第4話 相談窓口

 ゆっくりと意識が戻る。

 聞こえてくるのはすすり泣く女の子の声と、それを慰める誰かの声。


「だから言ったろう? あいつは彼女のことしか見えてないからやめておけと」


(何の話だ……?)


 まだはっきりしない頭で、凪人はぼんやり考えた。


「だって、でも、ずっと好きだったんだもん。谷口先生だって知ってるでしょ?」

 女の子は鼻をぐずぐずさせながら答えた。

「まぁ、それはそうだが……、」

「私、やっぱりちゃんと気持ち伝えたくて、頑張ったんだもんっ」

「ああ、そうだな、それは偉かったな」

 遥の声はとても優しかった。

「先生だったらどうしてた? 最初から叶わない恋だってわかってたら、好きになるの、やめた?」


 きわどい質問だ。

 いつの間にか凪人の頭は冴え渡り、耳はダンボになっている。遥の答えが、気になる。


「私か? う~ん、どうかなぁ」

 困ったようにはぐらかす遥。

「先生、好きな人いるよね?」

「まぁ……確かに、いくら愛を叫んでも、なかなかそれが相手に届かないってことは…あるかもな」

「つらいよね……」

 なんとなく、場がしんみりする。

「とにかく、玉砕だったとしてもお前は頑張ったさ。顔洗って、授業に戻りなさい」

「……うん、先生、ありがと」

 ガタン、と椅子が引かれる音、そしてガラガラと戸が開き、廊下を行く足音……。


「はぁぁ、まったく」

 ため息をつき、椅子に座り直す。


「……あの、」

 ベッドから半身を起こし、カーテンを引くと凪人が顔を出す。

「お? 目が覚めたか」

 遥が立ち上がりベッドへと歩み寄った。

「気分は?」

「あ、大分いい……です」


 壁に掛かっている時計を見ると、四十分近く寝ていたようだ。二限開始までは、あと三十分ある。

「そうか。校長には話してあるから問題ない。以後気を付けるように」

 ピッと人差し指を立て、凪人を見た。

「あ、はい」

 思わず素直に返事をしてしまう。

 返事はしたものの、ベッドから出ようとしない凪人を見て、遥が近付いた。

「なんだ、まだ調子が悪いのか?」

 遥がベッドに座り、凪人の顔を覗き見た。


(近い!)


 凪人は、顔が赤くなっているであろう自分を感じ(実際は満遍なく青いけど)思わず顔を伏せる。


(なんで俺様がこんなっ、)


 初心うぶなJKみたいな反応をしてしまう自分に、もはや頭が追い付かなかった。


「ん? どうした? なぜそんなに目が泳ぐんだ?」

 遥がズイッと凪人の方に体重を掛ける。ふわりと鼻腔をくすぐる、香り。

「なっ、なにがっ……ですかっ」

 俺様王子とは思えないほど可愛い反応で凪人が後ずさる。

 遥がスッと右手を伸ばし、凪人の頬を撫でた。そのまま顎に手を掛け、顔を上に向けると、ぐっと顔を近付けた。思わず目を閉じそうになる凪人に、


「これが、顎クイ……、」

 そう呟き、スッと立ち上がった。


(本当に涙黒子があるな)


 確認したかったのである。


「よし、熱はなさそうだ、行っていいぞ」

 上から言い放つ。

 凪人はしばらくぽかんとしていたが、ハッと我に帰ると遥に突っかかる。

「面白がってるだろっ?」

 棘のある言い方で、凪人。

 しかし遥はふっと笑みを浮かべると、

「なんのことだ?」

 と、とぼけてみせる。


「こんっの、」

 握りしめた拳がプルプル震える。

「おやおや、王子がそんな悪い言葉を使ってはいけないぞ?」

 ニヤニヤしながら凪人を見る。完全にバカにしてる!

 凪人はベッドから降りると、遥に詰め寄り、遥の髪に手を伸ばした。


「もしかして谷口先生って、好きな男子に意地悪するタイプなんですか?」

 とびっきりの美声で、迫る。

「安易に男に触ると、危ないですよ?」

 頬にかかる髪を耳にかけ、そのまま頬を撫でつける。


(女なら、ここまでされて俺にときめかないやつはいない! 絶対に!)


 自信満々で臨んだ凪人である。

 が、何故か遥は動じることなく、それどころか凪人の手に自分の手を重ね、目を閉じて頬を摺り寄せてきたのだ。


(え? なに、やっば、かわ……、)


「これが頬すり……?」

「ぅえっ?」

 慌てて手を引っ込める。

「さすが、女の扱いには慣れているようだな、王子」

 スン、と元の態度に戻り、腰に手を当てる。

「なんですか、いきなりっ」

 動揺を隠しきれない。

「そうやって女を口説いてきたのか。安っぽいやり方だが…顔がいいとなんでもありなんだろうな」

 ムッとした顔で遥。


「顔がいいのは俺のせいじゃない!」

 おかしな切れ方で、凪人。


「それはそうだが……。聞こえていただろう? さっきの生徒の話。生徒達は何故かここに恋バナの相談を持ち込んでくることが多くてな。ここ数日、お前の名もチラホラ挙がってきている。その度にやめておけと言わねばならん」

「は?」

 勝手に話を白紙に戻されている。

「当たり前だろう? 女とまともに付き合ったこともないお前みたいな男に、可愛い生徒たちを近付けるなんて…有り得ん」

 キッパリと言い放つ。


「酷い言い草じゃないかっ」

 抗議の声を上げる凪人だったが、遥に一蹴される。

「言い寄られて、付き合って、別れる。特定の女性と付き合ったのは最長でも一年弱。そんなところか?」

「なっ……、」

 なぜわかる! と言いかけて口をつぐむ。


「くれぐれも、生徒達が誤解するような言動は慎むように。いいな?」

 チャラい行動はするな、ということか。

「そんなつもりは最初からっ、」

 ない、と言いたいところだが、下心ゼロかと言われればそれはNOなのだ。


「……本当に、お前は青いな」

 ふっと肩をすくめる遥。


「あ、あ、青いって言うな!」

 凪人はいろんな意味でクレームを入れたのである。

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