第25話 やばいですよこれは、不健康ですよ!



 県大会を一週間後に控えた日曜日。



「羽黒先輩、今日もありがとうございました!」



 練習が終わったあと、殿垣内とのごうち湯歌ゆかがぺこりと頭を下げる。



「羽黒先輩のおかげで、柔道ができて嬉しいです!」



 ショートカットを揺らしてニコニコと素直な笑顔で言う。


 よく考えたら、この湯歌って子もかなり柔道が好きなんだな。


 もともとこいつも中学ではたった一人の柔道部員をやってたのだ。


 つまり、羽黒と同類か。



「そんな……私達の方こそ……」



 もじもじと返事をするおさげメガネ制服羽黒。


 そんな羽黒の表情をしばらくじっと見つめたあと、



「羽黒先輩って、なんか、面白いですね……ユニークっていうか……」



 うん、俺もそう思う。


 柔道着を着ているか着ていないかでここまで性格が変わるとなあ。


 家ではどっちのバージョンの羽黒で過ごしているのかとか、すごく気になる。



「ねーねー、じゅーどー終わったの? 終わったの? じゃ、遊ぼう!」



 そうだ、一人、それを知っている人物がいた。


 今日も羽黒が連れて来ていた妹の青葉ちゃんだ。


 と、そんな青葉ちゃんを見て湯歌が何かをおもいついた、みたいな笑顔で、



「そうだ! じゃあ、みんなで羽黒先輩んちに遊びにいきましょうよ!」


「やったー! みんなで遊ぶー!」



 大喜びの青葉ちゃん、だけどその姉の羽黒は顔を青くして、



「あのあのあの、ちょっと、駄目、うちはアパートだし狭いし……」



 パタパタと顔の前で手を振る。


 それを聞くと湯歌はすぐにきりかえ、



「じゃーあー、月山先輩んち!」


「おれんちかよ! 駄目だろ、女子なんて連れて行ったら……今日、親いないし」


「みんなでいくんですよ月山先輩! ……いや、ちょっと待って下さいね」



 スマホを取り出してどこかに電話をする湯歌。



「あ、羽美ちゃん? ねー、今から遊びにいっていい? 紹介したい先輩も一緒なんだけど……うん、うん。あ、今日、お父さんもお母さんもいないの? 騒げるじゃん、うん、うん。じゃあ、いくね!」



 そして電話を切ってドヤ顔、



「私が私の友達の家に遊びにいくだけですよ!」



 といった。


 そうだった、こいつ羽美の友達だった。


 うーむ、今日は両親も外出中だし、妹を追い出してリビングでアニメ鑑賞する予定だったのに……。



「やったー! おにいちゃんちでプリキュアごっこ!」



 はしゃぐ青葉ちゃん、やばいぞこれは。俺がわりとプリキュアに詳しいことをさとられないようにしないと! 女児向けアニオタだとばれると湯歌あたりの俺を見る目が厳しくなりそう。



「そ、そっか、新井田先生を紹介してくれたの、月山くんの妹さんだもんね……挨拶しておこうかな……」



 羽黒がオドオドとそう言い、



「そうだ! 新井田先生も一緒に行きましょうよ!」



 湯歌が無邪気に誘う。



「え、私はいいわよ。生徒たちで遊んできなさい」


「だっておっぱい要員がいないもん! 私も羽美ちゃんも……羽黒先輩もちっちゃいからおっぱい要員が必要でしょお?」



 湯歌がらんらんと輝く目で言った。



「ちっぱい三人と幼女一人と男一人ですよ、やばいですよこれは、不健康ですよ!」



 なにがどう不健康なのかわからんぞ、湯歌!


 っていうかお前はそっちのキャラだったんかよ!


 練習が終わって柔道着から着替え終わったあとの先生は、デニムにキャミソールをあわせている。


 湯歌の言うとおり、その胸の盛り上がりは、そうだな、推定Hカップはあると見た。


 今日のファッションは教師らしくないけど、ま、日曜だしな。


 そのでかい自分の胸に手を当て、



「ふむ」



 としばらく揉む新井田先生。


 やめて。


 多感な男子高校生はそれだけでもう、アレなんですから。



「たまにはいいわね。じゃ、ジュースとお菓子買っていって、月山くんちにお邪魔しちゃおう!」



 大学出てすぐのまだ二十四歳だそうだが、新井田先生も遊び心がある。


 きっと学生気分が抜けてない、っていうの、こういうことなんだろう。


 ……いいのかなあ。新井田先生はうちの羽美が通っている中学の教師なわけで、その先生が生徒の家にいきなり遊びにいくとか……。


 






 先生のおごりで、コンビニで山程お菓子を買った俺たちは、俺の家に到着。



「おーい、帰ったぞー」



 玄関のドアを開けると、そこには妹の羽美がいた。



「え……!? 新井田先生!?」



 ビクッとする妹。


 そりゃそうだ、友達が来ると思っていたら教師まで連れてくるんだもんな。



「あ、月山さん、ごめんねー、私も遊びにきちゃったー」



 友達みたいな口調でいう新井田先生と、それに、



「あ、あの……はじめまして。羽黒楓と、も、申します……」



 ぺこりと馬鹿丁寧に頭を下げる羽黒、



「羽美ちゃーん! 羽美ちゃんのお兄ちゃんの彼女つれてきたよー!」



 屈託なく叫ぶ湯歌、



「やったー! けっこんけっこん! ふつつかものですがー!」



 大はしゃぎの青葉ちゃん。


 ……なんだこりゃ。



「いやいや、彼女じゃないから!」



 慌ててそう叫ぶ俺に、



「えー。だって、羽黒先輩って私と月山先輩が寝技やってると殺意のこもった目でにらんでくるじゃないですかー」



 と湯歌は言い返す。



「こ、こもってないよ! そういうんじゃないから……」



 顔を真っ赤にしてうつむき、小声で言う羽黒。



「げっ、こいつの彼女なんですか? やめたほうがいいですよ、こいつただのアニオタですよっ」



 などという妹の頭をバシッとはたき、



「ま、まあとりあえずみなさん、あがってください……」



 玄関先だけでこの騒ぎだ、どうなるんだよ。


 みんなをリビングに通し、新井田先生の買ってきたお菓子を広げる。


 自然、会話は柔道のことに流れ……。 



「そ、それでね、月山くんはすごく投げやすいんです。背中がびしっとしてるっていうか、それなのに柔軟性があってバランスがしっかりしてるっていうか、月山くんを投げてると調子がよくなるっていうか……」



 ダウナーバージョン制服おさげメガネの羽黒って、柔道の話になるとダウナーのまま饒舌になることを、俺はこの時初めて知った。


 いやあ、ほんと、羽黒っておもしろいなあ。



「月山先輩は羽黒先輩に投げられて、どうなんですか?」



 湯歌が俺に訊く。



「うーん、そうだなあ、なんつーか気持ちいいよな……」


「MだっドMだっ! お似合いですね!」



 おいこらそこの女子中学生、なんつーことを言うんだ。



「あれですか、ロウソクとかも好きなんですか? っていうか二人、どこまで行ったんですか? やっぱり月山先輩がM男なんですか!?」



 湯歌のやつ、まだ女子中学生のくせに、はしゃいでとんでもない質問を飛ばす。



「そーだよー! 楓おねーちゃんとおにーちゃんはけっこんするんだよー!」



 根拠もなく断言する女子小学生までいて、



「…………なに。じゃ、私、この人のことお義姉ちゃんって呼べばいいの?」



 あきれたように言う妹の羽美。



「あんた、ちゃんと責任とれるんでしょうね……ってか日和ちゃんに怒られちゃう……」


「なんの責任だよっ! っていうか日和は関係ねえだろっ」



 羽黒は羽黒でみんなにからかわれて顔を真赤にしてるし、俺が否定してやらないと駄目だよな、これ。



「先生もなにかいってやってくださいよ」


「ま、教師としては、一線はこえないようにね、としか言えないわね……高校生だと身体もできてないんだし、精神的にも経済的にも問題が……」


「なぜ俺と羽黒が付き合ってる前提で話すんですか!」



 俺まで顔が真っ赤になるんだが。



「そっか、私まだ身体ができてないんだ……ってことは伸びしろがあるってことですよね、練習すればもっともっと強くなれるんだぁ」



 嬉しそうに言う羽黒、俺にはお前の喜ぶツボがまじで理解できねえよ。



「やっばいこの子かわいい! 青葉ちゃんが義妹になるんだったら、まあ、いいかな……兄貴はいらないけど……でも日和ちゃんになんていおう……」



 青葉ちゃんをなでなでしつつ、アホなこといいっぱなしの羽美も羽美だ、なんなんだよこれ。


 唯一の巨乳枠、新井田先生は人の家のテレビを勝手につけ、プライムビデオをたちあげるとウォッチリストが。そこにはアニメとプリキュアシリーズのサムネが並ぶ。 



「……これ、まさか月山くんの趣味……? やっぱり羽黒さん、考えなおしたほうがいいわよ……もしかしたら青葉ちゃん狙いかも……」



 おい教師、他校の生徒の誹謗中傷はやめたまえ。



「やったー! おにいちゃんとけっこんー!」



 おい女子小学生、そのセリフ十年後にも言えるんだろうな。


 そんなわけで俺たちは、日曜日の午後に女児向けアニメの劇場版を見ながら大騒ぎをして、親睦を深めたのだった。


 ちなみに、親が不在の生徒の家に遊びにいった新井田先生は、あとで教頭先生に一時間ほど説教をくらったそうだ。


 自業自得だな。


 お菓子とジュース、ごちそうさまでした。



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