泥ママと呼ばれた私、鬼神と化してママ友たちに天罰を下す

祝井愛出汰

泥ママと呼ばれた私は鬼と化す

「あいつの親、泥ママだから好きなだけリンチしていいよw」


 近所のママたちからそう言われ、一人息子のヒロシが学校でいじめられるようになってしまった。

 もちろん私は泥ママなんかじゃない。

 泥棒なんかしたことないし、しようとも思わない。

 ただ、質素に母ひとり子一人で暮らしてるだけだ。


 それが気に食わなかったらしい。


 レジ打ちのバイトに追われる私は、近所のママ友と遊びに行ったりなんか出来なかった。

 そんなことする余裕も暇もなかった。

 気がついたら私は近所のママたちから「泥ママ」という蔑称べっしょうを付けられ、陰口を叩かれていた。


「ママー。ママって泥ママなの?」


 小三の息子からそう言われても、私は「泥ママ」がなんなのか、わからなかった。

 息子が寝静まってから、そっと検索してみる。


 泥ママとは泥棒をしているママの総称……?

 しかも「好きなだけ叩いてもいい相手」という対象として軽いネットミームになっているようだった。


 ネットの中で語られる泥ママは必ず最後に酷い仕打ちを受ける。

 車に轢かれてみたり、妖刀に斬り殺されてみたり、人食い老女に切断されてみたり、特殊部隊に撃ち殺されてみたり。

 なかには呪われた鏡の中に閉じ込められるといった内容のものまである。


 私は、それを知った瞬間、目の前が真っ暗になった。

 ママ友──いや、近所のママ達は、私を「殺してもいい存在」だと認識しているのだ。


 しかし、それを知りながらも、私にはどうすることも出来なかった。

 今まで通り、平日は朝から夕方までパート、夜は家事という日々の生活に追われた。

 やがて、ヒロシの体には目に見えて生傷が増えるようになっていった。

 それを私が学校に相談しても、取り付く島もなかった。

 のらりくらりとかわす学校側の対応。

 毎日の忙しさとストレスで、いい加減、私は限界を迎えようとしてた。


 そんなある日──事件は起こった。


 息子のヒロシが、屋上から落ちたのだ。


 私は急いで病院へと駆けつけた。


「マ、ママ……」


 ヒロシが手を伸ばす。


「ヒロシ、ヒロシっ! 嘘っ! ああ……そんな……!」


 奇跡的に一命をとりとめたものの、これから回復するかどうかはわからないということだった。事情を聞くと、屋上には数人の子どもたちがいたそうだが、あくまで「ヒロシくんが勝手に飛び降りた。ボクたちは止めようとしていた」と口を揃えて証言しているとのことだった。また、学校側も問題になるのを恐れて詳しい調査には踏み切らないと言い切った。


「そんな……ヒロシは自殺なんかするような子じゃありません! ちゃんと調べてください、お願いします!」


「そう言いましてもねぇ……みんなが自殺だと言ってるものをどう調べろと……」


「だから! それが嘘なんです!」


「我が校としましても、あらゆる視点から調査をし、最善を尽くしたんですよ。これ以上調べたいのなら探偵でもお雇いになってご自身でお調べになってはどうですか? お雇いになれるお金があるかは知りませんがね、ハハハッ……。ま、ともかく当校としましては、これ以上の調査はもう行えませんので。では」


 フゥフゥと息を吐きながらハンカチで汗を拭う校長の後ろ姿を見ながら、私の中に抑えきれない怒りが湧いてきた。次の瞬間、校長のハゲ頭に雷が落ち、天は割れ、大地はうねり、小鳥たちはさえずった。私の体は鬼神へと変貌し、あるべき姿を取り戻す。まずはママ友だ。私は瞬間移動すると、ママ友を全員校舎の屋上にテレポートさせた。


「ななな、なに!? なによ、これは!?」


 いわれなき「泥ママ」という不名誉な称号をつけて私の息子を間接的に殺そうとした者たちを「真偽眼」で見抜くと、ミームの中で泥ママが遭ったのと同じ目に遭わせていく。凍死、食中毒死、蜂に刺されアナフィラキシーショック死、UFOに攫われて改造手術、黒ミサの生贄、などなど。「真偽眼」でいじめに関わっていないことが判明したママ友はテレポートで家に帰す。


 周囲にはUFO、蜂の集団、黒ミサ集団、お祭り集団、妖刀、見たら閉じ込められる呪いの絵画、歴代内閣総理大臣、二刀流のスポーツ選手、二刀流の侍、二刀流のアダルト男優などで溢れかえっている。気づけば、学校の周りはたくさんの泥ママが。彼女たちは大声援を上げている。


「やれぇ! やれぇー! 泥ママの恨みを思い知れー!」


 やがて泥ママは校庭を埋め尽くし、街全体を埋め尽くしていった。泥ママだけではなく、泥旦那、泥両親(泥ママの両親)、泥子(親に泥棒させられている子供)までやってきている。私は「えいっ」と右手を振ると、泥ママ、泥旦那、泥両親をこの世から消し去る。私は泥ママではないのだ。そして、泥子の中から「悪行を行う業」を取り除くと、テレポートで児童相談所へ送り届ける。


 最後に、息子を突き落としたと思われる子供たちの元にテレポートで赴くと、弱めのデコピンをして回った。これで改心してくれるといいのだが。そして息子を全快させると病院から退院させた。いつまでも入院させておくお金もないのだ。


 それから、泥ママ呼ばわりを乗り越えた私、いじめを克服した息子、UFOに改造手術を施されて新人類となった元ママ友、時空の狭間から呼び出されたはいいが帰り方がわからなくなった妖刀マサムネと共に、私たちは今日も平和で質素な暮らしを続けている。


 あ、ちなみに「泥ママ」という概念は「泥ママの悪魔」を消滅させた際に消え去った。まったく、私のような神ですら普通に人間の暮らしを送るのはこれだけ大変なのだ。ただの人間が普通に暮らすのは、一体どれほど大変なことなのだろうか。私は今日も人間のフリをしながら、人間への敬意を深めるのであった。


 さぁ、春は新学年の季節。息子の学年も上がってお金がかかる分、今日もパートを頑張らないと。私は意外な春の暑さにフゥフゥと息を吐きながら、腕まくりをするとパート先へと向かって足取り軽く駆け出した。

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