4-2 お前、アマツマと同棲してるってホントか?

「よーお、ナイスセーフ。時間ギリギリじゃん。寝坊?」

「うる、せえ……まあ、そんな、とこ。マジで、間に合わないとこ、だった」


 タカトのからかうような苦笑に言い返したが、返す言葉は息も絶え絶えだった。

 予定にないアマツマとの長話のせいで、学校につく時間は本当にぎりぎりだった。自転車を鬼のように漕いで、駐輪場からも走ってきたので肩で息をしているような状態だ。時間も教室につく直前にチャイムが鳴る始末で、たまたま先生がまだ来てなかったから遅刻扱いにならずに済んだ。

 ぜえはあと荒れる息を整えながら机につく。額から流れる汗がやけに鬱陶しい。ブレザーを脱いでシャツだけになり、ネクタイを緩めて一息つく――


「おーいお前らー。ホームルーム始めんぞー」


 と、ちょうどそのころに先生が教室にやってきた。友達と談笑していたクラスメイトが自分の席へと戻っていく。

 先生はそうしていつものように、雑にホームルームを開始した。


「まず出席確認なー。誰かいない奴いるかー?」

「せんせー。テンマくんがまだ来てませーん」


 と、クラスメイトの女子が声を上げる。みんなの視線がアマツマの席へと向かった。ちょうど一人分の、ぽっかりとした空白がそこにある。

 実際には風邪で休んだわけではないのだが。その事情を知っているだけに、やましいことをしてるわけでもないのに心臓が跳ねる。

 素知らぬ顔でいたつもりだが、一瞬だけ先生と目が合った気がした。だが視線はすぐにヤナギを離れ、全体を見回して言う。


「あいつ風邪引いたから休みだと」

「えー?」

「えーじゃない。他は?」


 それ以外に休んでいる者はいないようで、ホームルームはそのまま連絡事項へと移行していった。テスト期間が終わって部活が再開されること、テストで赤点取ったら補修するからやばい奴は覚悟しておくこと、最近寒くなってきたから風邪に気を付けること……ほかにも小言がいくつか。

 あくびをかみ殺して聞き流していると、最後の最後で先生はこんなことを言い出した。


「あと最後に……ヒメノ。お前、ちょっと後で話があるから面貸せ」

「へっ?」

「今日中ならいつでもいいから。いいな、絶対だぞ」


 そうしてそれを最後に、先生はホームルームを終わらせた。

 あんまりといえばあんまりな終わらせ方である。さっさと教室を出ていく先生もそれ以上のフォローとかはしていかなかったので、中途半端にクラスの視線が集まった。

 と、周囲の目は気にせずタカトが訊いてくる。


「おいおい、先生から直々に呼び出しかよ。お前、何やらかしたんだ?」

「いや……本気で心当たりがないんだけど」

「このタイミングっつーと……カンニングがバレたとか?」

「するわけねえだろ。つーか、もしカンニングなら現行犯逮捕だろ?」

「んじゃ赤点とか?」

「俺だけ呼び出して話題がそれだったら、ただの公開処刑じゃねえか」


 だが本気でなんで呼び出されたのかわからない。話があるならせめて何の話題かくらい言っておいてくれればいいのに、と思わんでもない。

 もやもやしながら半日を過ごし、昼休憩の時に職員室に顔を出した。

 ちょうど弁当をつつこうとしていたところだったらしい先生は、ヤナギに気づくと辺りを確かめてから、声を潜めて言ってきた。


「お前、アマツマと同棲してるってホントか?」

「ぶっ!?」


 剛速球。それもデッドボールコースの。あまりにも唐突な危険球に、ごまかす言葉すら出てこない。

 愕然と見やった視線の先、先生は追い打ちのように言ってきた。スマホを――起動したSNSアプリを見せながら、


「今朝がた、アマツマの親父さんから連絡があってな。娘が家出したんだが学校に来てるかって。んでアマツマに連絡したら、友達んちに泊まってるっていう。親が探してるからせめて誰んちか教えろって言ったら……まあ、そういう次第だ」

「あの、バカ……」


 アプリにはアマツマとの、ちょうど今朝がたのやり取りが表示されていた。

 風邪ひいたから休みたいというアマツマからのメッセージに、親から家出の相談を受けたという先生からの返信。先ほど先生が言ったのと同じやり取りをした後に、アマツマの葛藤具合が現れたのか時間をおいて、ヤナギの家に泊まったと報告している。

 そのあとにはヤナギは悪くないこと、自分たちはやましいことなど一切していないことなど弁明が続いて、最後には電話すらしていたが――

 眉間を揉んでどうしたもんかと考え込む先生に、ヤナギは観念して答えた。


「先生。念のために言っておきますが、家出して泊まるところがないらしいから泊めたっていう、本当にただそれだけの話です。俺とあいつはそういう関係じゃないですし、昨日が初めてのことです」

「いやまあ、その言い分を信じないわけじゃないけどな。お前ら接点なさそうだったし」


 アプリを終了させてから、しみじみと苦い顔で先生は言う。


「一応親父さんには友達の家に泊まってること確認して、問題なさそうですって連絡はしておいた。幸い納得してもらえたから大事にはなってない、んだが……正直、大っぴらに認めるわけにもいかんって話もわかるだろ? 女子同士ならまだともかく」

「それは、まあ……不純異性交遊がどうこうとか、そういう話ですよね」

「ああ。まあ正直、校則にそれを禁じる項目ないんだけどな」

「ないんですか?」

「ないよ。さっき確かめた。時代じゃないってことなんだろうなあ……まあだからって、問題ないとは大人としては言えんわけでな。それこそ問題が起きてからじゃ遅いわけだし。だからまあ、学校側でどうこうしろって指示は出さんけど、節度は守れよって忠告だな。今回は」

「……先生。あの、本当に俺とあいつはそういう関係じゃないんですが……」

「わかってるよ。だからハメを外すなって言ってんだ」


 わかるようなわからないような、微妙に納得しがたいことを先生は言う。それで話が終わりというのも釈然としないが。

 だからというわけでもなかったが、ふと思ったことをヤナギはつぶやいた。


「……アマツマの親は、アマツマが友達の家に泊まってるって伝えただけで納得したんですか?」

「ああ。それがどうかしたか?」

「いや、なんというか……結構、ドライなんだなと思って。普通、誰の家に泊まったかとか確認しませんか? 俺のことは教えてないんですよね?」


 自分の娘が一日家に帰ってこなくて、心配ではなかったのだろうか。またもし心配だったとして、教師から安否を確認したと伝えられただけで納得できるものだろうか。

 言うと、先生は何とも形容のしがたい、微妙な表情を作った。


「家庭にもいろいろあるってことだろ。放任主義とかってのもあるし、家出ってことは親と喧嘩したってことだろ? なら、頭冷やすのにちょうどいいとでも思ったんじゃないか?」

「はあ……」

「もしかしたら違う理由もあるかもしれんが……だとしても、それは家庭の問題だよ。お前が口出すことじゃない」


 話はそれで終わりだったので、ヤナギはすぐに教室に戻った。

 無駄に興味津々だったタカトには、近所トラブルと言ってごまかした。

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