第42話:夏の終点・三駅前

 第42話:夏の終点・三駅前


 もうすぐで夏休みが終わる。

 今日は八月二十八日、四日後には始業式がやってきちゃう。

 やっぱり楽しい時間が過ぎるのは早く感じるものなんだね、ちょっとセンチメンタル。


 とは言え、今日やることは何時も通りだったりする。

 特別に何かやりたいなーとは思うんだけど、正直浮かばないんだよね。

 まだ一人だと限界値が低いみたい……。


「お兄ちゃん、今日は投稿あるの?」

「うん……でもまだ……ネタが……」

「そうなんだ。 夏なのに夏アニメをネタにしてないのは何か理由あるの?」

「え……? いや……特には……」

「ふーん……じゃあさ、サマーウ〇ーズやってよ。 毎年一緒に観てるけど、今年まだ観てないし……」

「……わかった……名言集……やろうかな……」


 そっか夏か……。

 よく考えたらいっぱいあるよね、夏がテーマっていうか、夏に展開する物語っていうか。

 あ〇花、ひぐ〇し、ユ〇フォニアム、時〇け、A〇R、その他諸々あれやこれ。


 今まで好きなアニメってだけでやってたけど、それだけじゃダメだよね。

 季節とかイベントとか何かしらテーマを決めてとか、逆になんで浮かばなかったんだろ?

 うー、なんだかとっても自分が恥ずかしい……。


 そうと決まれば早速録音の準備をしないと!

 やっぱりメインはお婆ちゃんだよね、長文の名言もあるし。

 いくつかピックアップして、登場順に繋げてみようかな。


 ついでだし、スキル『魔声』を使う練習もしちゃおう。

 お婆ちゃんのならネガティブな感情にはならないし、大丈夫だと思うし。

 前向き、勇気、奮起、正義、思い出、郷愁、うんマイナスな感情はないしやってみよう。


 ということで、録音順はバラしてお婆ちゃんは最後にやろう。

 たぶんリテイク祭りになると思うし……。

 さ、さあ! やっていきましょう!


 …………

 ……


「止めて……涙を。 ここ、握って止めて」


 …………

 ……


「ばぁちゃん、ただいま」


 …………

 ……


「よろしくお願いしまああああああす!」


 …………

 ……


「<カンちゃん、栄です。ノリちゃんの葬式以来だね。 ところで、同じ武田家家臣のよしみできくんだけど、国土交通省はどんな手をうってるんだい? なに? 今やろうと思ってた? ふざけんじゃないよ!>」

「<そめやん、引退した人でもかまわない。 一人でも多くの医療関係者に呼びかけて、消防庁に協力してほしいんだ。 あんたんとこのバカ息子のNPOが、世の中に役に立つチャンスだよ。>」


 …………

 ……


「<昔のことを言いなさんなガキちゃん。 あんたをぶん殴ったのは半世紀も前のことじゃないか。 何千何万という人が困ってる。 ここでがんばらないでいつがんばるんだい。>」

「<これはあんたにしかできないことなんだ。>」


 …………

 ……


「<私はあんたたちがいたおかげで、たいへん幸せでした。>」


 こんなものかな?

 動画的にはけっこうな長さになりそうだけど……。

 いや、八回もリテイクしたんだし、長さとか気にしないで自信持って投稿しよう!


「よし……あとは……動画編集して……」


 優香のリクエストでもあるし、気合い入れてやろう、よし。



 ----


 お兄ちゃん、今ごろ録音してるのかな?

 配信始めてからリクエストとかしなくなったし、お客さんも増えたし。

 ネコちゃんは好きだけど、なんか……なんかズルいし……わたしのお兄ちゃんなのに!


 あんないっぱいなでなでしてもらってズルい!

 お膝の上で寝転がりとかズルい!

 すりすり体擦り付けてマーキングみたいなのもズルい!


 わたしだっていっぱいいっぱいなでなでされたい!

 なんならモミモミされたいし、あっちこっちサワサワされたい!

 マーキングだって……マーキングだってしたい! お兄ちゃんの匂い付けてほしい!


 なんでわたし人族なんだろ……犬人とか猫人ならすりすりできたのに……。

 お風呂も寝るのも一緒にしても問題ないのに……。

 はあ…………獣人族になりたかったな……。


「ただいま、ってどうしたの?」

「んー……なんでもない……」

「なんでもないなら足バタバタしないで? 机揺れまくってるわよ?」

「んー……」

「はあ……何があったか知らないけど、一息ついて落ち着きなさいな。 紅茶とチーズケーキ、どう?」

「…………もらう」

「そ? お皿出してくれたら嬉しいなー」

「ん……出す」



 ----


 動画チェックもちゃんとしたし、予約投稿も完了。

 ネコちゃんにLIMEでURL送って、ノートくんとみかりんさんに報告……っと。


「ふう……。 だいぶ……慣れてきた……かな……」


 なんだかんだ長いこと投稿してるし、回数重ねるってやっぱり大事だよね。

 ちょっと喉乾いたかな、飲み物取りに行こ。


 …………

 ……


「あ……紅茶……」

「あら正ちゃん、チーズケーキもあるわよ?」

「もらう……」

「はいはい、ちょっと待っててね」

「……? 優香……?」

「んー……」



 ----


「優香……こっち……おいで……」

「んー……」


 お兄ちゃんに呼ばれてソファに座る。

 隣に座るお兄ちゃんがじっと見てくる……。


「なに……?」

「……よしよし……」

「んっ……」


 優しく頭を撫でてくれる。

 何も言ってないのに、なんでしてほしいこと分かったんだろう……。


「ヒザ……おいで……」

「えっ……」


 そっと導かれて、わたしの頭がお兄ちゃんのヒザに乗っかる。

 わっ、柔らかくてスベスベしてる……相変わらず華奢だなぁ。


「よしよし……」

「…………んっ」


 ごろんと寝返りをうって、お腹に顔を埋める。

 お兄ちゃんが撫でる位置も後頭部に移って、気持ちよさが増した気がする。


「よしよし……動画……予約投稿……したよ……」

「うん……」

「リクエスト……ありがとね……」

「うん……」

「また……アドバイス……お願いね……」

「うん……」


 すー……すー……。

 なんでだろう、お兄ちゃんの匂いがすっごく濃く感じる……落ち着くなあ。

 すー……すー……。


「イヤーマフラーズも……正式に……決まったよ……」

「……いつ?」

「十月……。 日付は……スケジュール調整……するって……」

「……どこ?」

「ここ……優香も……会えるよ……」

「……そっか」

「うん……よしよし……」


 すー……すー……。

 どうしよう……なんかお腹がムズムズして……飛んじゃいそう……。


「もういい? チーズケーキも紅茶もぬるくなっちゃうわよ?」

「食べる……優香……」

「……うん、ありがとう」

「優香の紅茶も淹れ直すわね」

「ありがとう」


 はー……はー……。

 危なかった、すっごく危なかった、ギリギリセーフだった。

 後で……部屋で一人で続きすれば大丈夫、襲わなかったからセーフ!

 ああでも、あの濃ゆい匂いはもう一回嗅ぎたいかも……うう。


「優香……明日……正式にアナウンス……あるから……」

「プイッターで?」

「うん……イヤーマフラーズから……やる予定ですよ……って……」

「そっか、それまでは他の人には内緒ってことだね」

「よろしくね……」

「わかった。 一口もーらい!」

「あっ……もー……!」

「えへへ! はい、あーん♪」

「まったく……あーん……んむんむ……」

「ほんと仲良しよね、あなた達」

「そ、そんなことないもん!」

「……えー……」

「にひひ♪」

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