第5話 アロエ事変

「どうやら魔王様があの村でアロエを使ったのを見ていた者が居たようです」


「え? アロエですよね?」


「えぇ、アロエの効果はあの子供で立証されましたから。それを知った人族の貴族が欲したのでしょうな!」


 おばあちゃん、大変な事が起こりました。どうやら僕が使った回復魔法の効果がアロエの効果と勘違いされたようです。これは僕の責任が大きいですね。


「それで……戦況はどうなってますか?」


「我が軍の被害は軽微なれど、人族は膠着した戦線に勇者を投入する準備をしているようです」


「え? 勇者が!? あっでも聖剣エクスカリバーは折れて……」


 勇者かぁ、いいなあ勇者! 人類の憧れで尊敬されモテる! きっとイケメンなんでしょうね。ちょっと会ってみたい気もします。なにせこちとら日々植物を育てる魔王様ですよ! ヒーラーの魔王様って貴重じゃないですか? 一緒にパーティー組んでくれませんかね?


「今回の戦争は僕の失態ですね……」


「いえ、そんなことは! 欲にまみれた人族が起こした戦争でございます」


 とはいえ責任の一端は僕にあるのは明白なんですよね。無駄に命を落とす必要はない! だってアロエですよ? あれに不老不死の効果どころか怪我を完治させる力なんてないんです。実際にアロエを渡して効果を実感すれば人族の貴族さんも諦めてくれますかね?


「わかりました、では僕が一人で勇者と相対します」


「な、なんと! それは危険でございます! 魔王様の身に何かあっては!」


 そういう反応になりますよね~、でもセバッサンや四天王さんをゾロゾロと引き連れて行っては戦闘になりますからね。ここはひとつ芝居を打つしか!


「セバッサン! わ、我はこれでも魔族を束ねる魔王です、だ! 勇者と対等に戦えるのは魔王だけ、無駄に命を散らす必要もあるまい!」


 キマッた! キマりましたよ! 我ながら魔王らしい演技だと思います!


「おぉぉぉ! ついに魔王としての自覚がっ!! このセバッサン涙で前が見えませんっ!」



 一方その頃、人族の勇者はというと



「アロイっすか?(不老不死の妙薬? まじパネェ! さすが異世界! 折れた聖剣を見た時はテンション下がったけど、いいね! やっべっぞっ!)」


 召喚された鈴木武すずきたけしくんは長めの髪をツーブロックにし後ろで束ね、片手にはスケートボードを抱えサイズの大きいシャツとダボダボのズボンを履いている。

 中学三年生で高校受験を控えている身ではあるが、これまで勉強をまともにしてこなかった為に絶望していた。そんな時、突然現れた魔法陣へ興味本に近づくとこの世界に召喚された。

 召喚されてしばらくはファンタジーの世界に興奮していたがすぐに飽きた。ネットもゲームもなく、動画を撮ってもSNSにアップロードする事もできないそんな世界は退屈でしかなかった。唯一持ってこれたスケードボードも道の整備がされていない街では満足に滑る事もできず、城の中でやろうものなら不敬だと罵られる。そんな退屈な日々に変化が訪れたのは件のアロエ発見だった。


「これは使用後のアロイだそうだが、手に入れる事に成功した」


 魔族領との境界にある国、ハーゲ国の王チョビンは折れてカラカラになったアロイを勇者スズキに手渡す。


「これがアロイっすか?(これアロエじゃね?)」


「それを使われた子供は膝の怪我のみならず、古傷まできれいさっぱり治ったそうだ」


「まじパネェっすね!」


「こんな素晴らしいモノを魔族が独占しているなんて危険だ! 勇者殿もそう思わんか? ん?」


「そうっすね(うわ、まじだるいわ~)」


 召喚者鈴木武すずきたけしくんは基本的に面倒くさがり屋さんだ。


「勇者スズキよ! その聖なる力で魔族を殲滅し、アロイを人族の為に守護するのだ!」


「ういっす」



 王の勅命を受けた勇者鈴木武くんはスケートボードを片手に冒険者ギルドへやって来ていた。


「ようこそ冒険者ギルドへ!」


「くっさ! 何ここくっさ! ちょっ! 無理なんだけど」


 異世界でお馴染みの冒険者ギルドだが、リアルにその場に行くと知らなかった事実を目の当たりにする事になる。

 毎日お風呂に入り清潔に保っていた世界から、身体は水桶に手ぬぐいを浸し拭くだけの石鹸もない世界と言えばわかるだろう。


 そう、臭いのだ。


 長期に至る冒険の汚れ、魔物の返り血、重い装備による弊害で発生する汗や水虫など匂いの根源は多岐にわたる。


「ばのう? じろがらアドイをどっでごいといばれだんだげど」


「はい?」


「だがら! じろがらアドイをどっでごいといばれだんだげど」


「はい?」


「ぼういいば!」


 鈴木武くんは匂い対策で鼻で息をしないで喋るが全く通じず、限界がきて冒険者ギルドをあとにした。


「金だけ渡されて行けって言われてもなあ」


 召喚された異世界人は例外なく強靭な肉体と魔力を保有しているという固定概念があるため、鈴木武くんは一人で行くように促された。さすがに無一文では国としての沽券に関わるためか大量の金貨と折れた聖剣、ピカピカの鎧は用意してくれた。

 だが、驚愕の事実がある。鈴木武くんはこの世界の人々となんら変わらないレベルの体力と知能しか持ち合わせていない普通の中学生だった。

 この世界に召喚されたもう一人の中学生である細田太ほそだふとしくんの持つ【ドジっ子スキル】の影響により、予定とは違う見当違いの場所に魔法陣が出現し、たまたま近づいた鈴木武くんが召喚されたという経緯を誰も知るよしがない。


「この鎧も重いし! 暑いし! 冒険者ギルドは臭せぇし! あ~もう、まじだるいわ~」


 勇者鈴木武くんは異世界の知られざる洗礼をうけ途方に暮れていた。


ぱあああああああああ!


路地裏でうな垂れていた鈴木武くんの目の前に魔法陣が現れ、そこから一匹の新種のオークのような風体の少年が目の前に現れた。


「ちょっ! びっくりした! 何お前!?」


「あっ! ご、ごめんなさい! あれ? 黒髪黒目のツーブロック? もしかして日本人の方ですか?」


世界の運命を握る勇者と魔王が邂逅した。

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