名称未定。フルダイブ型ではなく現実に沿った仮想現実系の物語を描いてみたいと思って思いついたプロローグのみの話

よねちょ

プロローグ

 俺の四本腕がきれいにコンボを決めると、相手のロボットが爆炎とともに崩れ落ち、『YOU WIN』の文字が俺の目の前で光る。

 

 「よっしゃっ! これでランク昇格だ。みんなも応援してくれてほんとサンキューな」

 

 被っているメットのスピーカーから、有料サブスクのコンテンツである男性声優のサンプリングボイスが流れる。

 俺の意思を読み取って、流してくれているのだ。


 その言葉を受けて視界の隅で配信されている動画に対するコメント欄の流れが早くなる。

 大半はおめでとう的なことが書いてあり、それに返事をしながら、さらにコメント欄を読んでいく。やっぱり動画配信となると罵詈雑言とまではいかないけれど、否定的なコメントも結構流れていく。


 サンプリングボイスで話すなとか、脳会話やめろとか、書いてある。

 脳会話とは俺みたいな喋るのが嫌いな人間が使う、脳波を読み取り機械音で喋るための装置で話す奴のことだ。

 多分、英会話と語感が似てるから使われ始めたのだろうと思う。


 一部の人間が嫌ってるのは知っているため配信の注意書きには書いてあるのだけど、それでも文句いうやつは一定数いる。

 そいつらのことは基本的に無視をして応援してくれた人達にだけと心でつぶやいたのを感知したソフトが「今日はここまでにします。ありがとうございました。チャンネル登録と通知ボタン登録お願いします」と流したのを確認して配信を切った。


 目の前のゲーム画面が消え、部屋の風景を映し出した。

 新品独特の匂いがするアニメで見たようなトリガーが付いたジョイスティックと足元にはペダルが3つほどある、ロボットのコックピットのような筐体から離れ、少し硬くなった体を背伸びしてほぐす。


 俺の部屋には鏡はないがあったとしたら、真っ黒なメットをつけたちっちゃいジャージ姿のおっさんが映るという俺が見たくもない姿が見えるだろう。


 伸びが終わったらタイミングを測ったかのように俺の個人AIから通知が来たのを報告される。AI音声を切っていたから文字による通知だ。ついでに音声をオンにした。

 友人から通話が来てるみたいだったので、受話器マークを視線でロックし、起動させるとすぐさま聞き慣れた声が聞こえる。


「よう、配信見てたぞ。ランク戦昇格おめでとう」

「ああ、ありがとう。健吾なんか用か?」


 もちろん、全部サンプリングボイスで返す。

 何だ見てたのか、そりゃ測ったようなタイミングだよな。


「お前ね、たまには自分の声で話せよ。俺は知ってるんだからよ」

「いやだね、出来るなら俺は一生自分の声を出したくない」


 俺は自分の見た目も声も死ぬほど嫌いだ、この装置がなかったら自分で喉を潰していたかもしれん。

 受話器口からため息が聞こえる。


「俺、その声優のボイス収録したから、すげー違和感あるんだよ」

「なら別に他の声に変えてもいいぞ。渋いのとか低いのとかいっぱいあるぞ」

「いや、やめといてくれ。途中で変えられたら、もっと混乱する」

「じゃあ我慢してくれ。んで? 何のようだ?」


 いつも何かあっても連絡はSNSの文字で送ってくるのに、通話とは珍しい。


「ああ、飯でも食わねーか?」

「なんだ、飯かよ。いいけどさ、いつ来る?」


 今俺と話しているこいつは才賀健吾という。俺の数少ない友人の一人だ。たまに俺んちにふらっと来て飯を食っていく。その時は殆ど家の前まで来て、来たぞってメッセージツールでチャットを送ってくるから本当に事前に電話連絡は珍しい。


「いや、そうじゃなくてさ。外で食おうぜ」

「は? ころすぞ? 誰が外になんてでるんだよ。何のために俺が動画配信で飯食ってると思ってるんだ! 外に! 出ない! ためだろうがよ!!」


 外に行こうという意見で俺は簡単にブチ切れた。それは俺にとっては完全な禁句だったからだ。

 

「いやいや、そこをなんとか、な?」

「な? じゃねーよ、話はそれだけか? じゃあな」

「まてまてまて、あーもう──所長に頼まれたんだよ」

「う……、ね、姉さんにか。だったら最初から言えよ」


 こいつが言う所長とはすなわち俺の姉さんだ。

 その人を出されると弱い、ブチ切れていた感情も収まる。

 それも仕方ない、姉さんには色々と世話になりすぎているし、それに対して心から感謝しているからだ。


「しかたねーだろ、黙ってろって言われたんだよ。驚かしたいんだと」

「嘘に決まってるだろ」


 才賀の台詞に俺は即、答えを返した。


「は?」

「お前が普通に呼んだって、俺が外で飯なんて餓死してもいかねーって姉さんが一番良く知ってるんだ。そんな姉さんが自分が呼び出したなんて隠すわけねーだろ」

「え? でもあの所長だぞ? そんな意味ないこと言うのか?」

「言うんだよあの人は」


 姉さんはよく、意味の無いことを意味無く言うことが多々あるからな。今回もなんとなく思いついたことをなんとなく言っただけだろう。

 でも、才賀にも言うようになったってことはこいつにも気を許してきたのかな? 姉さんは。


「それで? 姉さんが呼んだってことは研究施設の近くか?」

「あ、ああ。近くにある料亭だ。くっそ高いらしいぞ。贅沢できるじゃないか」

「俺は外に出ないでいいならカップ麺でもそっちを選ぶ、いや水だけでもだな」

「……ほんと、筋金入りだな」

「それで?俺の車で行けば良いのか?」


 ここのマンションの駐車場には俺名義の自動車が何台も停まっている。俺は車に興味ないが乗る車をランダムにすれば安全性も上がるため姉さんが用意しているためだ。

 

「いや、車呼んだからそれに乗ってくれ。勝手に連れて行ってくれる」

「──やめろよ、誘拐されるみたいで怖いだろ」

「お前いい年してまだ……安心しろ、俺も乗っている」

 

 俺は少し昔のトラウマを刺激されたが才賀の言葉でそれを振り切る。

 なんだ、無人の自動運転車かと思ったけど人入りならまだ安心だな。


「で?何時つくよ」

「もう下で待ってる」


 「あそこのカメラの映像つないでくれ」と監視カメラ位置を考えながら脳内でAIに命令すると『はい』との音声とともに画像が映る。


「人がいるところをアップ」また『はい』と聞こえ、そこにいる人間を捉えたカメラが数カ所を捉えてそれをアップにする。

 その一つに見覚えがある顔をカメラに向けている男性が乗っている自動タクシーがあった。


「今、確認できた。じゃあ降りるか車のドアを開けて、ちょっとまっててくれ」

「流石に警戒しすぎじゃねぇか?」

「警戒しとかないと人と会うだろうがよ!!」

「わかった、わかった。じゃあ待ってる」


 同じようにマンション廊下の画像を移しながら、素早く外に出る。

 エレベータはすでに来ているので脳波認証すると扉が開き、入り込むとすぐに閉まって自動で下まで降りる。このエレベーターは別の階で止まったりもしないから下につくまでは安心だ。


 ダッシュで車まで近寄り勢いを落とさず、何かにぶち当たりながら滑り込んだ。


「よし!」

「よしじゃないんだよなぁ」


 なぜか押しつぶされたように後部座席に座っていた俺の友人が、隣に滑り込んできた俺にあきれたような声を出した。


「ちょっとまってくれ」


 友人が顔に密着したメガネのフレームだけのようなものに触れて料亭の場所を言うと車が動き出した。

 俺にも場所の情報が送られて来て、たしかに言った通りの料亭だった。同時にその料亭の評判や値段も表示されて、確認するとなるほど、普通に行ける場所じゃないなと思う。


 俺とこいつが操作している端末、通称は4Dフレーム。正式名称は Digital Dimension Direct Displayだ。

 基本はARやMR、VRの複合的なものだと思ってくれればいい。

 明らかにこれが本当の四次元だと言うため、通称の4Dの名前をつけたいがためにつけた名前だ。


 これはスマートグラスが進化したもので才賀が掛けてるメガネフレーム型や直接埋め込むインプラント型、俺みたいなメット型がある。まあ俺のはフレームとメットの同時使用だけど。これを選択する前、最初行おうとしたインプラントは姉さんに反対された。


 俺の被っているツルリとした凹凸のない球体に近い真っ黒なメットは完全な非透過でメットについているカメラからの映像をフレームの網膜投射型ディスプレイで映している。フレームの方にもカメラは付いているがメットのほうが解像度も反応速度も視線認識精度も高く、肉眼で見るのと変わらない自然な映像を映し出せる。HUDもカスタマイズして視界に表示できるし、俺のはバックカメラもついているから後ろも見れる。

 さっきからたまに出ているAIは『呼びましたか?』呼んでない『そうですか』。

 外付け良心回路とも言われる学習型人格搭載個人用AIだ。


 外付け良心回路と呼ばれているわけは脳波に文字入力は簡単にできるので、そのとき思いついた罵詈雑言を書き込もうとしたらAIが止めてくれる。犯罪になりそうなことは警告するし、犯罪に巻き込まれそうな時は録画と通報もしてくれる。

 それを受けて即時に各所に配備されたテイザー銃電気銃装備のドローンが、飛んでくる仕組みとなっている。

 これのお陰で犯罪率激下がりしたけど、未だに理解していな人種がドローンの餌食になって違法だの何だのと訴え、それをウォッチするネットのいいおかずになっていたりもする。

 俺のメットの外側はディスプレイになっていて外に向けて映像を出力できる、脳波を読み取り音声出力や文字出力も出来る。

 4Dフレームには脳波パターンで個人認証できるシステムも入っている。今現在最高の個人認証セキュリティだと言われている。

 

 料亭の前で車を降り、門をくぐると仲居さんが数人頭を下げて待っていた。

 俺は素早く才賀の後ろに隠れる。


「お、おい」

「いいから早く案内してもらえ」


 中居さんが頭を上げてこちらを見ると少しだけ目を見開いた。

 まあ、わかる。俺はジャージでメット姿の貧相なおっさんだし、怪しすぎる。


「申し訳ありませんが……」


 予約とかはしっかりしていただろうが、俺みたいなのが来るのは予想外だろうだから多分メットを取れと言う話だと考え、中居さんが答えた時点で割り込むようにコンコンとメットを指先で叩きながら俺は答える。こっそり隠れながらだけどな。


「認証してくれ、動的脳波認証Deasだ」


 動的脳波認証システム(Dynamic Electroencephalogram Authentication System)略称Deasディアーズは世界で公的に認められている認証であり、ごまかしが効かない。あらゆるパターンの脳波を予め登録しておくことにより、色々な公的システムの恩恵を受けることが出来る。ただ出てからの日が浅いのでどこでも置いているわけじゃないがこういった高級店にはほぼ確実にある。

 政府による管理だとか、個人情報うんぬんだとかいうやつも多々いるが、俺みたいなやつには便利なやつだ。

 なにせ顔をさらさなくていい。


「は、はい。かしこまりました」


 その仲居さんの台詞とともに端末での認証が入る。『Deasによる認証が行われようとしています。許可を出しますか』というAIの音声と文字が目の前に現れるのでYesと答える考える

 その後に文字や映像が現れるのでそれを見ていると認証完了する。


「確認できました。お手数をおかけ申し訳ありません。今からご案内いたします」

「はい、お願いします」


 多分姉さんが予約入れているはずでデータで本人と確認できた以上中居さんもなにもいうわけにはいかず。俺達は姉さんの元に案内されていった。まったく顔と名前なんかじゃなくて全部認証で通せばいいんだよ。

 仲居さんの後ろから付いていくと平屋造りの昔ながらの料亭って雰囲気の廊下を歩き、一つの部屋の前に止まり「失礼致します。お連れ様がご到着なされました」と室内に声をかけた。 

 

 仲居さんに襖を開けてもらい中に入るとセーター姿の姉さんが待っていた。


「おっひさー、久しぶりね。私は寂しかったわ!」

「姉さん、3日前に来て好き放題して帰っただろ、なにが久しぶりなんだよ」

「なあに? 私のプレゼントいらなかった?」

「……いるよ。ありがとう」


 今日、対戦で使っていたコックピット型のゲーミングチェアー兼専用コントローラはその時なんの前触れもなく訪れた姉さんがくれたものだった。

 話が飛んでるように思えるだろうが姉さんはいつもこんなんだ。

 姉さんの頭のなかでは話はつながっている。

 あの時はコックピットを置くために片付けと調整をしたせいで、あんまり話せてなかった。それだけじゃ姉さんの中では会ってるとはいえなかったんだな。

 家族ととしての会話を優先するのならコックピットはいらなかったということになってるんだろう。多分な。


「そうよね。じゃあ久しぶりよね」

「ああそうだな。あえて嬉しいよ姉さん」

「私もよ、圭ちゃん」


 圭ちゃんとは俺のことだな。


「ほら、いつまでも立ってないで座って座って。才賀お前はもう帰っていいぞ」

「え? しょ、所長?」

「姉さん。だから、意味のない事を何となく言うのは俺だけにしとけよ。健吾も座れ」

「いいんですか?」


 これは俺にじゃなく姉さんに確認していた。


「圭ちゃんなあに? 自分にだけって嫉妬かしら? 何をしている才賀。早く座れ」

「他のやつが姉さんと会話すると混乱するんだよ。嫉妬じゃなくて心配だよ他の奴らのな」


 健吾は戸惑いながらも俺達の前に座る。姉さんの健吾に対するこの喋り方は仕事用に人格を分けて喋ってるという話だ。

 俺は慣れているが付き合いの長い俺の幼馴染健吾ですらいつも困惑している。まあ台詞の前半と後半で別人が喋ってるみたいになってるんだ仕方ないよな。


「圭ちゃんメット取らないの?」

「まだ料理も来てないだろ。人に見られたくない」

「あら? じゃあ、仲居さんの目を潰して持ってこさせる?」

「なんでだよ!」

「だってここはずっと仲居さんいるわよ? お料理の説明とか取り分けとか全部するから、だったら目を潰してもらったほうが圭ちゃんもメット取れるでしょ?」

「発想がサイコパスなんだよなぁ」

「後で、いい義眼をプレゼントもするわよ?」

「そもそも目を潰したらまともな接客できないだろ」

「向こうもプロなんだから目の一つや二つなくても平気よ」

「平気なわけあるか!」


 そのとき襖がノックされ「ご準備が出来ました」と声がかかる。

 健吾が姉さんと襖をかわるがわる見ていた。変な汗もかいている。


「どうぞ、お願いね」

「はい、かしこまりました。失礼致します」


 仲居さん達が来て俺達の目隠しとして高そうな屏風が置かれ、端の方にもう一つテーブルが置かれた。


「事前にお聞きした通り、お料理はすべてこちらのテーブルでよろしかったですか」

「ええ、配膳はこっちでやるわ。料理の説明もいらないわ」

「はい、お手数ですがよろしくお願いいたします」

「こっちが頼んだのよ。ありがとう」

「いいえ、また次のお料理をお運びする時に、お声掛けだけさせていただきます。それでは失礼致します」


 カチャカチャと料理を置く音が聞こえ、襖が閉まる音が聞こえた。仲居さんが出ていったのだろう。

 『人感センサー反応 二』とAIも俺以外の部屋にいる人数を告げてくる。


「は? え?」

「才賀、お前が配膳するんだぞ。こぼすなよ?」

「よろしくな健吾」

「へ? 今までのは?」

「だから言っただろう。姉さんは意味ないことを何となく言うって、俺が人前でメット取らないって分かってるのに準備しないわけ無いだろう」

「ほら、圭ちゃん」

「はぁ、わかったよ」


 俺はAIにメットのロックを外すように頼む。『了解しました。空気圧縮ロック開放します』バシュッっと音を立てながら密着していたメットが緩み、伸びた髪がバサリと落ちる。

 視界がカメラの映像から肉眼へと変わるがさすがは姉さん特性のメットなだけあって、ほとんど変わらない。


「あー、数カ月ぶりくらいに外で外したなぁ」

「おいおい、そんなに立つのかよ。ってか、音声はサンプリングボイスのままなんだな。メットから聞こえるし」

「当たり前だ。外で声を出したことここ数年はないんだぞ。フレームじゃ処理がちょっと数フレーム遅れるから嫌なんだけどな」

「そういや確かに俺もお前の声、数年聞いてねぇな……」


 メットもフレームも現状では最高性能を誇る。だがメットの方は何をやるにもラグすら感じさせないが、省エネ軽量が売りのフレームだけじゃ処理が遅れるし音質は低い。

 今ちょっとで済んでいるのは無線でメットつながっており処理はそっちでさせているからだ。

 ほんの数フレームのズレは通信ラグだな……あ、このフレームは格ゲーとかで使う時間単位のことな。


「うんうん、髪は切ってないわね」

「姉さんが伸ばせって言ったからな。俺としてはバリカンかなんかで坊主にしたいんだけどな」

「それはだめよ! 圭ちゃん坊主は似合わないんだから!」

「誰に見せるわけでもないのに」

「私が見るのよ。ここまで癖のないストレートの綺麗な烏の濡れ羽色って、なかなかいないわよ。ああ、相変わらず素敵な髪とさわり心地ね」

「男の髪なんて見て楽しむなよ、あーもうそんなに触るなよ」


 姉さんが俺の髪を掻き上げて下ろすというただでさえ長くて鬱陶しいのに、更に鬱陶しくしてくる。


「いいじゃない少しだけよ。良いなぁ、私もこんな髪が良かったわ」

「姉さんだってよく褒められてるだろ? 雑誌か何かで」


 姉さんは有名人だから雑誌の取材も多い、そのふわふわとした地毛の茶髪と整った顔、スタイルの良さでファッション系のオファーもあるとかなんとか。今も胸が強調される童貞を殺すセーター姿で才賀がチラチラ見ているのが分かる。姉さんは気にしてないけどもちろんばれてる。俺も姉さんも注意はしなけどな。

 ちなみに姉さんの身長は百七十センチあって俺よりでかい、才賀は更にデカく百八十五くらいある。くそ、身長あるやつはみんなしねばいいのに。あーなんか落ち込んできたなぁ。


「他に褒められてもね。私は圭ちゃんの髪の方が良かったわ」

「へいへい、そうですか」

「身長低いからって落ち込まなくてもいいのに」

「うぐっ、その俺の考えを読むのをやめろよ」

「圭ちゃんすぐに雰囲気に出るもの。才賀だってわかったよな?」

「へっ? い、いえ俺はさっぱり」


 配膳をしていた才賀が急に声をかけられてびっくりしながら否定した。当たり前だけど普通髪の話をしている時に俺が身長比べてへこんでるって、わかるわけないんだよなぁ。


「そうか? まあ、いいか。圭ちゃん、ほら大好きな鶏の唐揚げもあるから元気だして」

「こんな高そうな日本料亭なのに鶏唐!?」

「もちろん作らせたのよ。渋ってたけどね、札束でパーンよ」

「ははっ、それは俺も冗談だってわかりましたよ所長」


 いや、確かに札束でパーンはしてないけどこの口調はもっとやらかしたな?


「姉さんなにやった?」

「あら? さすがは私の弟ね。もう来ないかもって言っただけよ」

「もう来ないって、この料亭多分姉さんのために作られてるだろ?」

「うん、そうよ」


 あっけらかんと当たり前の用に答える姉さんだったがこれは大げさなことじゃない。

 この場所というか俺も住むこの街は姉さんが快適に過ごすために作られていると言っても過言ではない。

 日本いや、世界でも飛び抜けて優秀な頭を持つ姉さんを囲い込むためにこの街はできている。セキュリティは身元の怪しい人間が無理やり入り込もうとしたら次の日には海に浮かんでるくらいのものだ。

 その姉さんが来ないと言ったらこの料亭など1日も立たずなくなることだろう。そして姉さんはそのことは全く気にしない。むしろ笑いながら指さして「ザマァwww」というくらいだ。

 俺には普通の姉さんだが、この人は世間一般的に見ればぶっちゃけクソみたいな性格をしている。

 

 我儘で独善的で唯我独尊だ。そして血がつながっているとは思えないくらい親族の誰よりも比べるのが馬鹿らしくなるくらい頭がよく、姉さん曰く「あの人達は一桁の時に超えたわ」と言っていた。そしておそらく実際にそうだったのだろう。

 姉さんが高校の時、耐えきれなかった親に俺も含めて捨てられた、捨てられたのは俺のせいってのも多分にあるけど。

 俺はそれを境に頑張って通っていた高校にも行かなくなって、引きこもった。姉さんが高三、俺が高一だったな。


 すでにその時姉さんは親の何十倍もの稼ぎを持っていた。俺は、学校なんて行かなくてもいいけど、姉さんの相手だけはしてねという馬鹿みたいにゆるい条件の元、生活費をもらっていた。

 姉さんだって学校に行かなくても別に良かったけれど、両親の自慢であった中学、高校、大学の学歴を鼻歌交じりで上を行ってプライドを粉々にしてやるために通っていると言っていた。

 そして俺は姉さんがテストそのもののミス以外で満点を取ってないのを見たことがない。

 姉さんは「既存の問題なのに分からないわけないじゃない」と訳の分からないことを言っていた。そしてテストでミスった問題を出した先生には延々と説教ぶちかまして退職まで追い込んでいた。


 そこから色々あって、今のガチガチにセキュリティのある姉さん所有のマンションの一室で配信をしながらなんとか自分の稼ぎだけで食っていけている。

 まあ本当に食えてるだけだけど、家賃とかは無いし設備とかは気が向いた姉さんがなんか大量に持ってくるしな、俺が住むフロアは俺だけが住んでいて後は全部物置になっている。

 そういうわけで、当たり前だけど俺は姉さんには頭が上がらない。


 この4Dフレームも脳波認識も個人AIも全部姉さんが作ったものだ。世間では一人で技術を百年進めたと言われるくらいだ。その技術の方向性が俺の一言で決まったとは口が裂けても言えない。


 ある日姉さんが完全なフルダイブ型VRとスマートグラスを極限まで進化させたのどっちが好きかと世間話の途中で聞かれた時があった。

 その時は俺がまだ頑張って高校に通っていた頃でも合ったので、気軽に便利そうなスマートグラスかなぁと答えた翌年こいつの初期型が出た。世間はそりゃ騒がれたよ。

 まだ黒電話しかない時代にいきなりスマートフォンが出たようなもんだったからな。

 俺が今やっているゲームも姉さんの会社が有名企業を顎で使って作っている。そりゃいきなり出たハードに他の会社が対応できるわけないからな。


 引き籠もるって知っていた今ならフルダイブ型VRと答えたのになぁ。


 

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名称未定。フルダイブ型ではなく現実に沿った仮想現実系の物語を描いてみたいと思って思いついたプロローグのみの話 よねちょ @yonetyo

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