3-1 俺はまた今度だな。二人で遊んでこいよ

「あー、終わった……二重の意味で終わった……」

「そーかい、お疲れさん」


 テスト最終日の帰りのホームルーム明け、とうとう気力が尽きたのか、机に突っ伏すタカトにヤナギは素っ気なくそう返した。

 地獄のようなテスト漬けも終わり、教室の空気は弛緩している。どうだった? ダメだったーなどという声が飛び交っているが、中には顔面真っ白な者もちらほらといる。どうやら燃え尽きたらしい。タカトもそちら側だ。


「お前、彼女とテスト勉強してたんじゃねえの? なんでくたばってんだ?」

「……彼女じゃねえよ……」


 言い返す声も弱々しい。どうやら本当に爆死したらしいが。

 緩慢に顔を上げてきたタカトは、怪訝に眉根を寄せながらヤナギを睨んできた。


「ちくしょーヤマが外れた。今回範囲広すぎんだよ……というか、なんでお前はケロッとしてんだ。今回の、どの科目も難しかったろ?」

「まあ難しかったっちゃ難しかったけど。ヤマが当たったっつーか、予習したとこがそのまま出てきたっつーか」

「お前を勉強会に呼ぶべきだったか……!」


 本気で悔しそうに握りこぶしを震わせて、タカト。

 だがヤナギは勉強会に呼ばれても行く気はしないので、そのルートはなかっただろう。ヤナギとしては勉強は一人で静かにやるものだと思っているし、そもそもタカトの勉強会ともなれば、相手はタカトだけではあるまい。おそらくはもう一名が一緒にいるはずで、そのもう一名というのが――

 と。


「――お邪魔しまーす。タカくんいるー?」

「……あん?」


 呼ばれて“タカくん”、つまりタカトがきょとんとそちらを見やる。

 教室の入り口に、ちんまりとした少女が一人。ぽんやりとした顔つきの、ポニーテールの女の子――


「彼女が来たぞ」

「……だから、ちげーっつーの」


 思わずヤナギが言うと、タカトはそっぽを向いて否定した。その間にも知り合いに「やっほー」などと挨拶しながら少女――タカトの幼馴染、キッカが近づいてくる。

 見た目はほんわか系だが、中身はハキシャキはつらつとしていて、人当たりがよく友人も多い、そんな少女だ。タカトとは似たもの夫婦でもある。なんでかいつの間にか、ヤナギと友人のような間柄になっていたことまで含めて。

 そのキッカだが、ニコニコ楽しそうな顔で近づいてくるなり、こう訊いてきた。


「やっほ、タカくん、ヤナギ。テストどだった?」

「タカトは爆死したとさ。俺は普通。そっちは?」

「うえっへっへっへー……訊いちゃいます? それ訊いちゃいます?」


 勿体ぶるようににやにやと笑って、キッカ。その反応で察しはしたが。

 案の定、彼女は晴れやかに断言してみせた。


「ダメでした!」

「……お前ら、わざわざ勉強会したんじゃなかったのか?」

「あー、この前の? どーせならヤナギも呼べばよかったね。ね、タカくん?」

「学校ではタカくん言うなって言ったろ……まあ、確かになあ」

「ねー。楽しかったし?」

「勉強がか?」


 不服そうなタカトと笑顔のキッカを怪訝に見やる。そもそも勉強会の感想が“楽しかった”という時点で怪しいものを感じるが。

 失敗だったという自覚はあるのか、タカトは視線から逃げるようにして、


「いやな? 最初はしっかり勉強してたんだけど……キクが、遊びたーいって騒ぎ始めてな?」

「タカくんの家ってゲームいっぱいあるからさー。つい?」

「ずーっと遊びまくっちまってな……お前呼んどけばいいストッパーになっただろうなって、今にして思うとなあ……」

「楽しかったって、遊んでたってことかよ。それで爆死してちゃ世話ねえな」

「あーあーきこえないー」


 キッカは耳を塞いで聞こえないのポーズ。ジト目で見やるが、すぐにやめた。反省するタマでもない。

 そこで深々とため息をついたのはタカトだ。幼馴染に呆れたのか、一緒になって遊んでた自分に呆れたのかはわからなかったが。空気を入れ替えるように言う。


「んで、どうしたんだよキク。なんか用だったか?」

「え? んーん、別に? 暇なら一緒に帰ろって誘いにきただけー。どうせ今日は部活ないでしょ? だからついでに、テスト終わりましたね頑張りましたねお疲れさまでした祝勝会したいなーって」

「唐突だな相変わらず……まあいいけどさ。気分転換したかったし。ヤナギはどうする?」


 誘うのが当たり前とでも言うように提案してくる。友人付き合いの一環としてタカトは言ってきたのだろうが、微妙に生温い気持ちになるのはいつものことだ。


(どーせなら二人で遊びに行きゃいいのに……)


 付き合いが短いヤナギでもわかる。恋愛的な好意を自覚してないだけで、この二人はいわゆる“割れ鍋に綴じ蓋”だ。そんなバカップル秒読み段階の男女の間に挟まるなど、ヤナギは死んでもごめんである。

 だから早々に逃げの一手を打つことにした。


「悪いけど、俺この後用事。図書委員の仕事あってさ」

「あー、そういえばヤナギ、図書委員なんだっけ……図書委員って何やってんの?」

「返却された本の片づけとか、貸し出しの受付。なんだかんだ待機してなきゃいけないから、下手すると一時間はかかるな」

「一時間かー……でも……うーん……」


 待つべきかどうか、天秤にかけているらしい。確かに一時間くらいなら待てそうではある。

 だが傾く頭が答えを出す前に、ヤナギの方から告げた。


「待たせるのも悪いし、俺はまた今度だな。二人で遊んでこいよ」


 言いながらバック片手に立ち上がる。集合時間があるわけではないが、駄弁ってて遅くなったと言い訳したいかといえば答えはノーだ。

 と、ふとジト目のタカトに気づいて訊く。


「なんだ?」

「……お前、なんか変な気使ってないか?」

「使ってないって言われるのと具体的にどう気を使ってるか説明されるの、どっちがいい?」

「……言っとくが、そういうのを邪推って言うんだからな? 俺とキクには何もない。いいな?」

「へいへい。そういうことにしといてやるよ」

「……? 何の話?」


 きょとんと首を傾げているキッカをお互い見やってから。

 難しい顔をしたタカトに、ヤナギは肩をすくめてみせた。

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