巨乳 vs ロリ。

「ここね――」


 朝から憂鬱な気持ちの双葉アヤメは、ルート案内を頼りに辿り着いたボロアパートを見上げた。


 昼食で突然昏倒した戸塚オサムは一週間も学校を休んでいる。

 

 責任感をどこかに置き忘れた担任教師から、クラス委員という役職を根拠として、朝から様子を見てくるよう頼まれたのだ。


 そのせいで、いつもより早く起きる羽目にもなった。


 ――まったく、学校に連絡もせずに――何なのかしら。


 救急車で病院に運ばれた後、家に戻ったという連絡を最後として、何の音沙汰も無くなったのだ。


 つまり、無断欠席というわけである。


 子が子なら、やっぱり親もろくでもないな思ったが、担任から独り暮らしと聞いたアヤメは少しばかり同情し始めている。


 自業自得とはいえ、学校ではハブられ、家に帰っても独りぼっちなのだ。


 ――少し、優しくした方がいいのかも……。


 孤独とイジメを苦に、異世界転生を決められては困る。


 クラス委員としての立場も悪くなり、中学時代に図書室で独り決意した、双葉アヤメ成り上がり計画が失敗してしまうかもしれないのだ。


 ――後味も悪いしね。


 そのようなわけで、アヤメは精一杯の笑顔を取り繕うと決め、オサムが住む203号室の前に立った。


 ボロアパートに相応しい旧式のインターフォンに手を掛けたところで、


「じゃ、先輩――」

「きゃ」


 唐突に目の前の扉が開き、ロリ美少女が現れる。


「――ん?」

「え!?」


 双葉アヤメと、ロリ美少女の視線がぶつかり合った。

 身長差があるため、アヤメのミサイルのように突き出した胸のあたりに、小さなロリ美少女の顔がある。


「あ、あの」


 アヤメは混乱した。


 独り暮らしをしている学校一の嫌われ者の部屋から、犯罪的ロリ美少女が出て来たのである。


 よく見れば、ロリ美少女は、アヤメと同じ制服を着ていた。


 ――え、このコって……?


 成り上がるには情報収集が欠かせないと考えるアヤメは、日頃から全生徒の情報をSNSなどで集めまくっている。

 だが、そんな事をしなくとも、ロリ美少女は誰もが知っている有名人だった。


 ――き、キララちゃん?


 天王寺キララ。


 中学時代をトップアイドルとして駆け抜け、高校進学と共に引退したレジェンドである。


 自分と同じド平民向けの高校に入ってきただけでも驚きだったが、こんな場所で出くわすとは一体どういう事だろうか――と、混乱したアヤメは言葉が出てこない。


「――アンタ――誰よ?」


 後ろ手に扉を閉めたキララは、幾分かドスの効いた声音で言った。


 動画やテレビで見ていたロリアイドルとは思えない迫力を感じ、アヤメは少し引き気味の体勢となる。


 ――怖いッ!


「あああの、私は通りすがりの――じゃなくて双葉アヤメと申しまして――そのぉ」


 元アイドルとはいえ、現状では単なる後輩の一年生に向かって、捨てたはずの卑屈な敬語がほとばしってしまう。


 ――だ、駄目よ。アヤメ――負けては駄目ッ。


 弱気な自分とは決別し、さらなる高みへ――。


「ふうん――あ、そっか」


 キララは合点のいった表情になると、突然に満面の笑みを浮かべた。


「オサム先輩のクラスメイトの方ですね?」

「う、うん」

「わあ、こんなカワイイ人が心配して来てくれるなんて。さすがはオサム先輩です」

「違う、違うの。先生に言われて来ただけだから――」


 生存確認をしに来ただけである。


「――もう、大丈夫――みたいだし」


 関係性は見当もつかないが、生きているのは確実だろう。万が一にも死んでいれば、天王寺キララが元気に出てくるはずもない。


「ええ。大丈夫ですよ」


 アンタ誰?、と言った時の彼女は消え、明るく可愛い天使の笑顔があった。


「そ、そうよね――じゃ、私は学校に」


 務めは果たしたとばかり、アヤメは背を向けて歩き始める。


「あ、先輩、アヤメ先輩」


 しっかりと名前を憶えられた事に、不思議とアヤメは恐怖を感じてしまう。

 動物的な勘だったのかもしれない。


「この事――ナイショですよ♥」


 そう言ってキララは、唇に人差し指を当て片目を閉じた。


 もちろん、双葉アヤメは口外などするつもりはない。

 だからこそ、勢いよく何度も頷いた。


 ただ、天王寺キララにとって、想定外だった事がひとつだけある。


 ――ヤバい、ヤバい事が起きているに違いないわ。

 ――キララちゃんが、BJの部屋から出てくるなんて異常事態よ。

 ――はっ!?

 ――ま、まさか、妖しい方法でマインドコントロールを?


 双葉アヤメは鬼逞しい妄想癖を発揮し、オサムによる犯罪行為を止めなければならいと考えたのだ。

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