第6話 岸本の接触

「ねぇ! どういうつもり!」


 放課後。教室に1人残って学級委員の仕事をする祐希に岸本が声を掛ける。


 顔には焦りが見える。


「どういうつもりってどういうこと?」


 晴斗の時と態度は大きく異なり、平坦で抑揚のない冷たい態度を祐希は取る。嫌悪感も露わにする。


「なぜ白中に話し掛けたんだよ。みんながあいつにびびっているのは知ってるだろ。それにいじめられっ子と会話してもメリットねぇよ」


 現在、教室には祐希と岸本しか存在しない。だから、岸本の愚かな言葉も祐希にしか届かない。


 岸本も周囲を見渡して言葉を選んだ様子だ。幸運にも廊下にも誰1人として見受けられない。


「ふぅ〜ん。誰と接触しようとも私の勝手だよね。岸本君にそんなことを言われる筋合いはないけど」


 学級委員の仕事が終了し、祐希は片付けを始める。


「俺は心配なんだよ。…好意を寄せる人物が危険な白中と関係を持つのが」


 半ば告白の言葉だ。どうやら岸本は祐希のことが好きらしい。


「そうなんだ。でも私は岸本君の気持ちには答えられないよ」


 帰りの支度を済ませ、祐希は自席から立ち上がる。一貫して態度は冷たい。日常での誰に対しても優しい対応とは大違いだ。


「は? え?」


 素っ頓狂な声を岸本は漏らす。一瞬、顔や目が固まる。


「もう1度詳細に言うね。私は岸本君と付き合えない。だからごめんね」


「そんな! 考え直してくれないか! もしかしたら時間を掛けて俺を見てくれれば、魅力的に映るかもしれない!!」


 必死な形相で、岸本は食い下がる。祐希に対する気持ちだけは伝わる。


「ごめん無理」


 バッサリ祐希は断る。表情から冷酷さが垣間見え、迷った素振りもない。


「それと、白中君のことを危険だと断定したけど。私にとってはあなたの方がよっぽど危険だよ。他者を喜んでいじめるあなたの方がね」


 呆然と立ち尽くす岸本の真横を、祐希は通過する。その際、祐希の魅惑的な匂いだけが岸本の鼻腔をくすぐった。


「教室の戸締りお願いね」


 特に配慮もせず、祐希は教室を後にする。


 ガタン。


 後方の戸が閉まる音が教室内に響く。


「…」


 俯いた岸本だけが取り残される形になった。


 一方、たまたま廊下を歩いていた晴斗は祐希が教室から出た瞬間、急いで近くの壁に隠れる。


 祐希の姿が消えるまで隠れ続ける。


(途中から会話を聞いてたけど驚いたな。まさか岸本が野末さんに好意を寄せてたなんて)


 未だに岸本は情けなく立ち尽くす。うんともすんとも言わずに。


 教室の戸のガラス越しから、晴斗は岸本の弱々しい背中を観察する。


(申し訳ないけど。岸本ざまぁ。今泉と共に俺をいじめた罰だよ)


 この時の晴斗は知らなかった。いじめっ子の岸本と今水が今後さらに酷い仕打ちを味わう未来を。

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