第5話 学校での様子

 「昨日は色々あったなあ……」

 「何が色々あったんだー?」

 

 俺はまだ誰も座っていない隣の席をぼんやり眺めながら呟くと、陽翔が横からぬっと顔を出してきた。


 「なっ!? いつからそこに」

 「いやなんか独り言言ってるなあ、聞いてみようと思いまして」

 「おい」


 ニヤッとして言う陽翔に俺はツッコミを入れる。独り言は1人で言ってるから成立するんだよ。


 「で? なにがあったんだ?」 


 陽翔は興味津々な様子で問い詰めてくる。


 「そりゃあ……いろいろっすよ」

 「別に教えてくれてもいいだろ〜」


 たぶん言うまでずっとこんな感じだろうな、と覚悟した俺は無言でメッセージアプリの画面を見せる。


 「うおえっ!?」


 陽翔はめちゃくちゃ驚いてバランスを崩し、椅子から転げ落ちる。

 

 「大丈夫、紺野くん?」という女子たちの声が聞こえてくる。最近感じてるんだけど、たぶんこいつモテます。


 「あはは、大丈夫だよ」


 当の本人は爽やかに笑って、女子たちを安心させている。


 「なにがどうなったらゲットできるんだ」

 「ここだと聞かれそうだからあとで。それかメッセで」

 「おっけい」


 物分かりが良くて助かる。もし万が一ここで聞かれたら各方面で詰む。


 

 その時、ガラッと教室の後ろのドアが開く。

 爽やかな朝の風が教室を吹き抜けて、クラスの女神の長髪を揺らす。


 花野井さんがゆっくりと席へと歩く。俺たち男子は、その様子に見とれてしまっている。


 「……おはようございます、猫村くん」


 小鳥のさえずりみたいな、可愛らしい小声で花野井さんは言う。


 「あ、うん。おはよう」


 いきなり朝の挨拶をされて、俺は挙動不審を発動してしまった。これだから選択的ぼっちは。


 ただ、朝から挨拶されたので今日1日は幸せな気持ちで過ごせそうだ。

 



 「じゃあな、蒼大。帰ってから色々聞くからな?」

 「忘れてるのを期待してたんだけど」


 俺は苦笑いしながら、陽翔にじゃあな、と言う。あいつは部活があるらしい。

 猫部があるのなら俺も部活に入ったんだけどなあ。


 そんなことを考えながら、1人で静かな廊下を歩く。


 「……すみません。あなたには興味がないので」

 「まあまあ、そんなこと言わずにさあ」


 階下から、なにやら言い争う声が聞こえてくる。まったく……正門から出るには、そこ通るしかないのに。

 

 「やめてください」

 「えー、このあと暇でしょ? 何か予定あるの?」

 

 俺は言い争っているふたりから見えないところで聞き耳を立てる。厄介事には巻き込まれたくはないが、助けに出るべきかと思ってタイミングを見計らう。


 ってか、絡まれてるのは花野井さんじゃないか。


 「帰って、猫に餌あげないといけないので」

 「え、そんなこと? じゃあ、いいじゃん」


 相手の男はせせら笑いながら、ありえないことを言い放つ。俺はつい我慢できなくなってふたりの方に歩いていく。


 「ごめんなさい、俺が一緒に帰る予定があるので。ね、花野井さん?」

 「え、あ、はい」


 俺がわざとらしくニコニコして言い、花野井さんの方を見ると、目を丸くしていたが、頷いてくれた。


 「行くよ」


 俺は花野井さんを連れて、男を置いて急いで校門を出た。


 「その……ありがとうございました」

 「あ、うん。困ってたみたいだったから」


 柄にもなく、挑発的な感じで接してしまった。うーん、反省。


 「じゃあね、気をつけて」


 俺はそう言って花野井さんに背を向ける。さっきの男を避けるためだけの話だし、そもそも今は男子と一緒に帰る気分でもないだろう。


 「あの」


 花野井さんに呼び止められて、俺は足を止める。


 「猫村くんなら……一緒に帰ってもいいです」


 花野井さんは、頬をほんのり赤く染めて、俺のことを見上げて言う。


 「じゃあ、帰ろうか」


 俺たちは、ほどよい距離感を保ちながら家へと歩き始めた。心なしか、この前よりも俺たちの距離は多少縮まったような気がする。



 「そういえば、クロとどうやって出会ったの?」


 家までの道のりで、ずっと無言なのも間が悪いと思って、俺は花野井さんに質問してみる。


 「家の前に箱が置かれてて、そこに入れられてたんです」

 「捨て猫だったのか……」


 なんて返したら良いか分からない。あの人懐っこいクロに、そんな過去があったのか。

 

 「……だから、クロのことは私が幸せにしたいって思って。でも……」


 そこまで言うと、花野井さんは顔を曇らせる。たぶん、迷子にしてしまったことを後悔しているんだろう。


 「猫って、予測不可能な動きをたまにするから。俺もいない、って思って探したら室外機の裏にいたことあったし」

 

 そして、俺は続ける。


 「ほんとに、なにかあったら頼ってもらっていいよ」 

 

 数回似たようなことは言った気がするが、俺は念を押すようにもう一度伝えておく。


 「……ありがとうございます。猫村くんは優しいですね」

 「ありがとう。あ、前お礼のこと気にしてたけど、1ついいのを思い付いたんだ」

 「……私にできることなら、何でもします」


 何でもは危険だぞ、と思いながら俺は一番のお願いを言う。


 「クロの可愛い瞬間の写真送ってほしい」     

 「わ、分かりました」


 俺のお願いに、花野井さんは驚いている。

 まあ、まったく想像していなかっただろう。

 

 「うん。楽しみにしてる」



 帰宅後、鍋の中で丸まって眠るクロの写真が送られてきたのをニヤけながら眺めた。もちろん、きなこは俺のお腹の上に鎮座している。

 




 


 

 









 



 





 


 



 


 


 


 

 


 



 

 



 

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