出来る男。

「田淵様、今宵もクラリスが――」

「お疲れ様です、新庄様。癒しのユウナは――」

「赤星様、金本様。サクラとツバキの――」


 エース。


 圧倒的エースッ!


 頬に傷のある高校生、戸塚オサムは、『クラブ プレリュード』の未来を背負い立つ黒服に二週間で育ってしまっていた。


 極まった清掃に始まり、客の優越感を直撃する巧みなエスコート、キャスト付け回しの最適解、ミス無く明朗な会計処理――。


 酔った客が、オサムの外見をからかう余地も無いほどに、彼は完璧な仕事ぶりを見せていたのだ。


「BJって最高じゃね?」

「もう、店長変わって欲しいよぉ」

「あいつ、BJに任せっきりで今日もエロ動画見てたよ」

「マジ糞じゃん――あ、BJっ💕」


 最終客を見送った後、バックヤードに戻って来たオサムを、待ち構えていたキャスト達が取り囲んだ。


「何でしょうか」


 少しだけ迷惑な思いも抱きつつ、無表情に尋ねた。


 おっぱい候補――いや、彼女候補と語らう時間は重要だが、彼の仕事はまだ終わっていないのだ。


「ねね、うちらこれから飲みに行くのよね」


 ドレスから私服に着替えたクラリスが言った。


 私服とはいえ、初日と異なりジャージ姿ではなく、ミニワンピを着ておりメイクも落としていない。


 ――今日は、アフターなど無かったはずだが……。


 オサムは気付いていなかったが、最近のクラリスは、出勤時も気を使うようになっているのだ。


「BJも行こうよ」


 そう言いながら、クラリスはさりげなくオサムの腕に触れた。


「行きたいのは、やまやまなのですが――」


 これはオサムの本心である。


 酒を飲みたいとは露ほども思っていないが、告白成功確率を高めるフェーズ4に至るには、必須の過程だろうと理解していた。


「閉店作業を店長に任されましたので」

「え、あいつトイレじゃなくて、マジでバックレてんの?」


 誰も座っていない店長の椅子を、クラリスがヒールの爪先で蹴り上げた。


「何か事情があるようです」


 興味が無かったので理由は調べていないが、店長のやる気が全くことには気付いていた。


 そういった姿勢が従業員に波及し、結果として黒服は飛び、キャスト達の勤務態度の悪さにも拍車がかかったのだろう。


 だが、オサムの登場により、店は変わりつつある。


「かわいそすぎるよぉ」


 癒し系が売りのユウナが、ぶりぶりとした様子で言った。彼女もおっぱいが大きいので、オサムのターゲットには入っている。


「んじゃ、うちらも手伝うよ。掃除くらいしか分かんないけど」

「え、いや――」


 少しばかりオサムは戸惑っている。学校の女子からは、こういった好意的とも言える親切を受けた経験が無いのだ。


「さっさと終わらせてさ。飲み行こぅよ」

「そうそう」

「BJの歓迎会もしてねーし」

「おー!」


 ――どういうことだ?


 オサムは知らなかった。


 女性のルックスに対する厳しさの頂点が、高校時代で終わるということをッ!!

 

 ギャグと徒競走でモテるのは小学生まで。

 イケメンとサッカー部がモテるのは高校生まで。

 ノリと人脈でモテるのは大学生まで。


 以降は、仕事と金ッ!!!


 仕事が出来て、普通の性格ならば、ルックスの許容範囲は大幅に拡がるのである。


「じゃ、何やって欲しいかぁ、うちらに言ってね💕」


 戸塚オサムは、場末のキャバクラ従業員とはいえ、完全に出来る男認定をされていたのだ!


 ◇


 双葉アヤメ、天王寺キララ、そして白鳥ミカのJK三人組が、『クラブ プレリュード』を訪れたのは、オサムがエース黒服となってからのことだった。


 キララ的には一刻も早く来たかったのだが、実家に強制的に連行されてしまい、今日まで脱走することが出来なかったのである。


 アヤメとミカは、キララの脱走を手伝わされた流れで、ここまでついて来てしまったに過ぎない。

 もちろん、オサムのバイトに興味があったのも理由のひとつだが――。


「でも、きゃ、キャバクラで、高校生なんて雇ってくれるのかしら?」

「だよね。普通、無理でしょ」


 キララの後ろを歩く二人が言った。


「嘘つくに決まってんでしょうがっ!」


 彼女自身は、秘かに偽の身分証まで用意している。犯罪者となる気満々で、今回の行為に及んでいるのだ。


「ここね」


 牛丼屋の前に立ち二階を見上げた。


 面接のため、開店一時間前の十九時に来るように言われている。


「じゃ、行くわよ」


 いよいよ、店長面接となる――。


 ◇


「え、オサムきゅんっ!?」


 バックヤードの事務机では、オサムがノートPCに向かい仕事中であった。


「ん――店長から体入希望者が来ると聞いていたが――」


 なお、体入とは、体験入店のことを差し、本入店前に一日だけお試しで働いてみることを言う。


「――高校生は駄目なのだ」

「そ、そんなぁ」「そうよね」「だよねぇ」


 だが――と、オサムは考えている。


 彼は店の売り上げをさらに伸ばし、恩義のあるジョンに貢献したいと考えていた。


 とはいえ、現状以上となれば、キャストの人手が足りず不可能――。


「ふむん」


 オサムはネクタイをキュッと締める。


「何か手を考えよう」


 その姿に、天王寺キララはきゅん死寸前なのであった。

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