異邦の民は苦役を強いる 3

 ばっ、と勢いよく仕切り布がめくり上げられ、突然強い光が天幕内に差しこんだ。


『さあさあ、いつまで寝てんだよ! とっくにお天道さんは東の地平から離れちまってるじゃないか!

 ったく、あんたらはひとが起こしにこなけりゃ一日中だって寝てるんだから、始末が悪いよ。睡眠不足は肌の大敵とはいえ、今のあんたたちじゃとりすぎたって一文の得にもなりゃしないんだ! 目が覚めたらさっさと表に出て顔を洗いな!』


 めくり上げた中年女は、せり出した腹に吸いこんだ空気全部を怒声に変えてしまったように、鼓膜の破けそうな大声を張り上げて中の女たちに指示を出す。女たちは眠い目をこすりながらのろのろと起き出した。一列に並び、順に天幕を抜けて行こうとする女たち一人一人に、中年女の厳しい検分の目が光る。


『ちょっとあんた、また指を太腿の間に挟んで寝るのを忘れたね! 凍傷やしもやけは指の大敵だって、何度言わせたら気がすむんだ! 指の形をこれ以上悪くしようものなら性奴しょうどからはずすって言っただろ! 水くみや飯炊き女になりたいのかい? ならゼクロスに言って、そっちの集まりに加えてもらいな。なりたくないならちっとは気をおつけ! それからそこの! 腕を見せてみなっ! 指じゃない、ほら肘んとこだよ! 見てみな、ガサガサになってるじゃないか! 膝もだ! ちゃんと与えた油を毎晩塗りこんでるのかい? ひび割れたりしたら、それこそみっともなくて台上に立てなくなるよ!』


 彼女の眼力にはどんな些細な事も見逃してはもらえないらしい。視界に入ったほんの数秒たらずで女たちの全身を観察し、目ざとく見つけては尻をひっぱたき、髪を引っ張って、早口に一通り説教をする。


 矢継ぎ早にほとんど全員に小言を入れたあと、中年女は自分の前に勢ぞろいした彼女たちの姿を今一度流し見て、言った。


『いいかい? 何度も言うけど、あんたたちは今回集められた女奴隷の中でもえりすぐりの器量良したちだ。他の十把一からげと違って、当然最初から高い値でとりひきされる。買う者たちだってそれ相応の金持ちさね。けど、最高値がいくらつくかはあんたたち次第なんだよ。肌や髪が少し荒れてただけで三十はおちる。傷モノだったら間違いなく百はおちるよ。


 高い値で買いとってもらやぁ奴隷だろうとそれ相応の生活をさせてもらえる。元がデカいからね、大切にする気にもなるさ。安けりゃ粗雑に扱われる。いろんなご主人さまのもとをたらい回しにされて、せっかく整ってた顔も髪もボロボロにされたあげく、最後は下級奴隷として下っ端兵士どもの間で売買されるのも少なくない。そういう女がどういう扱いを受けるかぐらい、あんたたちの方がよぉく知ってるだろ?


 嘘じゃないよ。あたしだって何人もそういった女たちを扱ってきてるんだ。それこそみじめなもんさ、同じ<性奴>でひとくくりされるとはいえ、それだけじゃすまないんだからね。だからあんたたちがかわいがってもらえるいいご主人さまを得られるかどうかはここでのあんたたち自身の努力にかかってるってわけだ。

 わかったかい? わかったなら体の手入れにもうちっと本腰入れな!』


 腰に手をあてふんぞり返った中年女は唾を飛ばしながら早口でまくしたてる。女たちは話の内容というよりも、中年女の怒りの矛先が自分一人にむかないように、視線をあわせるのを避けて俯いて、ひたすらこくこくと頷いている。


『ほんとにわかったんならいつまでもぼさっとしてないで、さっさと朝食をすませに行ったらどうなんだ! 一週間ぶりの晴天なんだ、こんな日にもたもたして出発を遅れさせるような阿呆は、あたしが尻をぶっ叩いてやるからね!』


 語尾に重なって、ぴぅんっと空を切るような音を聞いて、飛び上がらんばかりに背を正した女たちは、馬番たちが雪を溶かして作ったぬるま湯を張ったビニール製の簡易洗面場へと我先にかけ出して行く。

 こういうときだけは聞き分けがいいんだから。そう言いたげな表情でそれらを見送りながら、中年女はふんと鼻を鳴らした。


 あれらも顔や胸だけじゃなく、もう少し分別と賢しさに恵まれてたら、飽きたからとすぐに売り払われる事もなく、まだ下働きとしてでも置いてもらえただろうに……どうせ今話したことだって、明日の朝までも覚えてないにきまってる。そんであたしはまた明日もあのおがくず頭たち相手に怒鳴らなけりゃなんないんだ。


 それが仕事とはいえ、なんともむなしいことじゃないかと、溜息をつきながら後ろの自分の馬車へ帰ろうとする。その流した視界の隅に、天幕の奥に残った人影が入った気がして、中年女はたたらを踏んだ。


 ひょいと入り口から中を覗きこむ。するとたしかに一人だけ、まだ残っていた。

 ちゃんと頭数はそろっていたと思ったが……、と首をひねって考えこんだ直後、昨夕吹雪にまぎれて逃げた奴隷を連れ戻してきたゼクロスやナウガの言葉を思い出す。


『そうかい、あんたが新入りの性奴かい』


 入り口に仁王立ちして、中年女は最奥で座ったままの女――マテアに話しかけた。

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