第54話 〜ギフト〜

 「おいクロエ! 起きろ!」

 「なんじゃ? まだ外は暗いぞカナデ」

 「ちょっと一緒に付いてきてくれ」

 「……」


 寝ているクロエをおんぶして俺は,ミケラルドの城を朝早く出てある場所へ向かう。


 ドンドンドンドン。とドアを叩いた。

 「はい?」

 ララがドアの隙間から顔を出す。


 「ララ,行くぞ!」

 「え!? え!?」

 ララの腕を引っ張り外へと連れ出していく。


 「どこに向かってるんですか??」

 俺は無言のまま歩いていく。


 向かったのはボロボロの教会だった。

 中に入り,クロエを叩き起こした。


 「カナデおはよう」

 「クロエピアノ頼む。ララ『テレジア』歌おう」


 ボロボロの教会で『テレジア』を演奏しララが歌う。

 やはり遥かに歌が上手くなっている。


 誰にも教わる事なくここまで腕をあげるララには,本当に尊敬する。


 テレジアを歌い終える。

 「ララ……最近歌を歌ってて楽しいか?」

 「え!?」


 「歌楽しいか?」

 ララは静かに首を横に振った。


 「だろうな」

 「どうして分かったんですか?」

 「俺も経験があるからだ」


 特に才能がある奴程,この問題にいつかぶち当たり,そして苦労する。だけどここを乗り越えるしかないしララには乗り越える義務がある。


 俺とは違う状況のララにどういったアドバイスをすればいいか俺は正直思いつかなかった。 

 俺が歌のテクニックを教える事が出来る訳でもない。


 この世界に師匠や先生と呼べる様な,ましてや参考に出来る同業者もいないララの苦悩と俺が経験した苦悩では比べ物ならない。


 だがここを抜け出さないと本当の意味での表現者にはなれない。


 「最初は弾くのがただ楽しいだけだった。それで周りが楽しんでくれて,褒めてくれてそれが嬉しかった。でも次は? 次は? と周りは言ってくるんだ。次はもっといい演奏を聴かせてね。次はもっと次はもっとって……自分自身はもうすでに精一杯なのに周りはもっとを要求してくるし期待してくる」


 「頑張るんだが,ずっとその繰り返しでいつしか楽しかった,嬉しかった。って感情が薄れてくるんだ。だけどこれは俺とララに与えられた神からのギフトと試練なんだ」


 「ギフト……ですか?」


 「ああ,俺が生まれた故郷では音楽の才能がある奴は神から与えられたギフトといわれるんだ。だからこそ神からもらった大切なギフトを最大限に利用して他の人に分け与えていかなければならない。神からギフトをもらった人だけが歩める運命」


 「試練を……私が乗り越える事が出来ますか?」


 「それにはどうして歌いたいと思ったのか? というその時の気持ち。初めてここで『テレジア』を歌った時の事,そして店で披露して一位を獲ったあの時の感情を常に忘れていけない。歌を歌って生き,歌を歌い続けて,歌を歌って死ぬ覚悟を持つこと」


 「表現者として生きるって事はそういう事なんだ」

 「私に……務まるでしょうか?」


 「ララなら必ず出来る。それに前の歌と今の歌では今のほうが格段に上手くなってるよ。俺は歌声を聴いてびっくりしたよ! クロエもそう思うだろ?」


 「そうじゃの! 前よりも今の方が良いのじゃ!」

 「良かったです。最近自信を無くしていたんです。どうすれば良いのか分からなくて」

 「大丈夫だよララ。君の歌声は間違ってない! 俺が保証してやる。ララの歌声は素晴らしい」


 苦悩は当然だろう。この世界で歌を広める先駆者になるのはララだから。

 俺は専門的な経験も知識を持っているが,ララにはそれがない。

 大変だろうが,ララの歌への思いと才能ならきっと乗り越える事が出来るだろう。


 ミケラルドの城に帰ると,俺はすぐにミケラルドにララに対して歌い手としてのフォローの仕方を伝えた。お酒を飲ませないこと,あまり喋らせないことを伝えた。

 出来るだけ歌にだけ専念出来るような環境を整えて欲しい事を伝えた。それが彼女の歌をより良くする為だと伝える。


 「分かった……カナデの意見をきちんと聞こう」

 ミケラルドは俺の真剣な話に耳を傾けてくれて意見を飲んでくれた。


 「カナデ,良かったら今日のショーに飛び入りで参加しないか?」

 「え!? いいんですか?」

 「カナデなら大歓迎だ。それにカナデなら凄い音楽を披露してくれるだろう?」

 「分かりました。大いに期待していいですよ!!」

 「そいつは楽しみだ! 今夜店で待ってるよ」


 俺は部屋に戻るとクロエにピアノを出してもらいこのまま練習する事を伝えた。

 皆は街に出て美味しい食事やお菓子を堪能してきたらいいと伝える。


 「カナデ〜本当に来ないのか? パンケーキもあるんだぞ!」

 「ロイ,三人で楽しんできなよ。夜はまたレストランに行くからあんまり食べ過ぎて帰ってくるなよ?」


 「ああ言ったらカナデは来んじゃろ! 余達だけで行くぞ」

 「いいわね。街散策するのは楽しみだわ」

 静かになった部屋で俺は練習に集中した。



 馬車に揺られレストランへと向かっている。俺は演奏の為に久しぶりに集中する。

 「お〜いカナデ!」

 「駄目だわ,あちき達が見えてないわ」


 店に到着すると皆と分かれて俺はバックステージに向かった。

 椅子に腰を掛けて深く集中していく。


 「カナデさん! もしかして今日演奏するんですか?」

 「ララか。そうだよ……今日はライバルだからな。あんまりライバルの俺に気安く話しかけて来るんじゃねぇ」


 「ごめん……なさい」

 「ララ。俺の今日の演奏をしっかり聴いておけよ」

 ショーが始まった。


 俺の順番はララの前らしい。店のトリとしてララが歌うのは当然だった。

 だが俺は久々に少し燃えている。店にいる観客全員を演奏で掻っ攫うつもりだった。


 とうとう俺の出番が来た。

 一歩一歩舞台へと向かう。


 俺の事を知っている人なんてほとんどいないステージで演奏するなんて燃える。

 ピアノの前に座り鍵盤に指を乗せると俺は演奏を始めた。


 「♫〜♪♫♪♫♫♪♫♪〜♪♪」

 ショパン作曲『ポロネーズ第六番 英雄のポロネーズ』


 一つはミケラルドに。

 一つはララの度肝を抜きたい為に。


 素晴らしい音楽はまだまだ沢山溢れている事を,楽しい,そして感動する事を俺はこの演奏で伝えたい。


 

 そこの街が,芸術とお菓子で溢れかえる街になるよう願いを込めて。


 六分以上あるこの楽曲を心を込めて弾き倒した。

 俺は弾き終えると立ち上がりお辞儀をした。


 店は誰も居ないかと思うほど静まり返っていた。


 舞台袖でララが立って俺の方を見つめていた。近づくとララは少し震えていた。

 「負けるな! 勝て! ララならそれが出来る!」

 俺はララの耳元でそう言った。


 最後はララが舞台に立ち歌う。

 「ハハハ! すっげ……」


 これが若さだからなのか,それとも天才だからか分からない。ララはたった一日しか経ってないのに化けやがった。

 「地球に居たら,二十一世紀最高の歌手って言われてもおかしくないなこりゃあ」


 今夜のショーは大喝采で幕を閉じた。

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