第4話 ツガイ

 人間を騎獣の代わりにする。その提案に驚きながらも、ありえないことだとカノンは否定した。


「そんなのダメに決まっているじゃないですか! 人間を……そんな騎獣代わりにするなんて!」

「なぜ?」

「なぜって、そんなの……」


 そんなことダメに決まっている。


「人に自分を背負わせて、走らせたり戦わせたり、まるで人間を自分の家来や奴隷や道具のように―――――」

「人間にとって騎獣は家来や奴隷や道具のような存在だから、人間じゃなければいいということ?」

「ッ!? そんなことはないです! 騎獣って、騎士にとって……そう、かけがえのない、仲間であり、パートナーのような、そういう……」

「なら、人間がなってもおかしくないのではないかしら?」

「……え……あ……えっと」


 ダメに決まっていると断じたはずが、カノンはフェンリルの言葉に詰まってしまった。


「仲間であり、パートナーのような存在であるのなら、オーレが騎人になることを了承すれば問題ないと思うわ」

「……そ、それは……その……」


 カノンとて、騎士にとっての騎獣が家来や奴隷や道具のような存在だとは微塵も思っていない。

 とはいえ、それでも「同じ人間にやらせるのは失礼で酷い」と思ってしまっていたのは事実。

 だからこそ、フェンリルの言葉に詰まってしまっていた。


(でも、言われてみれば……騎獣の定義って……何なんだろう……確かに学校での規定に人間はダメとか書いてないけど……いや、でも、え? いや、駄目でしょ? それにオーレだってそんなの……)


 頭を抱えながらオーレを見るカノン。

 すると、フェンリルは……


「ガル、ガロガッルルワンワン、ガリュグル、ガラララウラウワオン」

「ワオン!? ガルルガ、ガーガガガウガウガー! ガグガウガウガウワオインワオイン!」

「ふむ……カノン。オーレはあなたを背負ったとき、とても柔らかくていい匂いがして好き。背中に乗せるのこれからもやりたい……って言っているわ」

「ふぇえええ!?」


 オーレ自身は全然問題ないと、むしろ嬉しそうに目を輝かせている。

 その瞳にカノンは弱かった。

 しかし、だからこそ真剣に悩んでしまう。


(あぅ、オーレぇ~……そんな目で私をまた見て……でも……どうなの? 人間を騎獣? どういう登録になるの? だって、普通に男の子で……あれ? でも、オーレって拾われた子供でずっと森で暮らしてたなら……戸籍もない? 戸籍もないと、それは普通に法律上では下僕と同じ扱いになっちゃって……ある意味で、『人間』の法律が適用されない? いやいや、駄目よ、そんなの! だいたい、オーレを騎獣にするってことは、オーレとこれからも一緒に……一緒に暮らさないと!? だって、オーレは男の子だよ!? 私を好きって言ってくれた男の子と暮らすんだよ!? それにオーレは世間の事を全然知らないだろうから色々と―――――――)


 そして、挙げればきりがないほど、オーレを騎人にした場合の問題が頭を駆け巡る。

 だが、そんな中で……


(でも、オーレが私の騎人に……おんぶされて? なにそれ、おぶわれ乙女騎士とか? おんぶされたまま戦ったり移動する騎士って何それ……なにそれ……そんなの……)


 脳裏に浮かぶ、火竜と正面から対峙したときのこと。



――不思議。君となら……勝てる! 私たちなら勝てるよ!


――カツ! カーーーツ!

 


 あの時感じたものは嘘ではなかった。本当に自分たちなら勝てる。何でもできるような気がした。

 あの背中に背負われているだけで、カノンは本当に騎士として戦うことができた。


 だから、どうする?


 フェンリルの話を信じるなら、もう自分は騎士になることはできない。

 しかし、オーレの存在をどうにか学校や周囲や国に認めさせることができれば、自分は騎士としての道がまだできるのではないか?


 このままでは、夢を諦めて実家に帰って、どこかの誰かと結婚する。

 そんな人生を歩むぐらいなら……



「フェンリルさん、お願い、通訳してください! オーレ!」


「?」


「もしあなたがこれからもその背に私を乗せて共に進んでくれて……その果てで、私が夢を叶えることができたら……あなたの人生をくれるのなら、私はあなたの想いに報い……あなたの嫁……あなたのツガイになる!」



 いくらフェンリルが理屈をこねたところで、実際に国に戻ったら「人間を騎獣の代わりにして騎士になる? バカか?」と評されて認められるわけがないというのは、カノンにも分かっていた。

 だが、どうせこのまま諦める夢ならば、そしてオーレの背中に乗って感じたものを信じ、笑われようと、バカにされようと、カノンはやってやろうと決意した。


「私と一緒に来てくれない? オーレ」


 そう言って、カノンが手を差し出した瞬間、まだフェンリルが通訳していないというのに、オーレはカノンの手を掴んで、持ち上げて、そのまままたカノンを背に乗せた。


「オーレ、イク!」

「わ! ちょ、オーレ!」

「カノンスキ! ニジューマルトモダチ! オーレ、イク! カノン!」


 自分はカノンについていくと、一切の迷いなく答えたオーレに、カノンももう迷いを吹っ切った真っすぐな目で、後ろから俺の首に手を回してギュッと抱き着いた。


「うん、行こう! 相棒!」

「アイボー?」

「うーん……もういいや、ツガイ! オーレ、カノン、ツガイ! マル?」

「ワァ! ニジューマル!」


 そして、二人は生涯の相棒、騎士と騎人、そしてツガイになった。

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