ビーチにて、

 なぜBBQをするのだろうか?


 空調の行き届いた焼肉屋の方が寛げるし、サイドメニューやドリンク類も豊富にあるはずだ。

 あるいは、家でやるのもコストパフォーマンス的には良いだろう。何より移動の手間が無い。


「それはですね」


 オサムの素朴な疑問に答えてくれるのは、浮かれまくった様子の京極だ。さすがはお調子者といったところだろうか。


「自分はリア充なのだという納得感を得るためですよっ!!」


 千葉県は九十久里浜片貝中央海岸には、真夏の日差しの下にひと際目立つ女神達がいた。海の家に併設されたBBQ用のエリアで、『の~すり~ぶ@かじゅある』の面々が、きゃっきゃっ言いながら準備をしているのだ。


「見て下さいよ、オサムさん」


 前方に見えるその様子を、京極が指差しながら言った。


 オサムと京極は、クーラーボックスなどを車から運んでいる。オサムのトモダチ兼運転手として益田も同行していた。


「現役JKとキャバ嬢を引き連れて、水着でBBQなんですよッ!!」


 アヤメとミカは、水着の上からラッシュガードを羽織っているが、砂浜で遊ぶ際にはその素晴らしい肢体を解放するはずだ。


 幼児体型のキララは、フリンジ・ビキニで胸元の寂しさを補いつつ、大胆なローライズが男の視線を彷徨わせる。


「く、クラリスさんなんて――ううう――(じゅるり)」


 黒いハイネックビキニの谷間部分が大きくカットアウトされており、男ならば誰しも音速で鼻先を埋めたくなるだろう。


「これは、もう圧倒的勝ち組ッ!!人生上がったも同然の状態です」

「ふむん」


 オサムとしては、これで人生が「上がり」では困ると感じていた。巨乳彼女が出来ていないし、ジョンへの恩義も返せていないのだ。


「ささ、勝者の宴を楽しみましょう、くふふふぅ」


 エロさマックスの含み笑いを漏らす京極だったが、自身のは、きっちりとわきまえていた。

 口内にたまった涎をゴクリと飲み込んでから意中の相手を探す。


 ――俺が狙って許されるのは……。


 神聖オサム帝国切り込み隊長を自任する彼は、決して皇帝の女に手を出したりはしないのだ。


 ――癒し系キャバ嬢のユウナちゃんっ💕

 ――こ、これしかない。ユウナちゃんならギリ許されるはず!


 もちろん、本来なら一介の高校生に落とせる相手ではないのだが、オサムという後ろ盾を得たと勝手に思っている京極は、少しばかり気が大きくなっていた。


 ――けど、ユウナちゃんがいないな?


 大型パラソルの下で、野菜をカットするなどの準備に勤しむ水着美少女軍団の中に、癒し系キャバ嬢ユウナの姿が見当たらない。


「あっ」

「――どうした?」


 唐突に驚きの声を上げた京極に、不審に思ったオサムが尋ねた。


「あそこでユウ――い、いえ――何でもないっす!」


 京極は途中で言葉を飲み込んだ。


 そんな彼をジッと見詰めた後、オサムは「そうか」とだけ言って頷いた。自身の脳内警戒センサーに反応が無いので、危険な相手がいるなどの要対応事案ではないと判断したのだろう。


 ――や、やべぇ。ビッグチャンスを手放すところだったぜ……。


 他方の京極は、内心で秘かに胸を撫でおろしている。


 彼が横目で睨む砂浜では、癒し系キャバ嬢ユウナに、数人の男がまとわりついてナンパ行為に及んでいたのだ。


 ――これよ、これこれこれっ!

 ――俺の愛するバイブルによれば、ナンパされてる女子を助ければ、

 ――めちゃ高確率で落とせるうううう!!


 なお、彼の愛するバイブルとは、ラノベ系のラブコメである。迷惑ナンパから女子を救った主人公は、なぜか惚れられるという絶対法則が存在した。


 ――とりあえず、糞ほど重たい荷物を置いたら、速攻で砂浜に駆け付けてユウナちゃんを助けないとな。その後、おっぱいを触らせてって頼んでみるか。


 ナンパ師より低能かつ非道なことを考えている京極は、それでもピュアな気持ちで神に祈った。


 ――ナンパ野郎が、もう暫くの間は粘ってくれますように。なむなむ。


 神ではなく、仏に祈ったらしい。


 ◇


「オサムきゅ~ん💕」

「BJっ💕」


 クーラーボックスを砂浜に置いたオサムの許へ、キララとクラリスが甘い声を出しながら駆け寄っていく。

 キララは右腕にしがみつき、クラリスは左腕に絡み付いた。


 両者はオサムを狙っていることを隠すつもりがなく、ボディタッチにも一切の照れと遠慮が無い。


 アヤメやミカには真似のできない行動なので、内心ではイラッとしていたが、表には出さずBBQの準備で忙しい風を装っていた。


 つまり――、


 戦場帰りで頬に傷ある空気読めない系男子は、京極の言う通り圧倒的な勝者となったのだ!

 ビーチ1翻、水着1翻、BBQ1翻、ドラ4で跳満である。


 問題は、オサム本人に、その自覚が無いことなのだが――、


「うぎゃあああ」


 オサムの専有面積を競い合うキララとクラリスに、玉ねぎをカットした包丁を持つミカがぶち切れようとした瞬間――片貝中央海岸に少年の悲鳴が轟いた。


「お、お助けぇぇぇ」


 京極は、仏ではなく神に頼るべきだったのかもしれない。

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