ストーカー。

「な、な、な……」


 オサムの住むボロアパートで、双葉アヤメと、天王寺キララが出会ってしまった時、近くの物陰からスマホで映像を撮り続けている男がいた。


 なお、イケメンである。

 なお、金持ちである。

 なお、天王寺キララのストーカーである。


 とてつもない衝撃を彼は受けていた。

 まさに、人生が暗転してしまった瞬間である。


 彼が愛し、そして嫁にもらい、言葉にしてはいけないアレやコレをする予定であるはずの天王寺キララが、屑 of 屑とされる男の部屋から出てきたのだ。


「よ、汚されてしまった――私の――私のキララがあああ――」


 非処女など何の価値もない。

 千年に一度のロリ美少女であれ、非処女では何の価値もない。

 

 ともかく、非処女では……。


 ――さらう――さらって――た、確かめないと――。


 カバンに潜ませているスタンガン(130万ボルト)を手に取った男は、ボロアパートへ向かって駆け出すが――、


「あれ、先生?」


 ――背後から掛けられた声に、ピタリと立ち止まった。


美木多みきた先生じゃないですか、お早うございます」


 双葉アヤメは、渾身の笑顔で朝の挨拶をする。


 ――わぁ、美木多みきた先生に朝から会えるなんてぇ。きゃあ。


 彼女の――というより、オサムやキララも通っているが、同高校において女子生徒からの人気を独占するイケメン教師であった。

 

 今年、唐突に赴任した教師でありながら、校内において知らない者はいない。


「あ、ええと」


 美木多みきたは口許の涎を手早くチーフでふき取り、慌ててイケメン教師の仮面を取り戻す。


 ――だ、誰だっけ?

 ――しかし、下品な程に胸がデカい女だな。

 ――きっとアホだろう。


「2年C組でクラス委員をしている双葉アヤメでぇす」

「な、なるほど、双葉さんだね」


 名前を呼ばれたアヤメは嬉しそうに頷いた。その弾みに大きな胸がたわわに揺れて、美木多みきたの背筋を悪寒が走り抜ける。


 ――げええええ。


 美木多みきたがこの世で一番嫌いなのは、巨乳である。

 吐き気を抑えながら頭を整理していると、2年C組というワードが脳裏で光った。


「待てよ――ということは、キミは戸塚オサムくんと同じクラスだね?」


 オサムの評判は、彼の耳にも届いている。


 ――フツメン未満の分際で告白しまくる屑……。

 ――イジメの激化しそうな気配ありということで、要監視生徒になっていたはずだ。


 キララのためだけに、父のコネを使い教師として潜り込んだ美木多みきたにとって、すこぶるどうでも良い話である。

 弱者と非処女は死ねば良い、と思っていた。


 とはいえ、愛しの処女、いや非処女の可能性も出てきたが――屑が天王寺キララと同じアパートに住んでいるという点は気になっていたのだ。


 ――そもそも、何だってこんなボロアパートに住んでいるのか……。


 ストーカー活動に勤しむ彼から消えない疑問だった。


 キララが元トップアイドルだからというより、彼女が資産家の一人娘であるためである。


「そうです。同じクラスなんですけどぉ」


 アヤメは上目遣いで、美木多みきたを見上げる。


「戸塚くんが一週間も休んでまして。クラスメイトとして心配で様子を見に来たんです。あ、もちろん、友達でも何でもなくて、クラス委員――ううん――人として当然のことをしたまでなんです」

「い、一週間――」


 実に悔やまれた。


 父の頼まれごとをこなすため、この一週間は護衛活動、いやストーカー活動が出来なかったのである。

 少しばかり目を離した隙に――と、美木多みきたは下唇を噛んだ。


「双葉さん」


 急ぐ必要があるだろう。


 処女か非処女かは後で確認するとして、まずは戸塚オサムの排除を優先させなければならない。


「近くに車がある。一緒に学校へ行こうか」

「ええっ。いいんですか!?」


 イケメン教師が運転する車の助手席に乗って登校する――。

 間違いなく勲章のひとつとなるはずだ。


「もちろんさ。同級生想いの優しいキミを遅刻させるわけにはいかないからね」


 キラッと歯が光った。


 ◇


 謎液を一気飲みして昏倒した戸塚オサムは、救急外来に運ばれた。


 何だこの身体は――という騒ぎが起こる前に、謎の集団がオサムを連れ去って自宅へと運び込まれている。

 以来、天王寺キララによる献身的な介護を受け、病状はさらに悪化していた。


 ――な、なぜ、これほど身体が怠いのだ……。


 あらゆる毒物に対する耐性を持っており、免疫機能を強化されている。


 つまり、病気とは無縁の男なのだ。


 ――だ、駄目だ。動かないと。そして学校へ行って……、


 言う事を聞かない四肢を、鋼の意思力でジリジリと動かしていく。


 ――おっぱい――おっぱいの大きな彼女を作る必要があるんだッ!!


 オサムが持つ鋼の意思が、謎液の毒牙を凌駕する。


「くっ――あ、後は――アイツに――」


 スマートフォンに手を伸ばし、登録などしていないがそらんじている番号を押下した。

 

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