第3話 雨上がりの銀座

 ナオの心は晴れなかった。

 レイから、一平とすごい別嬪さんとのキス写真が送られてきた。

 別に一平が誰とキスしようがかまわん。これはやきもちと違う。

 もとから一平と付き合うてへんし。

 そう何度も自分に言い聞かせ、繰り返すナオだった。


「ナオさん、今度のシルバーウィークに顧客限定のブランドバッグイベントの招待状をおふくろからもらったんだけど、行かない?」

「うちなんかより、連れて行ってあげる人おるんやない」


 つい皮肉っぽい言葉が口をつく。


「レイか? あいつは最初から行く気満々だよ」


 男はこうやって平気で浮気するんや。

 でも、訊けば好きなブランドやし、招待客になれることは、これから先あらへん。ここは割り切って行こうとナオは思った。



 ナオの目が釘付けになった。

 秋の新作の限定モデルだった。

 ワインレッドの箱形。

 むちゃ可愛い。

 近所のショッピングモールのバーゲンでバッグを買ったばかりや。

 今回は目の保養に来ただけで、買うつもりはなかった。

 でも、やっぱり欲しい。

 うーん、チョコレートや飴を買うような手軽な値段ではない。

 その様子を見ていた一平は言った。


「ナオさん、これ欲しいの?」


 店員に何やら言っている。

 こともなげにボルドーカラーの紙袋を差し出されたナオは、プリプリしていた気持ちはどこへやら、一平に抱きつかんばかりに喜んだ。

 ナオの目の前の雨雲が消し飛んだ。



「一平さん、ありがとう。ほんまに買ってもろてええん?」

「こんなんで喜んでもらえるなら、もっと早く連れて来るんだったな」


 花束は苦手、貴金属も興味ない、そういう女の子は美味しいものをいっぱい食べさせて、存外ブランドものは好きかもしれない。おまえの母親がそうだった。

 親父の言った通りだった。

 

「レイも欲しい! ねえ、一平兄ちゃん、レイも欲しい」 

「早く男作って、その男に買ってもらえ」 

「ひどーい、ナオさんからも言って。援護射撃して」

「頑張って」

「ナオさんまで冷たい」



 ナオは紙袋を胸に抱え、顔を上気させていた。


 お金持ちの男性って悪くないかも。おねだりをしたわけでもあらへんのに、すんなりと高級バッグを買ってくれたのやから。

 それに渡し方がスマート。一平が格好よく見えた瞬間だった。


「ナオさん、この間、電話したとき不機嫌そうだったけど、ぼく何かした?」


 ナオはすっかり忘れていた記憶をたぐり寄せた。

 レイから送られて来たスマホの画面を開いて見せた。


「何だ、こりゃ。あっ、レイ、おまえだな。これ大事な捜査資料、どうやって」

「兄ちゃんが寝てる間に、兄ちゃんの指先で指紋認証解除したの」

「それは犯罪だぞ。ナオさん、捜査上のことなので話せないけど、絶対にナオさん以外とキ、キスなんてしない。ナオさんともしてないけど」

「フーン、兄ちゃん、まだキスもさせてもらってないの」

「うるさい」


 ナオは一平の腰に手を回すと、胸に顔を埋めた。


「ナ、ナオさん」

「おお、バッグ効果だね。兄ちゃん」


 レイが唇を尖らしてチューしてと言うのだが、一平の躰は固まったままだった。 


 



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