隠しモノの使いみち。

 急斜面下の岩肌にある洞穴に辿り着くと同時のことだった。


「あ、雨――?」


 ギャルの白鳥ミカが呟く。

 小さな雨音だったが、すぐに本降りの様相となる。


「――あっぶねぇええ」


 ショーパンから伸びる白い膝上を、ぱんぱんと叩きながら白鳥が言った。


「あのまま上いたらヤバかったね。BJ」

「そうだな」


 オサムは、ごそごそとリュックの中を漁りながら答える。


「――とはいえ、ここでも十分に不味いのだが」


 言いながら取り出したのは、ライターだった。


「キミらは薄着過ぎる」


 オリエンテーリングに参加している生徒のほとんどは、暑くなると考えたのかジャージすら着ておらず体操着のみである。


 手荷物も持っていない。


 やたらと大きなリュックを背負い、上下ともにジャージ、バイザーメット、登山靴という奇異な恰好をしているのは戸塚オサムのみだった。


 ほんの少し前までは、天王寺キララを除く全生徒からバカにされる出で立ちだったのだが、今となっては皮肉なことに救いの神にすら見える。


「そ、そうなの――だからオサムきゅん。キララだけを温めてっ!」

「いや」


 にじり寄るキララに対し、オサムはにべもなく答える。


「全員で温まろう」


 もはや、誰の目にも明らかだった。


 レジェンド級の元アイドル、天王寺キララは戸塚オサムに惚れているッ!!!


 驚愕の事実だったのだが、遭難という緊急事態を乗り越えるのを最優先と考え、誰もツッコミを入れることは無かった。

 双葉アヤメも、マインドコントロール問題は棚上げにしようと思っている。


「ど、どうやって?」


 まさか全員で抱き合うのだろうかと、少し不安に思いながらアヤメは尋ねた。


 ――ら、らん――こ――うっ!?

 ――早すぎるわっ。わ、私には――まだ――守るべきものが――。

 ――はっ!?それにパンツが、パンツがあああ。


 先ほどの不可避な自然現象によって変色している可能性に思い至る。


「焚火だ」


 オサムは道すがら、多量の木切れと枯れ葉を集めながら来ていたのだ。


「ただ、ライターは隠匿できたのだが、着火剤は没収されている」


 木切れとライターだけでボウボウと火を燃やすのは困難である。


「困ったな――いや――」


 少し考える様子を見せてから、リュックの底へ手を伸ばす。


「これが在ったな」


 そう言ってオサムが取り出したのは、


「ちょ、ちょっと――戸塚くん――」

「はああ?BJ??」

「おい、お前はいったいどこで――」

「いやいやいや、おかしいだろ?」


 帯封の付いた三つの札束だった。つまり三百万円程度ある。


「隠し底だ。賢明な先生方もそこまでは見なかったらしい。あるいは親心で見逃してくれたのかもしれないが」


 もはや、全員が確信した。


 ――は、反グレよっ!

 ――BJって、反社と繋がってるわけ?

 ――く、くすり?

 ――運び屋のバイトって儲かるんだな。俺も紹介を……。


「び、びっくりなんだけどね、戸塚くん」


 アヤメはスライム乳を手で押さえながら質問をする。


「山の中だとお金は使い途が無いのかぁなって――あの――もちろん私がそう思ってるだけで――」


 反グレ疑惑の高まったオサムを刺激しないよう、言葉遣いに気を付けた。


「委員長、安心してくれ」


 オサムはライターの火を灯した。


「燃やすだけだ」


 ◇


 数百万円が燃えている。


 万札を火種として、オサムはボウボウと燃える立派な焚火を作り上げた。

 

 そのお陰で、LEDランタンを消灯しても洞穴内は照らされており、何より暖が取れるのが薄着の彼らにとっては有難い。


 焚火に照らされる彼らの表情も幾分か和らいでいた。


 オサムが平等に配った水と食料を腹に入れ、全員が少しだけ落ち着いた気持ちとなったのだ。


「ま、ひと晩明けたら救助が来るだろうしね」


 イケメン氷室ひむろが、すっかり寛いだ気分で言った。

 追従役のサッカー部男子もウンウンと頷いている。


「そうよね。朝が来たらきっと――」


 モブ女子と一年生はどうなったのかな、とアヤメは頭の片隅で思いつつ同意した。


「とはいえ、BJには感謝だよ」


 氷室ひむろが爽やか笑顔をオサムに向けた。


 ――ジャンケンに負けた時はムカついたけど、今となっては俺の豪運がこの陰キャ反グレを呼び寄せたわけだな。

 ――となると、どいつもこいつも俺に感謝しろよ。特に双葉アヤメは、俺に乳を揉ませるべきだぜッ!!


 だが、内心では相当に勝手なことを考えている。


 ――戻ったら、お調子者はクビにして、BJを一軍にしてやるか。


「気にするな。ボクはクラスメイト――いや――」


 ここで、オサムは林間学校の前に自身が立てた目標を思い出す。


 ――よし決めたぞ。まずは男友達を作ろう!!


 彼女を作るには、まずは男友達から。

 観察と統計から導き出した結論である。


「――トモダチのために動いているだけだ」

「オサムきゅん♥」


 キララのみ、潤んだ瞳でオサムを見詰めた。


「ハハ、そ、そうか」


 ドストレートなオサムの物言いに、氷室は乾いた笑い声を上げてジャージのポケットに手を入れた――その時!


 ――なにッッ!!!???


 氷室の指先が、ポケットの奥に潜んでいた数個の小さな立方体を検知する。


 ――わ、忘れていたぜ……。


 湧き出そうになる含み笑いを必死になって堪えた。


 ――俺にはコイツが有ったんだ。


 それは、オリエンテーリングで小腹が空いた時にと考え、ポケットへ忍ばせておいた三つのチロルチョコである!


 ――万が一、万万が一だ……。


 遭難が長期に及んだ場合、この小さなチョコが黄金になるだろう。


 ――ぜ、絶対、誰にも教えねーぞ!!!


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オサムの決意については、以下ページですう。


戸塚オサムの決心

https://kakuyomu.jp/works/16817330656433606154/episodes/16817330657238170640


★後から入れたの。くすんくすん。。><






 




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