理由。

「ご苦労」


 人通りの消えた路地裏で待っていた益田に、缶ジュースを放り投げつつ礼を言った。


 怠け者の店長を逃しはしたが、その後を追い続けたことをねぎらってやる必要はあるだろう。


 ――トモダチは大切にしないとな。


「あ、ありがとうございますっ」


 益田は両手で缶ジュースを受け取り、腰を曲げてオサムに対して一礼をした。


 店内騒動の後、バックヤードで教育された彼は、少なくとも二度とオサムの店でバカな真似をすることはない。


 巨乳クラリスへの想いも断ち切ると誓わされていた。


「ここに入ったんだな?」

「間違いありませんっ」


 船橋駅南口の再開発されていないエリアには、薄汚い雑居ビルが立ち並んでいるが、中でも異彩を放つ平屋の建築物があった。


「ふむん」


 入口には掛かっている看板には、赤字で「グレートリカバリー教会」と手書きされていた。


「教会――宗教か――」


 窓はあるがカーテンは閉じられており、そこから灯りが漏れている。夜でも信徒が集まって礼拝をするのかもしれない。


 外観と教会名を見る限りは、伝統的な既成宗教ではなく、新興宗教というやつなのだろう。


「とりあえず、中に入ってみるが――、キミはここに居るんだ」

「分かましたっ」

「店長と入れ違いになったら――」


 目の前に見えるドア以外にも、出入り口が存在する可能性はある。


「――次は逃がさないでくれ」

「はいっ!!!」


 益田は、実に忠実な男になった。


 ◇


「偉大なぁ~らららっら~」

「恵みのおおお~」

「救いが~」


 鍵も掛かっていない扉を開けると、意外にも小奇麗な内装のフロアだった。


 整然と並ぶパイプ椅子に、十数名の信徒らしき連中が座っている。また、向こう正面に小さなステージがあり、その上に黒いローブを来た女が立っていた。


 黒いローブの女は唱和せず、目を閉じて天井を見上げている。


「とわにつづくうう~」


 意味は全く理解できないが、賛美歌的なものを歌っているのだろう。自分達の歌声とスピーカーから流れる伴奏で、オサムが入って来た事に誰も気付いていない。


 ――なるほど――この集まりに出る為に、益田から必死になって逃げたわけか……。


 歌う信徒達の中に、店長の後ろ姿もあった。


 まさに、信仰の力とは偉大である。


 すぐにでも捕まえて、店長のやる気を呼び覚まし、仕事の引継ぎも行いたいところだったが、信教の自由には敬意を払う事にした。


 いったん外に出て待つか――とオサムが思った時、ふいに賛美歌が終わる。伴奏曲も途絶え、静かになったフロアで、黒いローブの女が叫ぶように言った。


「バアルは偉大なりっ!!」

「バアルは偉大なり」


 店長を含む信徒達が、唱和する。


大患難だいかんなんが訪れ、この世界は滅びるうううっ!!!」


 女が両手を上げ、再び叫んだ。


大患難だいかんなんっ!」

大患難だいかんなんっ!」


 オサムは片方の眉を上げ、フロアに集い叫ぶ人々を見据えた。


 ◇


「そういえば、去年ぐらいだったかなぁ」


 狂信者となった店長の追求は取りやめて、オサムは急ぎ店に戻っている。閉店作業もあるし、マカロフで脅せる状況でもなかった。


 ともあれ、閉店時間となったので、バックヤードに居たクラリスから店長の話を聞いてる。


 今日のクラリスは、大胆にカットアウトされたホルタートップのため、肩から脇が完全に露出していた。


 京極であれば、椅子から立ち上がることが出来なくなっていただろう。


「ほら、家とかにも時々来るじゃん」

「あまり詳しくないのだが――、布教活動に誰かが訪れたわけだな」

「うん。こんなとこに、珍しいよね」


 ある日の営業開始前に、二人連れの女が訪れた。体入の面接かと思いきや、宗教の勧誘だったのである。


 店長も最初は追い返そうとしているように見えたが、いつの間にか熱心に話を聞くようになっていたそうだ。


「昔からバカの怠け者だったけど、それからどんどん酷くなった気はする」


 負のスパイラルに陥ったのだろう、とオサムは考えた。人は駄目になると、その駄目を理由として、さらに駄目になっていく――。


 ――世界が滅びるなどという与太を信じているせいか……。


 あるいは、信じたかったのかもしれない。


 ――となると、やる気を出させるのは容易ではないな。


「ま、店長なんて、どうでもいいじゃん」


 店の未来を考えるなら、どうでも良いでは片付けられないのだが、他の手段も検討する必要があるとオサムは判断している。


「それよりさ、BJ」


 少し声音を変えて、クラリスはぐっとオサムに迫る。自身の得物である巨乳が、オサムの腕に絶妙に触れるよう計算もしていた。

 

「今度の土曜日、みんなでBBQやろうよっ💕」

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