52話

「何言ってんだ、俺は確かにあの人が死んだのを見た! 亡骸だって病院で……だから、目障りな月花がやったに違いないって証拠を集めて」


 そこで男がさぁと青ざめて泰華を見つめた。口を押さえる男に、泰華はにこりと微笑む。


 気にしていない、続けろ。


 という意味だが、男には別の意味として伝わったらしい。ひぃと引きつった悲鳴を上げて、ずりずりと芋虫のように少し離れる努力をする。


 誠司の隣から熱い視線を感じる。だがこれは自分のせいではない、道化が小心者のせいだろう。肩を竦めて苦笑すれば、視線はますます鋭く冷たくなった。凪之に忠誠を誓っている、忠実な犬らしい。


 月花当主にもある程度は動じず、対応できる人柄は泰華個人としては気に入っている。


 にこにこの泰華と、驚愕から固まる誠司、恐怖で逃げようとうごめく男。収拾がつかないと判断したのか、誠司の隣は、大きく息をついて、かけた眼鏡をあげると、口を開いた。


 真面目かつ堅物の男に相応しい、きびきびとして、堅苦しく冷たい抑揚のない声である。


「月花がでかい顔をしているのが気に食わない、自分が出世しないのも、つまらない奴の……よくしてくれている跡継ぎの、うだつのあがらない野郎の世話係なんてもんをやらされているのも、月花が半分も土地を収めてているから」


 まるで用意された台本を読み上げているかのようだ。随分な言いようだな、と茶化したいが、あまり口を出せば長引く。泰華は腕を組んで、背を壁に預けた。


「あなたは凪之に入ってから、月花への不満を吐露していました。本来絶対にあり得ぬ行為です。しっかり教育に参加していれば、すぐに分かることですがね」


 組織に入れば、決まり事を教える教育がある。そして月花と凪之も最初に教えるのは、互いの組織の重要性と関係性。両者ともに支え合い、譲り合う唯一無二であるという、きれい事にも聞こえる大事なこと。


 だが教わるのを拒絶した男は、今回最大の罪を犯してしまった。学んでいれば、こんな策略に乗せられることもなかったはずだ。今更、だが。


「次期当主さまは、そんな貴方の「不甲斐なさ」とか「根性なし」の部分に共感してよく面倒を見てくださっていた。だから貴方はまだ凪之にいれた。しかし」


 一区切りして、鋭い目で男を射貫いた。誠司よりよほど、当主らしい威圧感だ。

 ただの踊らされていた道化など、ひとたまりもない。気圧されて呼吸すら封じられ、かちかちと歯が鳴った。


「そんな塵が凪之に何時までもいられたら迷惑なんです。甘えて、己の身分を自覚せず、努力もしない。どれだけ言い含めようと兄弟のような月花を「目障り」だと思う危険分子はね。せめてあなたが耳を傾けていれば結果は異なっていたはずですよ」


 本当に、今更だ。


 繰り返しは、つまらない。泰華は呆れと疲れに襲われる。仕方なしに種明かし、最初を語る役目を背負う。


「言っただろう。これは劇でゲームで試験だと」

「劇なのは、泰華に、とって」


 何かを探る口調で誠司が呟く。泰華はそうだとも、と頷いた。


「そう。そして試験は誠司にとって。ゲームは……さて、ここにはいらっしゃらないな。いたら台無しだからと。試験の問題が出せなくなる」


 お茶目な人だな、と同意を求めれば誠司が息をのんだ。はっとして、全てが繋がったのかわなわなと震え始める。


「……そうか。これはお前の描いた劇じゃないな……?」

「いいや。俺の描いた劇だ。正確に言えば俺と凪之当主が描いた劇だな」


 はらりと肩からこぼれた髪をつまんで払いのける。その仕草を睨み付け、誠司が悔しげに唇を噛みしめた。


「なんでこんな、いつからッ!」

「問いかけていいのか?」

「っまて、まてまて。ちょっとまて」

「ああ劇も試験もゲームも終わった。だから時間は余りある」

「……試験、っそうか、そういう」


 幾分か隣にいる男が纏う空気が和らぐ。安堵だろうか、お目付役も大変だなと、他人事のように思いつつ、そっと手で続きを促した。


「答えをどうぞ?」

「俺の試験だった。次期当主として相応しくなっているかどうかの!」

「そう。それだけでは及第点も与えられないらしい。さあ、続けて?」

「危険分子を庇い立てする俺の甘さを見抜いた、じいさまの。あーくそっ言葉がまとまらない! イライラして嫌になる!」

「可哀想に。糖分が足りてないらしい。現当主の右腕……の息子くんかつ新人教育係なら何か持っているのでは?」


 隣――現当主の右腕の、息子かつ新人教育係は恭しくお辞儀をする。胸ポケットから、すっと当然のように取り出すのは。


「はい。金平糖ならば」


 きらきらと色とりどりの砂糖菓子。見た目も良い、今度、月音への土産に金平糖も良いかもしれない。あれは味より見た目を好む傾向があるから。美しいのは好きだろう。


 それどこで買ったんだ。これは当主様が好んで行っていらっしゃる喫茶店で。ああ、あそこか。可愛らしいものばかり並んでいる店だな。ええ、当主様は愛らしいものにめがありませんから。


 平凡な会話を繰り広げていると、ぽかんと地面の男が間抜けに問いかけた。


「は、は? おまえ、が? 教育係?」

「……あなたと数名、遊び呆けて私の教育から逃げてましたから。私が貴方たちに紛れても気づかなかったようで」

「ちげえっ新人教育係はそんな顔に大火傷おってなかった!」


 右腕候補は、命令のため若い衆に紛れて動向を探っていた。誠司もそれについては把握していたはずだ。ただ真意は知らなかっただけ。誠司は無茶しないかを見張ってもらうつもりだった。だが右腕候補の受けた命令は、少々異なる。


 彼らと誠司、両方を見守り試験の行く末を見届けろ。が正しい命令だ。


「やけど、な」


 誠司が渋面で右腕候補を眺める。なんとなく理由を察したのだろう。誠司らしい反応だ。


「今回の試験にて素顔だと、さすがにバレる可能性がありましたので、顔を焼きました」


 さらっと何でもないように言う。

 誠司は予想が当たったのか、頭を抱えて何かしら言っているが、さして気にした風もない。


 右腕候補としては、今はまだ当主は別であり仕えている相手ではないので、そこまで親身になる気はないらしい。いっそすがすがしいほど、割り切っている。一応、次期当主なのだが。


 だからこそ、今回の監視役に抜擢されたのだろう。


 泰華は冗談まじりに身震いしてみせた。


「迷いがないな。凪之という組織は怖い怖い」

「御冗談を。貴方様には負けます」

「そういう臆さないところを、現当主は好んでいるんだろうな。見込みがあると」

「そうだったらこの上ない喜びでございます」


 にこり。顔半分が焼けただれた顔が笑う。皮膚が引っ張れて痛いだろうに、何処までも平気そうに、優雅に、余裕たっぷり含んだ美しい微笑だ。泰華も華のごとく美しく唇に笑みをのせて応えた。


 そんなやりとりを見届けて、誠司が疲れ切った声で仕切り直す。どうにも締まらない、そういう誠司の人間らしさが好ましいと泰華は思う。当主としては心配の種なのだろうが、これぐらいの方が、いざというとき、正しくあれる。


 ――この町で、正しいのは、間違いなのかもしれないが。

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