第13話 現状確認
金曜の夜である。
「……え!?」
いまだかつて見たことのない光景を前に、タケルは一瞬のけぞった。
大和家、リビング。
チャラ男世界選手権があったら入賞するに違いないと思っている兄が、週末、家のリビングで漫画を読んでいる。
「天変地異の前触れ……?」
「おい」
さすがの凪人も、タケルの独り言に突っ込みを入れる。
「だって……、なに? どうしたの?」
驚きはいつしか心配へと変わる。こんなこと、あるわけない。金曜の夜に家にいるなんてこと自体、有り得ない人物なのだ。
「俺だってたまには漫画くらい……って、読まないよなぁ」
はぁ、とため息までついて、凪人は再び手元に視線を移す。
「何読んでるの?」
タケルが表紙を見てすぐに、
「へぇ、それか」
と言うのを聞き、凪人が顔を上げる。
「知ってるのか?」
「まぁ、読んだことはあるよ。アニメもやってるしね」
さすがに全巻読破はしていないが、大体のあらすじくらいならタケルも知っていた。
「……どう思う?」
「……は?」
あまりにも真面目な顔でそう聞いてくる兄の顔を見て、面食らってしまう。
「どう……って?」
「主人公について、お前はどう思う?」
今まで見たこともないくらい真剣な顔。大体、いつも兄は家にいないし、いたとしてもそんなに会話が弾む仲ではない。それがどうしてコミック片手にマジな顔で主人公についての考察を求めてくるんだ?
タケルは兄の言動にある種の恐怖を覚えながらも、真摯に応える。
「そうだな……、破天荒ではあるけど優しくていい人……とか?」
「好きか?」
「へっ?」
タケルは、完全に兄が病気であると確信した。しかもかなりの重症だろう。
「好きって、サカキ?」
まぁ、一般的な『少年誌に出てくる主人公』とは大分かけ離れたキャラで、賛否両論あると聞いたことがあるが。
「好みが分かれるところだね。俺は嫌いじゃないけど、一般受けはしないかも」
「ふ~ん、そうか」
やはり兄がおかしい!!
タケルは段々本気で心配になってきた。
「……それ、どうしたの?」
まさか自分で買ったわけではないのだろうが……。
「借りた」
「誰に?」
「谷口先生」
「ええ? なんで谷口先生?」
ここでタケル、ハタ、と気付く。
谷口先生!!
なるほど、道理でおかしくなるわけだ。
すべて納得したのである。
「谷口先生か、ああ~」
兄の病名も分かった。
「なにが、ああ~、なんだ?」
ムッとした顔で聞き返す凪人を、タケルがニヤニヤ顔で見る。
弟に馬鹿にされたような視線を向けられ、イライラが募る凪人。何故か最近、イライラすることが多い。
「谷口先生、カレントチャプター好きなんだねぇ。で、兄貴にお勧めしてくれたの?」
ニコニコしながら聞いてくる弟に、凪人は悶々としながらも、
「インフルエンサーだとさ」
タケルの言葉を遮り、凪人。
「インフルエンサー?」
「そ。谷口先生が欲しいのは、俺の持ってるSNS上の数字だよ」
ぶっきらぼうに言い放つ。
「……なるほど、兄貴のSNSを使って何かをしたいわけか、谷口先生」
「そうらしい」
「で? 兄貴はそれが面白くないんだ?」
顔を覗き込むようにして訪ねてくるタケルに、思わず視線を泳がせてしまう。
「面白くないって、なにが?」
「利用されると知ってもなお、漫画読んでるってことはさ、谷口先生のためなんでしょ? でもなんだかモヤモヤしてる」
言われて初めて気付く。
「谷口先生の……ため?」
「鈍いなぁ。兄貴が金曜の夜に家で漫画読んでるなんて、普通じゃないでしょ? 興味ないことに手を出すなんて、普段の兄貴からは考えられないよ。ってことはさ、つまり兄貴は谷口先生の頼みを断れない。その理由は?」
「理由? そんなの……、」
そんなの、知らない。
確かに、断ろうと思えば断れたし、押し付けられたとしても読まなければいいだけのことだったはず。だが、そうしていないのはなぜだ?
「谷口先生のこと、気になるんでしょ?」
ドストレートに、タケル。
「はぁっ? なっ、気になんかっ」
しどろもどろの凪人。
「気になるんだねぇ。そっかぁ、谷口先生かぁ、意外だなぁ」
「話を勝手に進めるな!」
顔を真っ赤にして(青だけど)叫ぶ凪人を、タケルはにまにましながら見つめた。
「これだけは言っておくけどね、兄貴。片思いは、大変だよ~? イライラしたりドキドキしたりが毎日だし、自分の感情は暴走しっぱなしだし」
かつての自分を思い出すタケルである。
「でも、両思いになったときの幸福感はすべてをチャラにしてくれるから大丈夫!」
「ちょ、両思いって、俺は別にっ」
「自分に言い訳してないで、たまには素直になって頑張ってみたら? 漫画、最後まで読めばサカキのいいとこもわかるんじゃないかなぁ?」
茶化した風ではなく、一転、真面目な顔でタケル。凪人はきっかり三秒タケルを見つめた後、大きく息を吐き出した。
「マジかよ……、」
そうかもしれないと思ってはいたが、認めたくはなかったこと。
やはり、これは……、
「好きなんでしょ? 谷口先生のこと」
「好き……、なのか?」
タケルの一言に、思わず机に突っ伏した凪人なのであった。
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