#17 Yellow
「おいおい、起きなさーい」
「ん……」
フィリオがゆっくり目を開けると、スコルスに指で鼻の先を優しく突かれた。
「えーっと……」
彼女に顔を覗かれて赤面するフィリオ。
心地のいい秋の夕暮れに包まれる中、フィリオは船端ですっかり眠りについてしまったのだ。
「フィリオ、もうすぐ船はランテ国に到着するよん」
「いつの間に寝ちゃったんだろ。まぁいいや、レイネ……って、君も寝てるのか……」
「……」
すやすやと心地よさそうにレイネは眠っている。
「おーい、レイネ」
「……?」
ゆっくりと開いたレイネの瞳は、フィリオの姿を優しく映した。
「もうすぐ到着するぞ」
「とうちゃく?」
「そう。ランテの国はもうすぐそこにあるって訳だ」
ランテ国は王政の島国で、長い歴史が存在する。スコルスはこの国に行ったことがなく、昔からこの国へ行くのが憧れだったらしい。
「ひぃやっほーい! 夢にまで見たランテ国は! もう目と鼻の先ぃ!」
スコルスが目の前に見える大きな島を指差して声高に言う。
「スコルスさん、はしゃぎ過ぎですよ」
フィリオの言葉を聞いたスコルスは、周りの人々の視線が自分に集まっているのに気が付いた。
「ありゃ……ちょっとご迷惑をおかけしたッスかね……」
そう言ってスコルスは苦笑いをするのだった。
空から太陽の光が消える。
暗闇が彼らを包み込む。
太陽に代わって、月が世界をほのかに照らしてゆく。
船はやがて動きを止めて、船員が碇を下ろす。
フィリオが呟く。
「ここがランテ国、か」
一行はようやくランテ国に上陸した。
「まずは宿探しだよん。用意した地図を見てみると、ここから東の……この道を進んだ所にある宿屋が一番安いらしいッスから、ここに行きましょ」
スコルスが港で地図を広げながら話す。
「んー、でもこっちの……西に進んだ所にある宿の方が近いんじゃないですか?」
フィリオが意見すると、スコルスが言った。
「いやいや、近さより安さっしょ!」
「僕……眠たいから早く寝れる場所が欲しいんですけど」
「はー? なーに言ってんのさ! さっきも寝てたでしょうが! ちょっとは寝るの我慢してよ!」
「眠たいのは僕だけじゃないんですよ! レイネだって、ほら!」
「……ねむい」
「レイネちゃんだって寝るのくらいは我慢できるさ! フィリオ……アンタ我慢くらい出来ないのかい?」
二人の間に居心地の悪い沈黙が襲う。
「……けんかは……やめて」
レイネがフィリオとスコルスの間に入って言った。
「……レイネ」
「……レイネちゃん」
二人はレイネの怒った顔を見るのは初めての事だった。
「分かった……ごめんな、レイネ」
「ん、お金の事にはうるさいってアタシの悪い癖が出ちゃったにゃ……反省するよ」
レイネが放ったその言葉は、不思議と人を惹きつける力がある様に思えた。
結局、一行は話し合って料金が安い方の宿に泊まる事にした。今後の旅の資金を考えての事である。
「随分ボロボロですね、この部屋」
宿の部屋でフィリオが言った。
「安い宿だもの、しょうがないにゃ。ま、アタシはこういうの慣れてるから苦じゃないんだけどね」
「ねむたい」
レイネがうつろな目をして言った。
「僕ももう限界です……寝ましょ……」
「なんだかんだで、アタシも今日は疲れたにゃ……明日の為に、元気を蓄えておかないとね」
そう言葉を交わしてベッドに入る三人。ペントは籠の中でもうすっかり寝てしまっている。
「……レイネ……」
「……にゃ……」
「……」
フィリオとレイネはいつもの様に一つのベッドで寝た。スコルスはもう一つのベッドでいびきをかきながら寝ている。
レイネの本当の家族は、今頃何をしているのだろうか。
レイネの本当の家族は、彼女を捨てたのだろうか。
フィリオはそんな事を考えながら、彼女をただ抱きしめていた。
フィリオは願っていた。「レイネが幸せに生きてくれれば、それでいい」と。
もし彼女が家族に恵まれなかった人間なのだとしたら、かつてレオナとジタンが自分の親になってくれた様に、自分が彼女の親になってレイネを幸せにする。
満月の夜に、フィリオはそう誓った。
やがて太陽が再び顔を出すと、フィリオは一番に目を覚ました。
「みんな! 朝だよ」
彼はレイネとスコルスを起こそうと声をかけた。
「んにゃ……もう少し……寝かせ……」
スコルスが半目の状態で言う。
「何言ってるんですか、今日から観光ですよ」
「あー! そうじゃん! ここランテ国じゃん!」
「わ、びっくりした」
飛び起きるスコルスにフィリオは驚いて言った。
「……ん……」
「レイネ! おはよう! よく眠れたか?」
フィリオがくるりとレイネの方を向く。
「……ん」
「そうか、それなら良かった」
そして彼は彼女の頭を優しく撫でる。
「ただ起きただけなのに……アンタってやっぱり親バカだにゃ」
「いいじゃないですか、親バカでも。それで幸せだし」
「まぁそんなんだけど……ちょっとレイネちゃんが羨ましいなーって。アタシはさ、子供の頃に周りと自分を比較して、なんで自分だけ家族がいないんだろうって思って、ずっと辛かったんだ。今はもう一人じゃないと分かってはいるけど、心に開いた穴はもう埋まらない。過去は変えられないからね」
スコルスはずっと一人で生きてきた。彼女はそんな自分の人生を、まだ受け入れられないでいるのだろう。フィリオは彼女の、家族がいる事への嫉妬を確かに感じた。
フィリオはスコルスの方を向いて言う。
「スコルスさんはスコルスさんです。家族がいるとかいないとか、関係ない。ただ自分の人生として、ゆっくりでも受け入れる事が出来れば、それで良いと思うんです」
「そうか、それも一理あるかもね」
窓から暖かい秋の日が彼女達を照らす。
一行は朝食を済ませ、いよいよ観光が始まった。
「フィリオ、本気でこんな所まで来て絵を描くつもり?」
賑やかな街並みを歩きながら、イーゼルを持ったスコルスが言った。フィリオに持たされたのである。
「だって見てくださいよ! この長く大きな水路を! そしてこの水路沿いに植えられたイチョウの木が鮮やかな黄色に色付いているのを!」
熱く語るフィリオ。
「はっぱ、きれい」
踊る様に舞い散るイチョウの葉を眺めながら、小さく呟くレイネ。
「そうだろう! ほら、レイネもそう言ってる事ですし! ここで描きます!」
街を彩る自然を前に、フィリオは心が躍った。
「ほんと、親バカの次は油絵バカかにゃ」
スコルスはやれやれと手を腰に当て言った。
「スコルスさん、ちょっとだけ時間を僕にください」
彼はそう言うと、スコルスが持っていたイーゼルを道端に設置し、その上に小さなキャンバスを置いた。
「よし……」
彼が左手に筆を持って、イチョウに目線を合わせる。それから筆を目線の前に持って来て、静かに片目を閉じた。
そして、深呼吸を一つ。
ゆっくり、ゆっくりとキャンバスに輪郭が現れていく。
「……」
彼の真剣な姿を見て、思わずスコルスは黙りこんで見入ってしまう。彼の背中に、ジタンと同じものを感じたのだろう。
イチョウの世界がキャンバスに切り取られていく。
「うんうん……やっぱ、フィリオはジタンの息子だにゃ」
フィリオの姿を見て、スコルスは優しく笑った。
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