53話

「つまり、だ。いつまで経っても組織の当主として甘いのを危惧したじいさまは、危険分子の芽を摘み取るついでに当主試験をすることにした」

「続けて」

「それで……おそらく、じいさまは危険分子の男に「己が死んだ」と思わせてた。そのとき月花に敵意が向くかを試した。そして残念ながら凪之にとって一番あり得ない月花の裏切りを持ち出した。しかも仇をなした男、虎沢の手を借りるという最悪な方法を選んだ」


 確認するように、泰華を横目で見る。こちらが目を細めて首をかしげて見せると、誠司は盛大な舌打ちをしてから、続けた。


「月花と凪之は二つで一つ。裏切りなどあり得ない、昔からの契約だ。それを反故にすれば統治した管轄の人間を皆殺しにする……つまり街の人間を人質にした契約をお互い破るわけがない」

「なっなっそんなの! 別に人質でもなんでもねぇ! ただの他人じゃねぇか!」


 すでに用済みになった男の、最後の足掻きに誠司は心底軽蔑したと言わんばかりに、何度目かのため息をつく。彼もこのつまらない終わりを迎えた劇に、試験に、ゲームにエンドロールを流したくて仕方ないのだろう。

 ましてや自分の不甲斐なさが如実にあらわれた終わりだ。恥だと感じているのかもしれない。


「……こんなだから、自分の管轄で生きる人間たちを守る思考すらないから、じいさまは見限った。そして次の段階へとうつることにした。次期当主の試験、だ。じいさまは大がかりにも信用のおける人間たちに命令を下して、わざとこの男に偽の味方を増やした。男が動きやすいように。そうして反乱分子を二倍にして、僕がまとめられるか、指揮を執れるかを試した」

「一石二鳥じゃーんって、喜んでいたぞ」

「おま、おまおまえ! 協力してたな⁉ うらぎりもの!」

「そんなことばかり言うから当主殿は、代替わり保留を決定したらしいぞ」

「胸に刺さるわ。聞きたくない」

「それにだ。人聞きが悪い。俺は、当主殿に怒られるギリギリまで、誠司に協力したんだからな」

「はァどこが!」

「しただろう? 毎回情報を提供した」


 そうだ。凪之当主の目的と、泰華の劇には誠司への情報交換は必要なかった。むしろ凪之からすれば、手助けは実力を測るのに邪魔になる。泰華も彼から仕入れる情報は、凪之当主から受け取れば済む話だった。


 それをわざわざ毎回律儀に電話して、会って、話をして、情報を伝えた。当主は気が付いていて見逃してはくれたが、ヒントを与えすぎたら色々問題になっただろう。


 だがしかし。それでも、睨まれても電話したのは。


「放っておくと、すぐに蚊帳の外に行きそうになったからな」

「どうりで、やたら今回は電話してくんなって思ったんだよぉ! 毎回俺を置いてけぼりにすんのに、珍しいなって! でも月音ちゃんにいいとこ見せたいのかと思って気にしなかったわっっ!」

「お前が月音の名を呼ぶな」

「ひどくねぇかこいつ」


 これから月音を呼ぶのは、自分だけだ。他の誰にも呼ばせないし、姿すら目に入れない。彼女の瞳には泰華以外をうつす必要はない。それこそ。


(俺が彼女に殺される、そのときまで)


 一瞬その映像が、流れる。待ち望む終わりを描いて、幸福に浸る。早く帰りたいという気持ちが、より濃くなった。


 そうだ、はやく。彼女の、月の元へ、帰らなければ。愛しい、愛しい俺だけの月へ。


「ちなみにいつからだと思う? この試験の始まりは?」

「……虎沢は、虎沢は……いや違う……? まさか」

「さぁ。もしかしたら、虎沢の仕出かしたことも仕組まれていたのかもしれない。だが、俺が参加したのは。劇に仕立て上げたのは、虎沢の手下が犯行に至ったあと。問題解決のため、虎沢の……血縁者に会いに行ったときからだ。最低でも、それより前なのは確かだな。俺が月音に会いに行ったのは、当主殺人未遂より後だ」


 殺人未遂が起きて、その仕業が月花が関わっている風に仕組まれたとご当主に告げられた。お互いを疑うような、淡い絆ではない。これは二つの組織に対する宣戦布告だ、と月花と凪之は協力を結んで、仕組んだものを探し当てる予定だった。


 しかし、少々事情が変わった。泰華が月音に執着してしまった。どうしても欲しくなり、単独で動いてしまったのだ。それも迅速に、凪之の想像を超える速度で。


「調べて、そこで凪之の真意を読み取った。いやはや恐れ入る、俺には到底追いつけないな、お前の追いこすべき背中は。はは、月花で良かったよ、俺は」

「うそつきぃ!」

「はは。嘘と冗談は違うぞ」

「く、くそぅ、これだからこいつ」

「それで月花の当主として入院中の凪之当主に会ったよ。そこで協力が始まった」


 泰華としては月音を手に入れる、それが確実な手を取れれば、他は興味ない。こっちの要望と算段を言えば、凪之はあわせた。懐の大きなひとである。

 何のこともない、ただそれだけの事実だ。


「当主が殺されたとなれば激昂するのは当然だと思うがな」


 それこそ容疑のある月花に敵意を向けるのは必然だ、泰華はその方が人間らしいではないかと思う。嵌める行動は勘弁願いたいが、それでも泰華としては好ましい。


「当主殿は、月花を疑うのは身内の中でかつ若い連中なら仕方ないと多めに見る。だがしかし、それにかこつけて月花に仇なすなど言語道断。あろうかことか、この町を脅かすモノと手を組むなど」

「おっおれはそんなつもり」

「そんなつもりだろ。お前は最初から、月花を潰す気で動いてた」

「ちがう!」

「違う? はは、それは通用しないさ。悲しいかな裏切り者の言は信用されない。そういう世界なのだから」

「だから裏切って」

「橋渡ししたのは、おまえだろう。虎沢の手下を凪之の仲間と嘘をついて迎え入れた。大勢に紛れ込ませた」

「――あ、ぁ」


 間の抜けた声だ。理解しがたい現状を突きつけられて、混乱が表面にあらわになっている。


「なぁおまえはいつから、虎沢と手を組んだ? 親を殺されたと思ったときか? それとも――最初から?」


 月花を潰すために、親ですら陥れた?

 泰華は目を細めて、その場に跪く。呆然と固まる男の顎を撫でて掬うと、上を向かせた。


 目が合って、泰華はひっそりと華のように艶やかに、赤い唇を歪めて嗤う。こてりと首をかしげれば、髪がはらりと顔にかかり、口端についた。


「泰華」


 頭上から咎めた声が降りかかる。すっと流し目で見れば、誠司が興味の失せた顔で「そんなことは、どうでもいいんだろ」と本音を当てた。


 ぞくぞくとする感覚に、喉が鳴る。加虐的だと指摘を受けるのはこういうところなのだろうな、と他人事のように思った。


(誠司、今回は失敗しちゃったけど、ちゃんと当主としての器はあるよ。そうやって割り切れるのだから)


 絶対に口には出してやらないけど。などと心で呟き立ち上がって、一歩舞台から下がり、降りた。


 代わりに誠司が踏み出す。感情の抜けた冷血な、当主の片鱗が窺える表情で男を、一時的には大切にしていた家族を見下ろす。


 右腕候補の恍惚とした、感嘆の息を耳が拾った。彼も待ちわびているのかもしれない。老い先短い当主の、後を継ぐモノの誕生を。


「お前は裏切った。最悪な形で、月花も凪之も何もかも。それはこの町を害するモノと同然。ならば行く末は決まっている」

「おれは、おれは、そんなつもり」


 まだ何か言おうとした。縋り付くように身をよじらせたが、誠司にぎくりと止まる。全てを絶望したように、だらりと体から力を失う。


「詳細は聞く気はない。全て吐かせる」


 誠が告げたのを最後に、控えていた右腕候補が深くお辞儀をしてから、男の腕を掴み引きずっていく。抵抗なく、二人は暗がりに飲まれるように、部屋から出た。

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