一日目 祇園に行こう。

 祇園甲部のお茶屋――つまり、舞妓と遊べる場所は、基本的に一見客はお断りとなっている。

 つけ払いの高額な遊びではあるので、余計なトラブルを避けるためだろう。


「戸塚様」


 お茶屋の女将が、はんなりとした声音でオサム達一行を出迎えた。


「ようこそ、お待ちしとりました」


 深々と和装の女が頭を下げた。


 老舗お茶屋の正会員であるジョンから連絡を受けており、大きな特徴を持つオサムを女将はひと目で識別したのである。


 ――海外暮らしが長かったので、日本文化に飢えているんですよ。(命のやり取りだけをしてきたバカだ。全てを赤子のように吸い込んでいくだろう)

 ――見た目は若いですが、遊ばせてやって下さい。(芸者遊びでロリコンが治れば、俺たちは友達に戻れるかもしれんぞ……)


 という、ジョンの温情があったのだ。


 西船がグループの稼ぎ頭になっているという実績もあったのかもしれない。


「ほう、これがお茶屋か。確かに風情があるな、氷室くん、伊集院くん」


 オサムの背後には、ガチガチになった二人が続いていた。なお、お茶屋には緩いドレスコードがあるので、さすがにジャージではない。


 同部屋の京極とサッカー部男子は、居留守役としてホテルに置いて来たのである。


 ――氷室くんには世話になったからな。


 林間学校では、氷室がじゃんけんで負けた結果とはいえ、彼が中心となっている班のメンバーだったのである。


 ――そのお陰でトモダチが出来たのだ。


 感謝の気持ちを込めて、オサムが生暖かい眼差しを二人に送ると、氷室は俯き、伊集院は直立不動の姿勢を取った。


「それでは、お座敷へご案内させて頂きます」


 京都の独特なイントネーションが、オサムの鼓膜をくすぐった。


 ◇


「なんなのよおおおお!!これはああああっ!!」


 花見小路通の赤ポストにしがみつき、天王寺キララが雄叫んでいる。


「離れなさいって、アホなの」


 クラリスは、道行く人々に曖昧な会釈を送りながら、キララを赤ポストから引きはがそうと腕を引いていた。


「ぐやぢいいいっ。オサムきゅんが、白粉おしろおい婆のキャバクラに入っていったのよっ!あんたも同じキャバ嬢として悔しくないわけ?」

「いや、あれはキャバクラじゃねーから」

「はああ?女と酒飲んでつまんない話を聞かせる場所でしょ。同じじゃない」

「そこは、まあそうなんだけど――。ぐっと高いし。後はええと――」


 クラリスにも明確な違いなど分からない。


 なおかつ、どうでも良かった。


「ともかく離れろって。警察来るとやばいから」

「ううう」


 警察のひと言で、学校をサボったJKという自身の立場を思い出し、キララはようやく巻き付いていた赤ポストを解放した。


 補導されれば一発アウトなのである。


「ってか、あたしも驚きはした」


 キララとクラリスは、夜を待って部屋に押し掛けようと行ったのだが、オサムたち三人が部屋を出てエレベータに向かっていたのである。


 そのまま後を尾行すると――、


「普通、他校の女子と待ち合わせとか、ラーメン屋行くとかだよね。高校生ならさ」

「それでも十分悪いわよ」

「まあね。しっかし、お茶屋に入るなんて思わなかったなぁ」


 高校時代、ギャルとして嗜むべき悪さを一通りこなしたクラリスでも想定外の行動だったのである。


 ――さすがは、オサムってところかもしんないけど……。


 などと、ワルい男が好きなクラリスは思っていた。


「待ってても意味ないしさ。今日は帰ろっか――あ、それかウチらで飲む?」

「勝手に帰りなさいよ」

「は?――えっと、キララはどうすんの?」

「行くに決まってんでしょ。婆の白粉おしろいを剥がしてやるわ」


 のっしのっしと肩を怒らせてキララが歩き始めた。


「待ちなって。ああいうとこはコネがないと入れないんだってば」

「離しなさいよ。気合いでなんとか――」

「お困りのようだね」

 

 もみ合うキララとクラリスの背後に、足音もさせずに近付いて来た男がいる。


「は?」

「な、なに?」

「ふふっ」


 薄い笑声を漏らしながら、男は目深に被っていた帽子を取った。


 ――あれ?コイツって?


 クラリスは、新幹線で後ろに座っていた金玉の小さい(推測)男のことを思い起こす。


「私だ。久しぶりだね」


 オサムたちの学校で教師を務めていた美木多である。


 天王寺キララのアイドル時代はトップオタとして知られており、彼女へのストーカー行為の一環として教師になった男だった。


 林間学校の事件以来、行方をくらませてしまい、現在も警察が捜索中のはずなのだが――。


「お茶屋に入りたいなら、私が役に立てると思うよ」

「ふうん?」


 キララは疑わしそうな視線で美木多を見上げた。


「というか、あんた誰なの?」


 天王寺キララは、美木多のことなど完全に忘却していたのである。

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