第27話 修学旅行

 ベランダで立ち話。


 何故かあの日以来、夜になると遥から携帯に連絡が入り、ベランダで立ち話をするようになった。凪人にとっては嬉しい時間であるが、遥の意図がわからず、同時に悶々とする時間でもあった。


 なんとなくベランダで雑談。


 お互いの部屋に行くわけでもなく、ベランダ越しに並んでちょっとした話をするだけ。内容も、その日あった出来事や明日の予定など他愛もない話だ。

 それでも、毎日遥と会える安心感や幸福感は凪人にとって至福そのものである。


「修学旅行……ですか」

「そうなんだ。来週から四日間留守にするが、一人で大丈夫か?」


 四日間。

 いや、普通に考えて大丈夫に違いない話なのである。そもそもお互い独り暮らしなのだし、何も出来ない子供ではないのだ。が、そう言われた凪人、つい正直に呟いてしまうのである。


「寂しい……、」

 そして、ハッとする。最近は驚くほど感情駄々洩れなのだ。

「そうか。私以外にもサカキの話が出来るやつがいればいいんだがな……」

 遥は相変わらず誤解をしているようだった。この誤解を、解きたいような、解きたくないような複雑な凪人である。


「行き先は何処なんです?」

 話題を変える。

「沖縄だよ。暑いのは苦手なんだがね」


 沖縄。

 海。

 ……砂浜。

 水着……?


「ダメですそんなっ!」

 急に叫び出す凪人に向かって遥が人差し指を立てる。

「シーッ! なんで急に大声出すんだっ」

「あ、すみません」

 凪人が慌てて口を押さえる。


「養護教諭って、修学旅行に付いて行くものなんですね」

「まぁな。これも仕事だ」

「……海で、泳ぐんですか?」

 眉間に皺を寄せ、聞く。

「私は海には入らん」

「そうなんですねっ」

 遥の言葉を聞き、ホッと胸を撫で下ろす。遥の水着姿を自分以外の男が見るなんて、許せるはずがない!


「急に嬉しそうだな」

「あ、いや……。まぁ、仕事ですもんね。仕方ないですよね」

「たかが四日間だ。土産の一つでも買ってきてやるからいい子で待ってろよ」

 ふっと微笑む遥。


 きゅ~~ん


 またどこかで聞こえない音がする。


「そうですね。夜、話せそうだったら連絡ください」

 明らかにシュンとする凪人を見て、苦笑いの遥であった。


*****


 週明け、キャリアケース片手に部屋を出る遥を、凪人はアパートの外まで見送った。

「楽しんできてくださいね」

 思ってもいないことを口にする。

「行ってくる」

 颯爽と歩きだす遥。

 その後姿を、見えなくなるまで見つめる凪人。名残惜しくて、やるせない気持ちでいっぱいになる。このまま追いかけて沖縄まで行くことも考えたのだが、流石にそれはストーカーじみている、と思い止まったのだ。


「仕事もあるしな」


 今日はスタジオ撮影だ。事務所の宣材写真を撮り直すというので、行かなければならなかった。


 部屋に戻ると支度を整える。少し早いが、家を出る。なんだか人恋しくなってしまったのだ。とりあえず何か食べようと、スタジオ近くまで向かう。電車の中で、キャリーケースを持った高校生の姿を見かける。タケルの学校以外にも、今日から修学旅行という学校があるんだな、と生徒の制服を見ていると、乗り込んできた高校生とぶつかりそうになった。


「あ、すみませ……ああ!」


 謝ってきた高校生に指をさされる。顔を見るとそこにいたのは…、

「ええっ!?」

「奇遇だな、大和凪人!」

 制服を着てキャリーケースを転がしているのは、一ノ江昴流だったのだ。


「お、おまっ、なのかっ?」

 自分よりは年下だろうと思っていたが、まさか高校生だったとは……。


「なんだよ。なんか文句あるのか?」

「……いや、ないけど、」

 昴流の後ろから女子二人が凪人をチラチラ見ている。昴流を突いて、

「ね、昴流君、誰?」

 などと囁いているのが聞こえた。


「こいつは大和凪人。ただの通りすがりだ」

 ぶっきらぼうに言い放つ。

「ったく、口が悪いな」

 凪人が眉を寄せる。

「その荷物……お前も修学旅行なのか」

「まぁな」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、昴流。

「なんだ、その顔は」

「いいや、別に~?」

 明らかに何かを隠している風。


「……どこ行くんだよ?」

「お前には関係な、」

「沖縄なんですよ~」

 昴流と同時に女の子の一人が言う。


「お、沖縄っ!?」

 凪人が声を荒げる。それを見て昴流が目を光らせた。


「その顔、はーちゃんが沖縄行くって知ってるんだな。そして今、お前はとてつもなく焦っているんだろう? そうさ、俺は沖縄ではーちゃんを見つけて、二人だけの思い出を作る計画を立てている! どうだ、めちゃくちゃ羨ましいだろう!」

 小学生並みのマウントの取り方である。が、これがどうして、凪人には効いている。


「おいっ、なにする気だ!」

「ふふん、そんなこと言うわけないだろ」

 どこまでも高飛車な態度で、昴流。

「じゃあな、大和凪人」

 ピッと指を二本、こめかみにあて敬礼のようなポーズを取ると、次の駅で降りて行った。女子二人が凪人に向かって小さく会釈した。


「高校生……かよ」

 弟、タケルと同じ年、ということだ。


「なんだよ、高校生かよ」

 何故かホッとした。


 さすがに十代では、遥とは釣り合わないと思ったからなのか? いや、舐めてかかってるとあとで痛い目を見るかもしれない。なんにせよ、今日から四日間は離れ離れなのだ。


 昴流は沖縄に向かった。向こうで遥と遭遇する可能性はないとは言えない。そして自分が高校生だった頃を思い出すと『たかが高校生』どころではないことをいたような気がする。


「……マズいな」

 本格的に焦り始める凪人だのであった。


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