第9話 疑似恋愛
ホームで並んだ三人は、なんとなく、一緒に電車に乗り込むこととなる。
「で、大和先生と奈々はどういう関係なんだ? ……なんて、聞くだけ野暮か」
ふふ、と笑って遥。
「いや、違います! 奈々とはもう、別れたんで。な?」
凪人が全力で否定した。それを見て奈々が片方の眉をピクリと上げる。
「別れた? 私たち、別れたっけ?」
凪人の腕に絡みつき、上目遣い。そんな奈々を振りほどこうと必死の凪人。
「なんだ、二人とも、修羅場なら余所でやってくれよ?」
「いや、全然そんなんじゃっ」
オタオタする凪人を見て、奈々がくすくす笑う。面白い展開だ。
「冗談よ。遥、私と凪人は仕事上の関係なの。彼、モデルやってて」
「ああ、モデルの話は聞いてる。そうか、奈々のとこの雑誌だったのか」
「ま、そういうこと。よねぇ?」
わざとらしく凪人に同意を求める。凪人が憮然とした顔で頷いた。
「で、二人一緒にってことは、大和先生は今から仕事か? あまり無理すると、この前みたいに、」
「あ、いや、違いますっ。さっきたまたまバッタリ会っただけで」
なぜか慌てて奈々との距離を否定する凪人。そんな凪人に、奈々はある意味、興味津々であった。
(これって……そういうことよねぇ? まさか凪人がねぇ。ふ~ん)
てなもんである。
ちょっぴり悔しいような気もするが、それ以上にこれは面白い。これはもう、けしかけるしかないだろう!
「凪人、せっかくだから遥と一緒に行ってくれば?」
ニヤニヤしながら、言う。
「へっ? 一緒にって、どこへ?」
「遥のぉ、大事なぁ、あの人のと・こ・ろ」
凪人の目がきらりと光ったのを、奈々は見逃さなかった。
「はぁ?」
しかし、遥が途端に顔を歪める。
「なんで大和先生を連れて行かねばならんのだ」
「あらぁ、遥、布教活動してるんじゃないのぉ? 彼の人気、最近イマイチで、このままじゃ一位の座が危ういんでしょ?」
人気がイマイチ……。一位……って、
(やっぱりホストなのか…、)
「それは、まぁ、彼のファンが増えるのは嬉しいことだが」
モゴモゴと言い淀む。
「これってチャンスだと思わない? 凪人を取り込んだら、どうなるか教えてあげましょうか?」
「なんだ、チャンスって」
奈々はフフン、と笑うと、ピッと指を立てて言った。
「彼、SNSでフォロワー五万を超えてるわよ? しかも芸能事務所入って、これからもっと増える予定。もし凪人があんたの側についたら、影響力抜群じゃない?」
奈々の言葉に、遥の目の色が変わり始める。
「それが、インフルエンサー……、」
ぶつぶつと呟く。
「いや、俺インフルエンサーじゃないんですけど」
遥がガっと凪人の手を掴む。
「ふぇっ?」
「大和先生、私と一緒に来てくれるか?」
なんだか妙な展開になってきた。
(俺がホストの推しになる……のか?)
色々納得出来ない凪人である。
「あの、えっと、はぁ」
(なんで断らないんだ、俺!!)
「そうこなくっちゃねぇ」
バン、と奈々が凪人の肩を叩いた。
奈々は途中の駅で楽しそうに手を振って去っていった。残された凪人は、複雑な思いで遥と肩を並べていた。
「では、簡単に彼の話をしようか」
満面の笑みで凪人を見る遥。恋する女の目だ。凪人はこの顔を知っている。今までは、この視線をいつも自分が独り占めしていたのだから。なのに今は…、
「まず彼は、世界征服を企んでいるわけだが」
「……は?」
のっけから真剣な顔でとんでもないことを言い出す遥を、じっと見る。しかし遥はそんな凪人の視線などお構いなしに続ける。
「とにかく性格が素晴らしいんだ。優しいを通り越して少しおかしいのかもしれないな。あの、虐待されていた少年を誘拐したときなんかは、」
(は? は?)
「まさかそのまま養子にするなんて思わなかったからな! 普通そこまでするか?」
「いや、あの、え? 誘拐?」
(何を言ってるんだ? 犯罪者なのか?)
出てくるワードが強すぎて呑み込めない。
「十二歳の少女を愛し続けるっていうのもな、なんて言ったらいいか、尊い…、」
「はぁぁ??」
十二歳と言えば、まだ小学生。
(犯罪者!! 間違いなく、それは犯罪者だぞ、おい!)
「不毛なのはわかっているさ。絶対に私のものにはならないと知っている。しかし、これが推さずにいられようか!」
拳を突き上げ、熱弁する遥。
「あの、谷口先生、その人って犯罪者なんですか?」
恐る恐る聞いてみる。
「んん、そこは、まぁグレーかもしれないな。しかし警察関係者に知り合いがあるから大丈夫だろう!」
ぐっと親指を出す、遥。
「いや、それ……大丈夫ではない…、」
眉間に皺を寄せ、凪人。
女は危険な男に弱い、というのは何となく聞いたことがある。しかし完全なる犯罪者相手に肩入れするのはどうなんだ? しかもそんな奴に貢いでるって、問題だろう!
「そんな奴のどこがいいんだ……、」
思わず呟いてしまう凪人に、遥がピクリと反応する。
「きっとお前にもわかる! 漫画とDVDはこの週末に私が貸そう! まずは自分の目で、確かめてくれっ」
両肩をガシッと掴み、遥。
……ん?
「漫画……?」
「ああ、そうだ。『カレントチャプター』というコミックの主人公、サカキ・マサル。彼は男の中の男だぞ!」
目をキラキラさせてそう言っている遥を見て、凪人は一気に全身から力が抜けていくのだった。
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