第11話 〜旅立ちと音〜

 俺達はロックリザードの報告を終えるとギルドを後にし,ライデンへと戻る。

 「カナデとクロエお帰り!! 依頼はどうだったんだ?」

 「楽勝じゃったぞ」

 「まあ怪我もしてなさそうだし,良かったよ」

 「そうだブライアン,お願いしたい事があるんだけどいいですか?

 「なんだカナデ??」

 「料理を教えて欲しいんです。全く料理が出来なくて,今後旅で困ると思って」


 「わかった。本来は調理場には人は入れないんだが,カナデなら許す。手伝ってくれ」

 「お願いします!」

 「ブライアン頼むぞ。カナデの料理は食べられるもんじゃないんじゃ」


 俺はブライアンの店の調理の手伝いをする事にした。少しでも料理が出来るようにと思い,旅に出るまでの間手伝う事にしたのはいいが,俺はただただ店の邪魔をしているだけだった。


 仕込みの為に食材を切ったり,皮を剥いたりしようとするが,全く出来なかった。

 それもそうだ,ピアニストやヴァイオリニストは基本的に料理なんてしない。何故なら指を怪我したら演奏に影響が出るから包丁なんて持たない。

 俺は三歳から演奏旅行している為,学校の授業の調理実習だってしたことがない程だ。

 そんな人間がすぐに料理が出来るようになんてそもそも無理な話なんだ。


 ライデンの開店時間を迎える。ぞくぞくとお客が入ってくる。


 「あれ?? クロエちゃん戻ってきたの? ってことはカナデいるの?」

 「いるのじゃ! 今は調理場にいるのじゃ」

 「カナデが帰って来てるなら音楽聞きてぇなぁ〜」


 「カナデ行って来い! 皆に聞かせる事が出来るのも後ちょっとだしな。料理に関しては後で簡単で美味しい料理を二,三教えてやるから」

 「ブライアン……ありがとう。じゃあ行ってくるよ」


 「カナデ来たか! せっかくじゃ! 何か弾いてくれい」

 クロエが出したピアノに座る。


 「分かった分かった! じゃあ皆楽しんでくれ」

 「「「ウェーーーーーーイ」」」

 俺はライムを頭からピアノの屋根に乗せて,集中しピアノの音を奏で始めた。


 店が終わって,片付けをしていると,ライムが突然ピアノを弾き始めた。

 音を出しているだけだが,ライムがピアノを弾いていた。


 「なんだライム! ピアノの音が気に入ったのか??」

 喋れる訳ではないからどうなのか分からないが,気に入ったようだった。

 「スライムってなんなんだ……」

 酔っ払ったクロエを運んで眠りについた。


 次の日になり,ブライアンから簡単な料理を教えてもらっている。

 それに手早い簡単なスープの作り方も教わった。確かに教えてもらった方法なら俺でも簡単に間違えずに出来そうな料理だった。

 流石は王国一の料理人ブライアンだった。


 ずっと俺の頭で見ていたライムが突然包丁を持って食材を切り始めた。

 「おお! ライムお前そんな事も出来るのか??」

 するとブライアンが教えてくれた料理を手早く再現したのだ。


 「まさかライムお前……天才か!?」

 ライムがなんと料理を作ったのだった。スライムってのはこんな事も出来るのか?

 「ブライアン,スライムって料理するのか??」


 「いや! 全くわからねぇ! 初めて聞いたし,初めて見た」

 昨日もピアノを弾いていたし,実は教えれば結構な事を出来るんじゃないか? そう思った俺はブライアンに頼み事をした。


 「ブライアン今日一日ライムを調理の端に置いてもいいか?」

 「まあ別に構わないけど」

 「よし! いいかライム。ブライアンの料理をしっかり見て覚えるんだぞ〜」

 ライムがどことなく反応したように見えた。


 俺はその後,ギルドに行って昨日の報酬を全て受け取った。金額にして一千万コルトという大金だった。

 おいおい……マジか,いきなり大金を受け取った。

 しばらく冒険者の仕事をしなくてもいいんじゃないか?


 お金の心配をそこまでしなくていいってのは喜ばしい事ではある。

 そんな事を俺は考えながらライデンへと戻る。


 「クロエ,俺たちは明日この街を出発するぞ!」

 「もう行くのか?」


 「あまり居ると寂しくなって旅に行けなくなる。だからいいんだ」

 「じゃあ今日は前祝いで騒がないとな」


 ブライアンにも伝えた。

 「そうか。とうとう行っちまうか,まあ仕方ないな! 今日はご馳走を用意してやる」

 「ありがとうございます」


 俺達はお世話になったブライアンの店の掃除をする事にした。クロエにも手伝ってもらって隅々まで綺麗にした。


 店が開店する。

 「おいっす〜!! カナデとクロエが明日から旅に出るんだって?」

 「え!? そーですけどなんで?

 「まあそんな事は気にすんなって,一杯飲もうぜ! 奢るぜ」

 「奢りとな。おーし酒持ってこーい」


 ぞくぞくとお客が訪れた。皆俺達が旅に出ることを何故か知っていた。

 「カナデ〜!! カナデの音楽が聞けなくなるのは寂しい」

 酔っ払って泣きながら話しかけてくれる常連客の皆。


 「カナデとクロエいるかぁ!?」

 「ローレンツ達も来てくれたの?」


 「当たり前だろ」

 「寂しいけど,最後なら聞きに来ないとね」

 「拙者も同じく」

 「こんな場所他にはないしな〜」

 「私も寂しいけど,来ました」

 他の皆も来てくれて俺は嬉しかった。


 「カナデさんとクロエさん約束通り来ましたよ」

 子供達を連れてマリさんが店に来た。

 「マリさんじゃないですか! 来てくれてありがとうございます」

 「いえいえ。食事と演奏楽しみです」

 「是非是非堪能していって下さい」


 店の入口の方で何やら騒がしくなっている。

 お客が皆,道を開ける。


 「カナデさん約束通り来ましたよ」

 「ルネさん。まさか来てくれるとは思いませんでしたよ」

 「私が来ると皆さん楽しめないかと思いましたが,約束ですから来ました」


 「ルネ久しぶりだな!」

 「お久しぶりですブライアン」


 「顔なじみなんですか?」

 「まあそりゃあなー。俺と同い年で昔はよくこの店に来てたからな」

 「そうですね。古い友人です」


 「ルネじゃないか! こっちきて余と一緒に呑むのじゃ」

 「これはクロエさん。せっかくですから頂きましょう」

 酒が並々入ったジョッキをクロエはルネさんに渡す。

 ルネさんはそのまま一気に飲み干す。

 「「「「おおおおおおおお!!!!」」」」


 「ルネ。お主やるの〜」

 「褒めて頂いて光栄です」


 「おい! 皆! ギルドマスターを潰すぞ!」

 「「「「おおおお!!」」」」

 

 「受けて立ちましょう」

 「あーあ。あいつら終わったな」

 「終わったって?」

 「ルネは信じられないほど酒が強い! 飲み比べで負けたことがない」


 気付くとばったばったと男達が倒れ始める。

 「そんな事よりもカナデ,せっかく余達の旅を皆が祝ってくれてるのじゃ。何か弾け」

 「そうだな。この街での最後の夜だしな」


 俺はピアノを弾き始める。

 楽しい音楽,踊りたくなる音楽,食事に合う音楽,酒に合う音楽,俺は思うまま,感じるままにピアノの音を,そしてヴァイオリンの音を奏でた。

 ピアニストであり,ヴァイオリニストだった俺はどちらの音も好きだった。


 両方でソリストになるなんてのは,クラシック界では異端中の異端児で相当批判を受けた。それでも俺は両方の世界的なコンクールで優勝する事で世間を黙らせた。

 ずっと評論家とクラシック界と戦っていた。少しのミスでもそして少しでも出来が悪いとすぐに批判された。両方やっているからだと。どっちかに絞ればもっといい演奏が出来ると,だが俺はそんな声に負けずに戦っていた。


 それが果たして俺が最初に目指した音楽だったのだろうか? と今では考える。

 俺が音を出すたびにここまで喜んでくれる人達,そしてテンションを上げてくれる人達を目の前で見る度に,音楽とは本来こうあるべきなんじゃないかとそう思う。

 俺が目指した音楽の道は間違っていたのかもしれない。もう一度生を享けた事に感謝し,この世界で俺自身の音楽を見つけたいと今では思っている。


 朝方まで宴は続いた。お客は全員床に寝ていた。

 俺とクロエは早朝に街から出ることにした。見送ってくれたのは,ブライアンとギルドマスターのルネさん。ローレンツ達パーティー,マリさんも来てくれた。

 「皆さん本当にお世話になりました。ありがとうございました」

 「カナデ気をつけてな!」

 「クロエさんカナデさんの事を頼みましたよ」

 「任せるのじゃ! 余は黒竜ぞ! 大丈夫なのじゃ」

 

 「ローレンツ,ルイーザ,ハルゲン,リングストン,エリスもありがとう。あの場所で最初に出会ったのはあなた達で本当に良かった」

 「いいって! またなカナデ」

 「この街でまた待ってるわ」

 「拙者またカナデの音楽が聞きたい……」

 「身体には気をつけて下さい」

 「お主らが帰って来るまで生きてればいいがの」

 

 「カナデさん,子供達も私も帰りを待ってますから!」


 「じゃあ皆お元気で!」

 俺とクロエ,そしてライムは街を出る。


 「そういえばカナデ,聞いてなかったが,どこへ向かうのじゃ??」

 「向かうはドワーフの国だよ。ピアノを作ったドワーフに会ってみたいんだ」

 「おうそうか! そいつは楽しみじゃの」

 向かうはドワーフの国。


 「クロエはドワーフの国に行ったことないのか?」

 「どうじゃったかの〜……あるかもしれんし,ないかもしれん。ドワーフの国はどこにあるんじゃ??」


 「クルル山脈という山を越えた先にあるみたいなんだ」

 「そうなのか。そいつは待ち遠しいの〜」

 俺達は東の先にあるクルル山脈を目指す。

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