レンタル『×××しないと出られない部屋』

可燃性

ご想像にお任せします

 それを見て、豪縋ごうついは言葉を失った。


「……は? ……え?」

「ほう?」


 共に閉じ込められた紅蓮こうれんはどこか楽しげである。

 部屋には寝心地のよさそうなベッドとその他諸々、するのに必要な品々が置かれていた。それもかなり種類豊富である。

 部屋に入れと言われてすぐ。扉が閉じて、上部の板がひっくり返った。

 そこに書かれていた文言に豪縋は呆然とした。


「な……なんだこれは?」

「文字通り、だろう」

「文字通りって……! おま、何か知っていたな!?」

「馬鹿を言うな、俺はなにも知らんぞ」

「本当か!? 貴様はこういう悪趣味を……」

「心外だな」


 興奮状態で問い詰める豪縋に紅蓮はどこ吹く風だった。

 相変わらずぷかぷかと煙草をふかしており、その口元には余裕の笑みが浮かんでいる。


「なぜ貴様はそう呑気なんだ……! 閉じ込められて、俺と……」

「別に構いやしないが」

「は?」

「うん?」


 幻聴かと疑う。

 しかし、豪縋は思い出した。

 眼前にいるこの白皙の面をしたこの男。貞操観念の低さは仲間内で随一であるということを。

 寧ろほぼないに等しい。誘えば必ず抱く男だった。


「……」

「どうした、豪縋?」

「……ひとつ、聞くが」

「なんだ?」

「貴様には罪悪感というものがないのか」

「ざいあくかん? 何に対する、だ」

夜鴉よるからす紅壽こうじゅだ」


 伴侶と一線超えた実弟の名を出されて紅蓮は一瞬きょとんとした。しかしすぐに笑って「あると思うか」と逆に訊ねてきた。


「質問をしているのは俺だ、質問を質問で返すな」

「そう怒るな豪縋。可愛い顔が台無しだぞ?」

「……殺されたいか」

「おお、怖い怖い」

「……っち。で?」

「うん?」

「先ほどの質問だ」

「ああ……」


 紅蓮はそういって天を仰いだ。同時に紫煙を吐き出す。

 豪縋が吸うものとは違う銘柄だから、漂う香りは知らないものだった。

 この男が常に纏う香り――香水のようにかぐわしいわけでもないのに、臭いとは思わないのは自分がこの男の事を。

 豪縋はばれないように奥歯を噛んだ。

 紅蓮はたっぷりの間を置いてから、豪縋の問いに答えた。


「罪の意識を持ちながら抱くというのもなかなか興奮するが、ないな。皆無だ。なぜならふたりとも俺に対する理解が深いから。――俺がどうしようもないクズ野郎であることを、な」

「……最低だな」

「お褒めに預かり光栄だ」

「褒めてない」


 豪縋はふんと鼻を鳴らして、ベッドに腰かける。

 腰かける場所がそこしかないからである――決して、そういうつもりはない。自分にそう言い訳をした。


「相変わらず素直じゃないな、そういうところが好ましいのだが」

「貴様のそういう言動が俺は嫌いだ」

「そうか、お前が俺のことを嫌いでも俺はお前のことが好きだぞ」

「……っ!!」


 心の表面をやさしく撫でられた気分がした。

 眉を吊り上げて立ち上がると、紅蓮と目が合った。

 きれいな男だ。黒い長髪、赤と金の目、長身ながらもしっかりとついた筋肉。均整の取れたその体はビールをしこたま飲んでも型崩れを起こすことがない。

 ド派手なアロハシャツに色褪せたジーンズ、足元は下駄という、かっちりとしたスーツを着た豪縋とは正反対の格好。おまけに首筋と腕捲りをした二の腕からは背中を覆う入れ墨の一部が覗き、一見するとその道の人間とも思われる雰囲気すら、彼は見事に着こなしている。だらしない印象なのに妙な色気を感じてしまうのは、およそ気のせいだと豪縋は思うことにした。


「豪縋」


 名を呼ばれてはっとなる。

 まさか、見惚れていて――? 無自覚のおぞましい行動に豪縋は額に手を当てた。


(こいつといると調子が狂う)


 別に豪縋とて紅蓮を心底嫌っているわけではない。

 けれど、全面的に好意を表明することはできなかった。負けた気がするから。

 紅蓮の言葉は軽かったり重かったりしている。本心とも冗談ともとれることを言うから心が波立って仕方がないのだ。そして、翻弄されている自分が嫌になる。


「豪縋、それで? どうするんだ?」

「……なにが」

「ここから出るのか出ないのか、だ。即ち、のかのか、だが」

「……」

「俺はどちらでもいいぞ。だが今日は新台入れ替えの日でな、できれば外に出たい」

「……おまえは」

「うん?」

「……なんでもない」


 豪縋は覚悟を決めることにした。

 着ているジャケットを脱ぐ。紅蓮は豪縋の唐突な行動に少しだけ驚いていた。


「俺にも仕事がある。なにより姫眞が寂しがっているだろうから、とっとと済ませろ」

「……豪縋、お前……」

「なんだ」

「お前……?」

「――ッ!!」


 豪縋の顔が真っ赤になった。紅蓮は心底愉快そうである。ほぼ無意識の行動だったので、豪縋は狼狽えた。これでは抱かれることを承知してるようなものではないか!


「こ、これは……っ」

「いや、いいんだ。構わんよ、大切に抱いてやろう。初めてだろう?」

「だ、……ち、おれは……!!」

「真っ赤になって可愛いなあ」


 そう言って豪縋の頬に紅蓮が手をやった。


(触れたてのひらが熱い、いやこれは俺の頬が熱いのか心拍数が上がってきたいや違うぞこれは決して緊張などではくっそこいつ本当に顔がきれいだな睫毛が長い……!!)


 なんてことをぐるぐる考えているうち、端正な顔が近づいてきて――


 ビーッ


 ブザー音。

 何事かと音をした方を見遣ると、そこにはぱっかりと開いた扉があった。


「……は?」

「ほう、開いたな」

「な、……」

「なるほど、残念だ」

「……っち! おい、開いたんだからどけ!!」


 豪縋は紅蓮を押しのけて扉の方へ早足で向かった。

 その背に、紅蓮が声をかける。


「豪縋」

「っなんだ!」

「――次は食うからな」


 にやり、と鬼が笑った。


「……っやはり貴様のことなど嫌いだ……!」


 豪縋の叫びが僅かにこだまして、彼の姿が遠ざかっていく。

 足音がしなくなってから紅蓮は誰にでもなく言った。


「――治験はご満足いただけましたか、狂輔きょうすけさん」


 すると白い壁だったはずのその部分に四角い切れこみが入って、糸目の女が現れた。

 目に痛い色の着物を羽織った独特の格好のその女性は、「なあんだ、わかっていたのかあ」と肩をすくめて言った。


「一応言っておくけれど夜鴉ちゃんにも姫眞ひめなおちゃんにも許可取ってるからね? なんなら姫眞ちゃんはノリノリだったよ」

「まあそうでしょうね」


 ふたりとも理解がある。

 姫眞に至っては紅蓮と豪縋のやり取りを常に期待に満ち満ちた目で見ているから、今回のことも快諾しただろう。


「……ねえ、紅蓮君」

「はい、なんでしょう」


 女狂輔は紅蓮を覗き込む。

 長い前髪で彼の横顔は隠されていて、狂輔の方からは表情が読み取れなかった。


「――君たち、付き合ってんの?」


 質問に紅蓮は笑った。


「ご想像にお任せします」


 そう言って立ち上がると豪縋の出て行った扉へ足を向ける。

 そのまま何も言わずに立ち去った。

 背中を眺めていた狂輔は、


「……あっそ」


 とひとりごち、次は誰を標的にするか考えていた。

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