一日目 キララの追跡。

 東海道新幹線「のぞみ」に乗って、一路京都を目指していた。


「んぐんぐんぐ――ぷはぁ」


 素晴らしい喉越しを伝える音が周囲に響く。


「やっぱ新幹線で飲むのは、スーパードライに限るってね」


 出張帰りのサラリーマンの様なことを言いながら、クラリスは空となった500ml缶を窓枠の下に置いた。

 既に、三本の空き缶が並んでいる。


「――あんたって、ホントに駄目な女なのね」


 隣に座る天王寺キララは、朝から飲んだくれている女を呆れた様子で見やった。


「つーか、こっちは仕事終わりだっての」


 もちろん『の~すり~ぶ@かじゅある』は、朝まで営業などという不健全な事はしていないが、朝の八時はクラリス的に仕事終わりとも言えなくもない。


「だいたい、ガッコさぼって、先輩の修学旅行を追っかけるほうが狂ってんでしょ」

「は?当然でしょ」


 天王寺キララは、宣言通り京都の修学旅行へ同行するのだ。


 とはいえ、オサムたちは、修学旅行専用車両とされた新幹線に乗っている。


 仕方がないので30分後の「のぞみ」に乗って後を追っていた。なお、同じホテルに部屋も取ってある。


 もちろんオサムに付きまとうつもりだが、学校にバレると停学処分になるのは確実なため、変装用にバケットハットとサングラスも準備していた。

 

 さらに、JKひとり旅では目立つと考えてクラリスまで誘ったのだ。


 ――誤算だったのは、このバカ女のコーデがエロすぎることね……。


 白いリブニットキャミにデニムを合わせているのだが、巨乳がこのコーデを選んだ場合の破壊力は怖ろしい。


 ――っとに、胸のデカい女、全員殺してええええ!


 などと、幾つかの不満はあったのだが、かつての林間学校におけるオサムのように、今回のキララは準備万端である。


「オサムきゅんに何かあったら、キララは生きてけないし」


 と、オサムを最も苦しめる毒液を持ったJKが言った。


「ふうん」


 皮肉のひとつでも言おうかと思ったが、面倒になったのでクラリスは気の無い返事をして目を閉じた。


 年下高校生の修学旅行を追いかける自分も、異常さで言えば同じ立場だと思ったのかもしれない。


「ま、飲んだし寝るわ。着いたら起こして」

「ふん」


 天王寺キララは鼻を鳴らし、スマホで嵐山情報などを調べている。


 一方で、ガッツリと睡眠を取りたいクラリスは、後ろに座っている男に軽く会釈をしながら背もたれシートを大き目に倒した。


 だが、気付いた男が嫌そうな舌打ちをしたので、少しだけ戻す。


「さーせん」


 ――ぜって、金玉ちっさい野郎だよね~。めっちゃ深く帽子被ってるから分かんないけどブサメンだと思うわ。

 ――オサムとは、大違いだってば。


 ルックスの評価についてはさておき、オサムの男ぶりを再認識しつつ、酒の回ったクラリスは気持ちの良い眠りに入った。


 隣のキララはスマホから目を離さない。


 そして――、


「(ぶつぶつぶつ)」


 クラリスの後ろに座る男は小さな呟きを繰り返している。また、帽子の奥に隠された瞳からは怪しく鈍い輝きが漏れていた。


「(ぶつぶつぶつ)キララキララキララ――僕の――キララキラ――」


 ◇


 班別自由行動となるのは二日目からだ。


 初日は清水寺へ学年全生徒が訪れるわけだが、寺へ到着してからの行動はクラス単位でとなる。


「お、オサムさん」


 だが、なぜかゴリラ伊集院は、オサムたちのクラスに紛れ込んでいた。


 色々と緩い高校のため許されたのか、それともゴリラの暴力を怖れてのことかは分からない。


 半グレ(仮)SUVに二度轢かれても、骨折のフリだけで実は無傷だった男である。教師たちが不気味に思っても不思議ではないだろう。


 そんな彼が怖れるものはひとつだけだ。


「どうした、伊集院くん。キミは他のクラスだろう」


 無慈悲に同級生を殺そうとした男――戸塚オサムである。


 現在のゴリラは、トモダチという名の下僕になっていた。オサムが頼めば、それが何であっても従うだろう。


「い、いえ、例の件です――今夜の――」

「ああ、あの話か」


 紅葉を楽しむにはまだ早いのだが、清水寺の本坊前庭には美しい庭園が拡がっている。

 オサムの傍を歩きながら、双葉アヤメは何気なく二人の会話を聞いていた。


 ――クラス対抗枕投げでもするのかしら……。

 ――男の子って、高校生になっても子供だし。


 そう思うと、少しだけオサムをカワイイと思ったりもしていた。

 

祇園ぎおんで芸者遊びの件だな――おっと、大丈夫か、委員長」


 ふらりと倒れそうになったアヤメの背に、オサムは優しく手を添えた。


「だ、大丈夫だから」


 思わず紅くなった顔を、ちらりと白鳥ミカは覗き見た。


「そ、それより、気になる言葉が聞こえてきたんだけど――」


 高校生に許されるわけがないし、それ以前に胸の奥がもやもやとしたのだ。


「うむ」


 だが、そんな乙女心がオサムに通じるはずもなかった。


「今夜、気心の知れたトモダチを連れて祇園ぎおんへ行く。せっかくの修学旅行だ。たっぷりと思い出を作ろうと思ってな」

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