しを向けた。


「真面目に聞くけどさ、俺って、なんかいいところ、ある?」

 凪人の質問に、奈々が絶句する。

「え? え? えっと……、」

 ……それが答えだろう。

「……ああ、俺って見た目だけなんだな」

 どっぷりと落ち込む凪人。

「ちょ、そんなことないって!」

 慌てて否定しようとする奈々。しかし、急に見た目以外のいいところを聞かれても…、


「いや、いいんだ。今、痛いほど噛み締めてる。俺ってそういう感じなんだな」

 凪人がどんどん落ち込んでいっている。これはまずい。自信に満ちた俺様キャラだったはずの凪人がとんでもないポンコツに見えてきた。


「わかった、私、それとなく遥に探りを入れてみるわ。ね? 何とかしましょう!」

 打開策を見出さなければ。落ち込んでいる凪人も面白いが、奈々が求めているのは遥と恋仲になってデレまくっている凪人の姿。一直線に遥に向かう、一途な凪人。


「遥攻略、頑張るぞ~!」

 なぜか奈々が遥を攻略しそうな勢いである。


 凪人は凪人で、考えていた。

 あの日……、遥が熱を出したあの時のことを。

 遥は凪人に「温めて」と言ってきた。あれは無意識なのだろうか。それとも意識的に? 奈々に黙っていたのは、一晩ただ黙って抱いてたのか! と言われそうだったから。


 信用されているということが、イコールいい意味であるとばかりは限らない。結局のところ、異性として見られていないということになるのだから。

「俺の存在意義って……、」

 弟みたいにしか見えてないのかもしれない、と思うと、どこまでも凹んでしまいそうな凪人である。


*****



「ぶっちゃけ、どうなの?」

 急に飲もうと言われるのは、いつものことだ。相手は忙しい身だから、先の約束が出来ないため、隙間に予定を入れるしかないのだと知っている。

 しかし、店に入って開口一番、今の台詞。唐突過ぎてなんのことかわからない。


「……なにがだ?」

 遥はメニュー表から顔を上げ、奈々を見た。

「なにが、って……、だから、あれよっ、えっとぉ……、」

 さっきまでの勢いはどこへやら、急に歯切れが悪くなる奈々。


「だから……、もうっ。凪人よ! 毎日顔合わせてるんでしょ?」

 探りを入れる、などと見得を切ったはいいが、コイバナは昔から苦手なのだ。手に入れたい恋は、さしたる苦労もなく手に入れてきたタイプである。作戦など練ったこともないし、友人たちはそんな奈々に恋愛相談などしてこない。聞くだけ無駄だからである。


「ああ、凪人か。元気だが?」

 人の恋路には敏感らしい遥だが、この様子ではまだ気付いていないと見える。それとも凪人が態度に出さなすぎてわからないということなのだろうか?


「そういえば、奈々が言い出したんだよな、凪人の面倒見ろって」

 思い出したように、遥が言った。

「そうよ、凪人の恋愛事情、面倒見てくれって、」

「ああ、それだっ!」

 遥がスッキリした、とばかりに声を張る。


「忘れていたんだよ、なんで凪人と毎日話をすることになったのか!」

「あ、そう。忘れてたの。それでも毎日声かけてくれてたわけね」

 それは、いいことかもしれない。

「そういえば凪人の好きな相手は聞いてないな? 奈々は知っているんだろう?」

 キョトン、顔である。


(あああ、んもぅっ!)


 奈々はせっかちなのだ。

 こんな状況、いつまで黙って 見ていなければいけないんだろう。もう、喉まで出かかっている。

「凪人が好きな人はっ、」

 しかし、飲み込む。

「わ……私も知らない!」

 危ない。

 叫んでしまいそうだった。


(私、偉い! よく耐えた!)


「そうか、奈々も知らないのか。まぁ、彼の周りには綺麗な女性も多いだろうしな」

 注文を済ませ、メニューを閉じる。

「綺麗な女性…ねぇ」

 意味深に、奈々。

「確かにああいう業界には綺麗な女が多いけどね。凪人が初めて人を好きになった。その相手が綺麗かどうかは…、」


 いや、でもここで綺麗、を否定したら、遥が綺麗じゃないと言ってるみたいになってしまうのでは?

「やっぱ綺麗…なのかなぁぁん?」

 上手く話が進まない。どうやったら遥に、凪人を意識させることが出来るんだろう。


「遥はさ、どう思うの? 凪人みたいなタイプって」

 わりとストレートな物言いになってしまったが、もう、わからない!


「凪人か? そうだな、いいんじゃないか」

「……へ?」

 肩透かし、である。

「…いい? いいのっ?」

 前のめりに、奈々。

「どうした、奈々? おかしいぞ」

「おかしくなんかないわっ」

「は?」

「私、私はっ」


(ああああああ、もどかしい~!)


「凪人は優しいし面白いし、最近はとても人間らしい。出会ったころと違って、今なら誰に聞かれても『お勧めだ』と言えるだろう」

 そう言って優しく笑う遥。


「誰かに……持っていかれちゃっても平気?」

 奈々が寂しそうに訊ねる。

「猫の子じゃあるまいし。凪人に好きな相手がいるのなら、彼はきちんと自分の力で頑張るだろう? 今の凪人なら問題ないさ」

 これは…、


「オカン…?」

「はぁ? 誰がオカンだっ」


(あ、オカン枠ではないのね)


 探れば探るほど、わからなくなってしまう奈々なのであった。


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