46話

 虎沢秀樹は、整形によって同じ顔をした人間を作り、身代わりにしていた。自分は風呂屋という場所から一歩も出ずにいたそうだ。


「手間かけさせやがって」


 やっと捕まえたと情報に喜ぶが、偽物でしたという歯がゆい結果を何度も味わされた。


その度に凪之の若衆がざわつき、亀裂が入るのを肌で感じていた誠司は、毎度胃が痛くてたまらなかった。纏めることすら手間取り、失敗する自分の不甲斐なさにも苦しんで。


「誠司」


 名前を呼ばれて顔を上げる。


 泰華が、静かにこちらを見つめていた。


 凪いだ瞳に誠司は首を横に振って、気を取り直す。

 今は己の未熟さではなく、目の前の問題を解決しなければ。

 反省は後だ。


「それにしてもよく捕まえられたな、結構うまく雲隠れしてたけど」


 しかも凪之の縄張りだ。

 どうせ凪之の裏切り者による手助けだろうが、うまく欺いたものだ。それも親父から叱責を受けると思うと、頭まで痛くなってくる。「だから、まだお前に継がせられんのだ。はやく隠居させてくれ」と小言が幻聴が聞こえた。


 裏切り者がいるとは思ったが、まさか匿うなど大胆な真似をするものである。見つけられなかった自分が何言おうと、情けない負け犬の遠吠えなのだが。


 落ち込む姿を一瞥してから、泰華は小さく息をつく。

 再び携帯電話を取り出し操作しつつ、引きずり出す方法を教える。


「餌をつけたらすぐに顔を見せてくれたからな」

「餌?」

「彼女だ。 彼女と俺が仲がいいと知れば、彼女を人質にでも取ると思ってな。……案の定、攫われたと情報を流せば釣れた」

「……っ」


 戦慄。恐怖。淡々と、世間話のノリで語るのが恐ろしい。

 先程まで熱を孕んで、恋する少女の顔で愛を語った口で、平気そうに言われた事実。


 誠司は寒気にふるえ、自分を抱きしめるため両腕を回して擦る。


 何で虎沢秀樹が縁を切った娘と月花の当主が仲いいと、表に出てくるのか。


 あとで教えてもらうとして、今は。


「 好きな女を餌にする度胸怖すぎるんだけど。イカれてんの」

「はは、死なせない自信があるからな。あと、彼女を手に入れるのと一石二鳥だった」

「いつからこの作戦を思いついたの」

「彼女に出会う前だな。元より使うつもりだった。だが彼女を愛してからは、必ず成功させようと決意したよ。……いわば彼女への愛の力だな」

「絶対違う」


  即否定したが泰華は一切気に留めず、携帯を眺める。


「結局、こいつの目的は?」

「そんなのは、分かり切っているじゃないか」


 月花と凪之の同士討ち。

 そして虎沢秀樹が町を支配する——それ以外、理由はない。


「その為に、この男がまずしたのは月花の一人を取り込むこと」

「……あぁ、刀を持ち出す役か」

「そうだ。そしてその刀を」

「俺のところの裏切り者に手渡して、親父を刺した」


 裏切り者はいけしゃあしゃあと「月花の者が刺したのを見た」と証言して組織を疑心暗鬼にさせる。


 仲間は家族と思え、凪之の考えだ。

 それが仇になった。家族が嘘をつくとはすぐには思いつかない。信じ切るというのも駄目だと、痛い教訓になったなと誠司は遠い目になる。


「だが事態はなかなか動かない。虎沢の手下はどんどん減っていき身代わりは少なくなる。焦ったはずだ」

「事態って……月花と凪之の関係が崩れることか?」

「そう。ありえない話だがな」

「あぁ。若い奴らが騒いだのは、まだ仕組みを深く理解してないからだ。


 それは古株、いや組織をしっかり理解しているものならば当然だ。だからこそ、今回の事件は無駄に終わるはずだった。組織とは関係ない第三勢力がいるのを、裏付ける結果となったのだ。

 若い奴らが騒ぎ出したのは、誠司としてはかなりの誤算ではあった。教育が行き届いていなかった不始末に恥じ入るしかない。


 深いため息を繰り返す誠司に、泰華は気にした風もなく続ける。


「焦った彼に蜘蛛の糸を垂らしたんだよ。おれが、月花の当主が『陽野月音』に惚れ込んでいるって。それで虎沢を引きずり出したわけだ」

「……まって、どういう意味?」

「虎沢が予想以上に愚かで、俺たちがとんでもなく馬鹿だって話さ」

「わからん」


 それが、なんの糸になるのか。

 というよりその噂流したのは泰華本人だったのか。


 疑問に眉を寄せたが答える気はないらしく、黙る。

 そして、頬を緩めた。


 ぞわりと寒気がしたのは気の所為ではないだろう。


「いくぞ、誠司」

「どこに?」

「今回は、月花にも非がある面倒事だからな。凪之にはケジメをつけなければ」

「いや、問題は俺たちの同士討ちを狙った虎沢秀樹だけど」

「はは、本当に誠司は甘くて優しいな」 


 けっして褒め言葉ではない。

 明らかな悪意の棘が、クリティカルヒットして誠司は呻いた。


 虎沢秀樹は、羽無町を手に入れるために行動した。

 思惑に翻弄されたのは月花のせいではないと言いたいが、それは甘さだろう。お互い裏切り者を抱えてしまった、そのツケは払わないといけない。そしてここまで騒ぎを大きくしたのは、泰華と自分の至らなさのせいだと分かっているが。


 ぐぐぐ、と言葉を探す間にもスタスタと泰華は出口へと進む。


 虎沢秀樹とすれ違うとき、泰華は屈んで昏倒した奴に囁いた。


「お前にはお似合いの終わりを用意してやるから少し待っててくれ、 すまないな」


 華の笑みで自愛に満ちて、本気で申し訳なさそうな泰華に、もはや何も言うことはない。


 自分がまだ当主になれず、彼が若くして当主になった差が、ありありと浮き彫りになり眼前に突き出された気がした。

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