第3話 夢の終わり?

「トモダチ! カノン♪」


 火をつけて何か作業をしているオーレは鼻歌交じりでご機嫌だった。

 その傍では、カノンとフェンリルが向き合い……


「ほう……騎乗できる騎獣を探しに来たと……なるほど」

「ええ。馬、獣、竜、色々と試したんですが……どの子も私を嫌がったり、言うことを聞かずに暴れたり……」


 森の中で腰を降ろして、自分がここに居る経緯をフェンリルに話すカノン。

 すると、フェンリルは納得したように頷いた。


「たぶん。あなたの血統の問題かもね……」

「えっと……それはどういう……」

「両親、いえ、それよりも前の世代……もっと昔かも……どういう血筋か分かる?」


 フェンリルに言われてカノンが首を傾げ……



「私の先祖といえば……言い伝えというか嘘か本当かは分からないですけど、かつてご先祖様は獣魔王を倒したビーストスレイヤーだったとかって話は―――」


「なるほど、それね。貴方の血筋は本来、獣を従えるのではなく、狩り取る一族……それを騎獣たちは本能で理解して拒絶しているのよ。私もあなたがオーレと無関係なら不快に感じるだろうし、さっきの火竜もそれであなたを襲ったのかもしれないしね」


「は!? え、いえいえいえ! それって本当かどうかも分からない百年以上も大昔の話ですよ!? それに、私のお父さんもお母さんもお姉ちゃんも妹も馬に乗ったりするんですよ?」


「なら、隔世遺伝なのか、その血筋があなたにだけ何故か色濃く継がれたのかもね……」


「そ、そんな!?」



 そんなバカな話があるのかと否定したい一方で、神聖な存在であるフェンリル直々に言われたことでその言葉に非常に説得力と重みを感じてしまい、カノンはショックで顔を青ざめてしまった。


「じゃあ、私……騎士になる夢は……」

「体質的に無理ね。私もなんだかあなたを背に乗せると考えると嫌だし、そもそもオーレ以外の人間を背に乗せることなんてないもの。普通に歩兵とかで我慢するしかないわね」


 突き付けられた残酷な真実。

 才能であれば努力で克服することができる。

 自分のやり方になにか不備があるのであれば、それを改善しようと思える。

 しかし、体質や血筋による遺伝的な問題というものはどうしようもない。

 それはもはや努力でどうにかなる世界ではなかった。


「ひっぐ……う……う」


 気づけば、カノンはその場で涙を流していた。

 力が足りないのではない。生まれた時からどうしようもなかった。

 そんなことを知ったしまったらどうしようもない。

 克服できない欠点の所為で、ずっと憧れて目指していた夢をあきらめるということに、カノンは堪えられなかった。


「カノン! カノン! カノン! イタイ? カノン!」

「あっ、オーレ……」

「カノン……」

「うん、なんでも……ない……だいじょう……ぶ。まる、だから……」

「カノン! マル? バッテン! バッテン!」

「……はは……ごめんね、心配させて」


 突然泣き出したカノンに慌ててオーレが駆け寄って覗き込んでくる。

 カノンが心配ないと言おうとしても、どうしても涙があふれ、オーレは「大丈夫じゃない」と気が気じゃない様子。

 

「カノン! ゴハン! カノン! ゴハン!」

「え?」


 と、そこでカノンがお腹を空かせて泣いているのではないかと思ったのか、オーレがあるものをカノンに突き出した。

 それは……


「くれるの? うわ、何かな~いい匂いでおいしそ――――」


 ヘビとカエルが一緒の串で突き刺さった姿焼きであった。


「ふぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!??」

「?」


 お嬢様であるカノンは、そこまではまだ経験したこともなく、ヘビやカエルといったものに苦手意識もあったので、思わず悲鳴を上げて後ずさりしてしまった。


「ゴハン……バッテン?」

「え……あ……」

 

 だが、オーレにとっては純粋な善意しかなかった。

 そのため、必要以上に悲鳴を上げてしまったことに、カノンは「しまった」と思ってしまった。


(あ、えっと……うう……どうしよう。そういえばお父さんが仕事で他国へ行くときの礼儀は、出された料理は全部食べることって言ってたなぁ……文化の違いとかあるかもしれないけど、おもてなしの誠意に対する礼儀とか……で、でも、カエルぅ……ヘビぃ……)


 どうしても拒否反応が出てしまう……が、一方でオーレのちょっとションボリした表情が映り、カノンは胸がズキズキと痛みだす。


「ふっ、人間の雌には馴染みがないのね。この辺のカエルやヘビは栄養価が高く滋養強壮にも良いわよ? ま、無理する必要はないけれど」

「うぅ……いえ、た、たべますぅ! オーレ、ちょうだい!」

「カノン?」


 結局、良心が勝った。

 カノンは見ただけでも嗚咽しそうになるグロテスクな串焼きをオーレから受け取る。持つ手が震えて、先ほどとは違う涙が込み上げてくる。

 だが……


(ええい、ままよ! 命の恩人のおもてなしを拒絶するなんて、ブリランテ家にあらずよ!)


 カノンは目を瞑りながらも口を開け、生まれて初めてカエルに噛みついて……


「がむ、あむ、もぐ、もぐ……ん? んん?」


 一噛みめの感触で吐き出したくなるも、味を舌で感じ始めたら、様子が変わった。


「あれ? ……いけるかも……もう一口、あむ……もぐもぐ……うん。チキンと似た感じで……うん、全然いける、いや、むしろ美味しいかも……」

「カノン?」

「うん! オーレ! マル! これ、マル! 美味しい!」

「ッ! マル! オイシイ! カノン!」

「うん! マル!」


 手で輪を作ってカノンが笑顔を見せると、しょんぼりしていたオーレもまた嬉しそうに笑顔になった。

 その笑顔がまた眩しくて、そして照れくさくなり、気づけばカノンはカエルだけでなくヘビにまで口をつけ……


「あ、うん……ちょっと苦みがあるし、なんか鱗の感触が……うん、でもこれも美味しい! うわ、ヘビとカエルって美味しい!」

「マル! マル! カノン!」

「うん! マルを超えて、二重マルだよ!」

「ニジューマル?」

「うん。えっと、マル……もっと、マル。マルが二つ、二重マル! わかる?」

「ニジューマル! ニジューマル!」

「ぷっ、あは……あはは!」


 意味が通じて、そしてオーレも嬉しそうに「二重丸」を連呼して、その様子に胸が温かくなりながら、気づけばカノンはヘビとカエルを完食していた。


「あ~、美味しかった! オーレ、ありがとう!」

「ン! カノン、トモダチ! ニジューマルトモダチ!」

「うん、私もオーレは二重マル友達~!」


 ただお腹が空いていたから、意外においしかったヘビとカエルに満足しただけではない。

 カノンは何となく、オーレの嬉しそうな笑顔を見るだけで、胸がいっぱいになるほど自分も嬉しくなり、夢を叶えられないというつらい現実が少しずつ癒されていった。

 すると、その様子を見ていたフェンリルが……



「ふむ……ねえ、カノン」


「はい? なんですか?」


「……あなた……オーレを騎獣にしてみたら? オーレは人だから、騎人になるけれど」



 未だかつて聞いたこともないようなことをカノンに提案した。



「……え゛?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る